2020年最新作で聴くウィリー・ネルスンの老境
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Willie Nelson / First Rose of Spring
ウィリー・ネルスンってもう何歳でしたっけ、80は越えてますよね、90近いんじゃありませんでした?そんな彼の2020年新作『ファースト・ローズ・オヴ・スプリング』はずいぶん沁みてくる内容で、しかも(残酷な)老境が実に淡くつづられていて、これはひとつの立派な世界だとうならざるをえませんでした。
もちろんウィリー本来の領域であるカントリー・ミュージックのアルバムなんですが、全体的に落ち着いていて、しっとりじっくりと歌い込むさまは実に味わい深く、仲間たちに囲まれたバンドのサウンドも心地いいものなんですね。決して派手さはなく、気をてらったりもせず、バンドもウィリーもひたすら曲をストレートにこなす、それも素直にそのまま演奏し歌うという、これは老境に達した歌手だからこそなせるわざじゃないでしょうか。
それでもウィリーらしさは1曲目から全開で、しかも声に張りと艶があるのには驚きますね。このひと、もう90歳近いはずなんですけどねえ。ふだんからぼくは、音楽の内容とパフォーマーの年齢とはなんの関係もないんだと言い続けているし、心からそう信じていますが、それでも身体的衰えはいやおうなくどんな歌手をも襲うもの。声の調子が落ちてしまうのはやむをえないことです。
それなのに、この新作『ファースト・ローズ・オヴ・スプリング』で聴けるウィリーの声といったらどうでしょう、1970年代あたりから変わっていないんじゃないかと言ってしまいたいくらいですよね。歌われている曲をじっくり聴き込むと、やはり老境というか黄昏どきの心情をつづったものが多いんですけど、なかなかどうして、声のほうは枯れていません。
ぼくが今回特に気に入った5曲目「ジャスト・バミン・アラウンド」の楽しげな調子なんか、聴いていて本当に気分が浮き立ちます。この曲のこの明るい調子は、実を言うとこの最新作のなかでは例外的で、そのほかの曲はややダウナーなフィーリングの歌詞と曲調を持つものが多いです。それでもしかし決して死の香りを漂わせたりはしていないところがウィリーならではですね。
アルバム・ラストに収録された「イエスタデイ・ウェン・アイ・ワズ・ヤング」。「Hier Encore」と副題が記されているように、これはシャルル・アズナヴールが書き歌ったシャンソン・ナンバーで、それに英語詞がついたものです。ウィリーの歌うこれが、もう泣けちゃうんですよね。曲調もこんな感じですけど、歌詞がほんとうにヤバイ。
若かったころはああだった(人生は甘かった)けど、いまは歳をとってこうなった(舌先に苦い涙の味がする、過去の代価を払うときが来た)という、いまのウィリーにこんな歌詞をこんなふうにつづられてしまうと、まだまだ若いぼくなんかはピンと来ないいっぽうで、う〜んとうならざるをえない恐怖すらおぼえる心情におちいって、激しく動揺してしまいます。こんな曲を新作アルバムのラストに持ってくるなんてねえ。ちょっとイケマセン。
(written 2020.8.17)
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