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僕たちは、マザー・テレサではない。

(2021年6月21日のFacebook投稿)

僕たちは、マザー・テレサではない。

飲食店について、もし6月21日以降も営業の制限が続くのだとしたら、これは丸々6カ月連続になる。承知のように、昨年から断続的に制限は続いてきている。仮に収入が保証されたとしても、教師が学問を教えてはいけない、陶芸家が陶芸をしてはいけないと言われて、さて、はたして何カ月我慢できるだろうか?

営業の自由の制限は、世のため人のためということだとしても、あいにくマザー・テレサ級の善意を持ち合わせている人間は多くないのである。
まして、私たちの我慢が、本当に世のため人のためになっているのか、という疑義は相当に大きい。
丸々半年も制限しておいて感染が収まらないのだとしたら、主因が飲食店でないことが大規模な実証実験として証明されたわけだ。

東京都の重症数は、多くの時期で、都内の自治体の数を下回っている。つまり、街あたり(それも世田谷区のような90万人都市を含む)に1人未満の重症患者である状況を、「緊急な事態」だと呼んでいる。半年も。

そして、ただひたすらに経済と財政を破壊している。将来の増税は不可避だろう。どういうことになっているのか、冷静に俯瞰すれば、自粛は世のため人のためではない。
そして、要請をスルーして営業をする飲食店に善意がないかといえば、むしろ逆だ。
心ある飲食店であればあるほど、仕入先との関係も親密である。ビジネスライクな関係ではない。

先日、ワインや生ハムを飲食店向けに輸入している会社さんから、創業10周年のお祝いをいただいた。卸業者さんの売上がほぼゼロのこの状況で、他人にお祝いを贈ることができるとは!
あの社長はマザー・テレサなのかもしれない。
そろそろ引退したようと思っていたんだけど、借金が増えちゃったからまだしばらく頑張らないとね、あははは、と笑っていた。悟りを開かれたのか?
そういう話を聞いて、営業再開を考えない飲食店の店主がいるとしたらそれはウソである。
社長には早く引退して、パルマにでも行って、生ハムとワインを仕事と関係なくたらふく楽しんでほしいのだ。

したがって、営業をしている飲食店を私は全面的に支持している。

このように書くと、エマリコくにたちの店は営業してないのはなぜか、ということになる。

その指摘は当然のことで、詳しくは長くなるので別の機会に譲るけど、ひとつだけ言えるのは、当社は営業をしていないことを「世のため人のため」だとは思っていないということだ。純粋に臆病なだけなのだ。
「背景流通」を掲げている当社が、仕入先になにもできないのだとしたら、看板に偽りとの誹りは甘んじて受けるしかない。そう思っている。

話を社会全体のことに戻すと、こういう状況に対して、社会は冷たすぎるように思っている。とくに、飲食店向けのビジネスをやっている人たちに対して。
そして、本当にこれだけの犠牲を払うべき災害なのか?
もういちど考えよう。

今回の社会へのダメージはもう手遅れだ。でも、また次に同じような感染症が来るかもしれないから、ひとりひとりしっかりと自省する必要があると思っている。

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