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高嶺の花

(4 min read)

Carmen McRae / It’s Like Reaching for the Moon

だれにも絶対に近づかないのは、2020年はじめごろ自分がASD(自閉スペクトラム障害)だとハッキリわかるようになってから。あらゆる人間関係をみずから「必ず」破壊してしまうやつなんで。そうとは意図していないんですよ、でも健常発達のみなさんからすれば、コイツなんやねん!ってことになっているみたい。結果、拒絶され自分が泣くことになります。

だからだれかとの関係を大切に思えばそれだけ、いいねと思えばなおさら、絶対に近づかないように、しっかり距離を保つようになったんですけれど、そんなぼくの気分にピッタリな歌があります。ビリー・ホリデイが歌って有名にした(1936)「It’s Like Reaching for the Moon」っていうポップ・ソング。

〜〜 あなたにはどう考えても近づけない、まるで月に届けと願うようなものだから、星や太陽に届かないように、羽根なしに飛ぶなんて、弦なしにヴァイオリンを弾くなんてできないように、あなたはそんなはるか遠く高い場所にいる、天使がこっちを好きになってくれるなんてありえないでしょ、そういう至高の存在だから 〜〜

っていう歌で、むかし「高嶺の花」という邦題になっていた時代もありました。最近ではそのままカタカナ表記ですね。Spotifyで曲検索するとたくさん出ますが、いちばんの個人的お気に入りはビリー・ホリデイのではなくカーメン・マクレエがジミー・ロウルズのピアノ一台で歌ったライヴ・ヴァージョン(『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』1972)。

ビリーが定番化させた歌ではあるものの、72年発売だったカーメンのも同じほどの影響力を持っていて、二大ヴァージョンと言っていいはず。カーメンは歌う前に「ビリー・ホリデイの歌をやらずに終わることなどできませんから」としゃべっているんですが、そんなカーメンのほうも有名になっているだろう、というのを後世のヴァージョンズを聴いていると実感できるものがあります。

かつて大好きだった『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』というアルバム全体は、実をいうと最近そうでもなくなってきていて、なぜかってカーメンはやや重い、ねっとりと粘りつくような歌いくちでしょ、引きずるような感じっていうか。ちょっとそういうのがですね、イマイチになってきています。あっさり淡白系のほうがいまではいいのです。

でも二枚組レコード二枚目B面ラスト前だったこの「イッツ・ライク・リーチング・フォー・ザ・ムーン」は完璧。いつなんど聴いてもため息が出るほど美しいと感じます。歌詞を反映するように発声を控えめにして、やや遠慮がちにひっそり淡々と&ていねいにつづっているのがすばらしいですよ。

ほぼビートのないテンポ・ルバートで、ジミー・ロウルズの弾くピアノだけが伴奏っていうのもいい(アルバム全体ではバンドが演奏している)。

すくなくともぼくにとってはカーメンのこれこそ、この歌の決定的レンディション。ねばっこいヴォーカル・スタイルもこうした歌なら最適でステキに聴こえるし、ジミー・ロウルズの歌伴だって呼吸というか間合いというかツボを心得ていて、シンプルだけど細部に神経が行き届いていて、押し引きも自在、心地いいです。

最終盤で「薄い望みだけど、いつの日かふりむいてくれたらいいな」とも歌っているのは、やっぱり人間のメンタリティってこういうもんですよね。でもぼくにはこの気分、まったくないです。あくまで自分のなかの妄想にとどめておかなくちゃ。そのためのBGMとして、常なるいましめとして、カーメンのこの「イッツ・ライク・リーチング・フォー・ザ・ムーン」はぴったりです。

(written 2023.3.19)

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