「名言との対話」 10月5日。岡義武「性格は運命をつくる」
岡 義武(おか よしたけ、1902年10月21日- 1990年10月5日)は、日本の政治学者。専門は、政治史、日本政治史。
東大助手時代は吉野作造に師事する。1928年助教授、1939年から教授。吉野の政治史講座を継承。1955年から1957年までは法学部長を務める。1977年文化功労者、1986年文化勲章受章。『国際政治史』で第10回毎日出版文化賞を受賞。 緒方貞子、伊藤隆らが弟子。日本近代政治史研究の創成者の一人である。
岡義武『近代日本の政治家』(岩波現代文庫)を読んだ。1960年に刊行された古典的名著との評価の高い本で、「彼らの政治的生涯を辿りながら、嘗ての日の彼らの面影を再現」しようとした。
伊藤博文、大隈重信、原敬、犬養毅、西園寺公望という5人の政治家を対象に、それぞれの「性格」と政治行動、役割、運命を跡づけようとした。この本を読むと、政治における個々の人間の軌跡を追う中で、日本の近代の姿が生々しく見えてくる感じがある。
「酔って枕す美人の膝、覚めては握る天下の権」を生きた名誉欲の塊・伊藤博文。大名趣味の民衆政治家・大隈重信。政治を趣味とした実務家の平民宰相・原敬。最晩年で得た総理の座で暗殺された挫折の政治家・犬養毅。軍部の独走に敗れた自由主義者で最後の元老・西園寺公望。それぞれの説明は以上のようにまとめられるだろうか。
伊藤博文と大隈重信。どちらも親分肌ではなく派閥をつくらなかった。山県と原との違いである。
伊藤博文と山県有朋。反目した伊藤と山県は対照的だった。「藤公は冬日の如く愛すべし、隈公は夏日の如く畏るべし」。
犬養毅と尾崎行雄。憲政の神様といわれた犬養と尾崎。謀将が思いがけず大将となり暗殺された東洋趣味の犬養、ハイカラ趣味で華やかであったが次第に消えて行った尾崎。
西園寺公望と近衛文麿。世界的視野を持ち、名門出身らしく「時流に逆らいもしなければ時流に従いもしない」スタイルを貫いたが、「種種やって見たけれど、結局人民の程度しかいかないものだね」と嘆いた西園寺。陸軍に押され続けた人気取りの近衛。
5人の政治家の、人格と個性、長所と欠陥、価値観、政治手法が、具体的な政策や事件とのからみで記述されており、よくある乾燥した政治史とは一線を画している。まるで歴史講談を聴いているような感覚になる。
原敬内閣が誕生したのは大正7年だ。先日訪問した町田ことばランドで見かけた大正7年の「作家原稿料一覧」は、原稿用紙1枚の原稿料番付だ。 2円:坪内逍遥、三宅雪嶺。福本日南。吉野作造。堺利彦。1.5円~2円:島崎藤村。正宗白鳥。田山花袋。谷崎潤一郎。1円~1.5円:泉鏡花。中条百合子。1円:芥川龍之介。森田草平。小山内薫。徳田秋声。50銭~1円:武者小路実篤。鈴木三重吉。有島武郎。有島生馬。80銭:与謝野晶子。70銭:与謝野寛。50銭:佐藤春夫。文壇の様子がみえる資料だ。人々は様々な政治状況の中で、このような作家たちの文学を楽しんでいたわけだ。
この5人のほとんどは私の「名言との対話」で取り上げているが岡が書いた人物像は違う面もあり、面白く読み進めた。「性格は運命をつくる」という日本の古い諺を強く意識している岡義武は、性格は個人の運命を司どり、時代と課題を通じて、国家の運命を変えるとの信念を持っていたようだ。5人を語った最後にはそれぞれ、以下のように戦後日本への示唆を述べている。「乾坤不変、古今相通、魚躍淵水、鶯飛太空」「歴史の審判」「戦後政党政治の切実な問題」「戦後わが国政治の実態」「近代日本の悲劇」。
明治から戦前までの近代の歴史とそこで主役を演じた人々の軌跡から、戦後日本への教訓を引き出そうとする姿がみえる。「性格」という観点から人物を観察するようにしている私は、人物から歴史をみようとする岡義武の研究方法に共感を覚える。
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