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「名言との対話」2月15日。武田豊「皆からリーダーは見つめられている」
武田 豊(たけだ ゆたか、1914年1月6日-2004年2月15日)は、日本の実業家。享年90。
宮城県高清水町出身。新日本製鐵(新日鉄)代表取締役会長、経済団体連合会(経団連)副会長、日本鉄鋼連盟会長などを歴任した。
宮城県仙台第一中学校 (現: 宮城県仙台第一高等学校 )、山形高等学校(現:山形大学)を経て1939年に東京帝国大学法学部政治学科卒業後、日本製鐵(日鉄)入社。1950年同社解体により富士製鐵に移り、社長室秘書課長、人事部長などを経て、1970年3月八幡製鐵と合併し新日鉄が発足するとともに専務となり、1977年には副社長、1981年社長に昇格。社長時代には、急激な円高と鉄鋼不況に対応するため、1万9000人の人員削減と設備集約を柱とする合理化が行われ、新日鉄建て直しのレールが敷かれた。1987年会長に退き、1989年取締役相談役、1991年相談役、1998年社友。
ほかに、国際鉄鋼協会会長、日本鉄鋼連盟会長(1984年~1989年)、経団連副会長(1986年~1989年)、日本経営者団体連盟(日経連)副会長(1986年~1989年)、全国交通安全協会会長、日本野球連盟(社会人野球)会長、女性職業財団理事など要職を兼任した。1993年にはあしなが育英会会長にも就任している。
以上のようなオモテの経歴よりも、脳の研究を仕事や生活に生かすやり方の実践者や論客としてビジネス雑誌で見かけることが多かった。東大の碩学・時実利彦博士に脳について長く学んでいる。人事部長、社長などの肩書きで、前頭連合野、前頭葉と創造性の関係などを解明する「大脳生理学」を土台とするこの人のエッセイは仕事をする上でヒントになった記憶がある。
大脳皮質は3層構造になっている。脳幹は身体の活動を司るいのちの座。古い皮質は本能と情動の座で食欲・性欲・集団欲を司る本能と快・不快・怒り・恐れなど情動の心の座だ。新しい皮質は知・情・意の座で、後ろの方は視角、聴覚、皮膚感覚などで情報を取り入れる役割、前の方(前頭葉)は、創造を司る意志決定をする役割で、思考し、意図し、実行しようとする働きを持つ。
3歳までは後頭葉と前頂葉が発達するから知識を注ぎ込むのがいい。父母の行動が手本になる。模倣の時代だ。5歳から10歳になると意欲を司る前頭葉が発達するから意欲を伸ばすのが正しい教育である。5-6歳からは自主性、主体性がでてくるからそれを伸ばす。創造の時代だ。10歳前後からは意欲と訓練が絡み合うようなアドバイスが大事である。錬成の時代である。そして脳細胞は125歳まで働く。
人間の尊厳は、新しい皮質で古い皮質をコントロールすることにある。制御がいきすぎると古い皮質がゆがみ健康をそこなうこともあるから、抑圧から解放することも大事だ。それは、酒、歌、踊り、勝負ごとによるうさばらしでできる。古い皮質の解放である。まさに酒は「こころのうさのすてどころ」なのだ。それだけに頼らずに、人間だけができる高い喜び、つまり創造の喜びで、次元の高いうさばらしで健康をつくりだすことが人間の尊厳といえる。
以上が時実理論である。教育の目的は前頭葉の複雑、緻密にからみあわせ、意欲、創造の精神を育てることだ。勉強の喜び、研究の喜び、仕事の喜びを体得させることだ。人間を人間たらしめている前頭葉を鍛え上げることだ。それが人間形成であるということになる。
大脳生理学研究者の武田は大脳のカラクリを実際の仕事に応用した。人事部長時代には課長以上2000人を越える人々の顔と名前と経歴を覚える努力をしていた。ZD運動もQC運動も大脳生理学から説明していた。「人生は一日一日が、勉強の連続だ」を信条とする武田の師匠はカラッとしたネアカな、戦後の財界のドンとなった上司の永野重雄である。若い頃「スクラップ掛りで日本一になれ!」と言われて、「なります」と答えたというエピソードもある。
小学校2年から始めた弓道では、旧制山形高校時代には全国インタカレッジの個人で全国制覇。範士十段となる。全日本弓道連盟会長も引き受けている。雑念、邪心を持たない心になることが上達の極意であり、それは前頭連合野の意志力を鍛えることが有効だという。弓矢は一期一会なのだ。日本の武道は肉体だけでなく精神の鍛錬になるのである。
大脳生理学からみてリーダーは6つのことを身につける修練が必要だそうだ。「活力」「意志力」「責任力」「包容力」「知識力」「説得力」。
リーダーは全員から見られている。いや、見つめられている。リーダーの弱気や逡巡や迷いは、すぐにフォロワーに伝染し、志気が衰える。武田豊のいう「皆からリーダーは見つめられている」は、そのような立場にある時には常に心したい言葉だ。リーダーは「見つめられている」という自覚を持って行動すべきだということだ。組織の中では私も見る側でもあり、危機の時には見つめられる側も経験している。リーダーシップとは、仲間や部下に勇気を与え、士気を高めることだと思う。特に危機の時に、動揺せず、敢然と立ち向かう姿と言動をしなければならない。それがリーダーとしての正念場であるのだ。