見出し画像

卒修論研究はなぜ大切か? 【卒業後に突如現われる人生の異質な階段】

卒修論研究は大変です。「卒業・修了のために必要だから仕方なく」という考えだけで挑むと心が折れてしまいそうになるくらい、あまりにも高いハードルが用意されるのです。それでも多くの大学・大学院で卒修論研究が重要な卒業要件として課されているのには、かつて学生であった多くの人たちが、卒修論研究に挑んだ過去と、自分たちの現在とを照らし合わせて、その重要性を強く実感しているからなのです。

卒修論研究はどのような意味で重要なのかを知り、それに対して今の自分がどのくらいの肉体的・精神的労力をかける価値があるかをしっかり判断してから挑みましょう。価値に納得できないままむやみに挑むと、心に負担がかかるばかりか、大切な時間を浪費してしまいます。大阪大学大学院の教員であり、2021年10月に『卒論・修論研究の攻略本(森北出版)』を上梓した著者が解説します。

学生後には突如異質な階段が現れる

著者は、卒論・修論研究には、大きく分けて3つの価値があると考えています。それらはいずれも、「学生を終えると、多くの学費を支払う立場から、多くの報酬を得る立場に切り替わり、その瞬間から突然、その見返りとして高度な能力を要求されるようになる」という事実を踏まえています。

この変化は、小学校から大学まで続いてきた「お金を支払う代わりにインプットを得られる」という階段を1つずつ踏みしめて登っていく変化とはあまりにも異質です。

大学で学ぶいわゆる座学は、「インプットを得る」という階段の上段にあたります。しかしそれを学ぶだけだと、卒業後に突然現れる「お金を受け取る代わりにアウトプットを出さないといけない」という別の階段にうまく飛び移ることができないのです。

そこで、大学では「レポート課題」が課されることになります。これが、アウトプットの基本の練習になるからです。ただし、これはあくまでも、「アウトプットの一部の基礎」の練習にしかなりません。アウトプットの階段にどうにか飛び移れたとしても、そこからさらに登っていくにはさらに高度な練習が必要なのです。

そのため必要となるのが、本格的なアウトプットのリハーサルを実践的に行う機会であり、それこそが卒論・修論研究なのです。卒論・修論研究は、卒業後の人生の急激な変化に備えてもらうためのトレーニングです。トレーニングなので、当然負荷はかかります。ですが、これは将来のもっと大きな負荷を楽に乗り越えられるようにするための負荷なのです。

卒論・修論研究というトレーニングの意味を知らずに乗り越えようとすると、「つらい…はやく卒業して就職したい…起業でもいいかもしれない…」という考えが頭をよぎってしまうかもしれません。しかし、就職すると、アウトプットをしきりに求められるプレッシャーがさらに大きくなるのです。かつて学生だった人達は、その大変さを身をもって感じているのです。

卒業後に求められる3つのもの

さきほど、卒論・修論研究には3つの大切な価値があると述べました。その価値は、学生後に急に求められる「アウトプットに関する力・眼・技」を底上げするというものになります。そこで、これらについて解説していきます。

①膨大なアウトプットを短期間で出す力

まず、報酬を受け取る立場になると、とにかく膨大なアウトプットを短期間で出すことが求められるようになります。所属する企業・組織は、そのアウトプットによって収益をあげ、それを報酬に充てているからです。このアウトプットのタスクは、調査、整理、企画、準備、管理、実施、分析、解析、推理、連絡、調整、執筆、説明、など多岐に渡ります。

このそれぞれを、例えば「3日後までに報告書、よろしくね(数十ページ必要だけど、間に合わないと大きな損害がでるので)。他の業務は止めないでね(大きな損害がでるので)」というようなことを言われる中でこなさないといけなくなるのです。大変ですが、報酬という対価に見合った分には応えないと、企業・組織が報酬を支払い続けることができなくなるという破滅的な事態に発展します。

企業・組織に所属して立場が上がれば、タスクの質が変わる一方で、注意を払わなければならない範囲がどんどんと増大してきます。10人が扱っている範囲を1人が見、そうしている10人を1人が見、さらにそうしている10人を1人が見、といった階層構造で組織が構成されている場合が現状ほとんどだからです。

したがって、より短い期間により多くのアウトプットを出すためのスキルは、常に磨き続けないと追いつかなくなるのです。

②アウトプットの質の良さを見極める眼

アウトプットの量は大切ですが、質もまた同様に大切です。量と質の両方を追い求めることはなかなか難しいのですが、質の保証は企業・組織を安定させるために不可欠ですから、質の向上は常に求められることになります。

ここで大切なことは、質というのは、それを見極める眼を持っていないと向上させていけない、ということです。どうなれば質が良いことになるのか、またどこまでの質のレベルが求められているかをしっかり見極められないと、「これくらいで質は十分だろう」と曖昧に判断してしまって、「これでは質が悪くて困るよ」という指摘を受けたとしても、「いや、これ以上どこを直せばいいのかわからないですよ(わけのわからないことを言う上司だなあ)」という困ったことになってしまうのです。

③後輩のアウトプットを補助する技

さらには、後輩のアウトプットの量を増やし、質を高める補助をすることも求められるようになります。つまり、自分が直接アウトプットを出すだけではなく、後輩を指導・教育することで間接的なアウトプットを増やす、ということも求められるようになるのです。この際、後輩のアウトプットの力や眼の能力レベルをしっかりと見抜き、どのような助言をするのが効果的なのかを考える必要がでてきます。

卒論・修論研究で価値を掴み取る

卒論・修論研究では、上記の力・眼・技を磨くための豊富な機会が得られるという価値があります。ただし、その機会は見えづらい形でやってくるので、見逃さないようにしっかりつかみ取らないといけません。そこで、どのような機会があるのかをまとめます。

①アウトプットの力を養う機会

まず、研究では卒業後も求められる調査、整理、企画、準備、管理、実施、分析、解析、推理、連絡、調整、執筆、説明というタスクを一通り自分で経験することができます。ですから、研究の中でいまどれを経験していることになっているのかをしっかり理解したうえで、今どれだけの早さでどれだけの量をアプトプットできるのかを把握し、どのような工夫をすればどれだけ改善されるかを模索的に確認し、自分にとって相性の良い工夫を身に着けていくことが大切です。いろいろなビジネススキルの書籍も世に多く出ていますから、それらを先に学んで試しておくことも有効です。

さらに、研究室にいる他のメンバー(学生さん、研究員、教員)から学ぶ機会も豊富にあります。彼らが、それぞれのタスクをどのようにして上手くこなしているのか(あるいは、こなそうとしているのか)、をよく観察してみましょう。また、教えてもらうのも良いでしょう。タスクをうまくこなす工夫に唯一絶対のものはありませんから、様々な工夫を見出すことができるはずです。いろいろな工夫を盗み取り、試し、また効果を確かめたうえで、いずれ使えるように大切に自分の引き出しに収めていきましょう

②アウトプットの眼を養う機会

アウトプットの質の良さを見極める眼を養ううえでは、自分のアウトプットを客観的に細かくかつ厳しく評価される経験が重要です。評価というフィードバックを得ることで、はじめて、質の不足の所在を強く意識できるのです。

最も貴重かつ効果的な機会は、指導教員の先生から与えられる評価です。披露したアイデアにダメ出しされたり、準備の不手際を指摘されたり、書いた文章を添削されたりすることは、つらい体験かもしれません。しかし、自分より眼の肥えた人に細かく質を評価されるという機会は、卒業後には得られない可能性があるのです。細かい指導は大変だからです。学生である間は、その機会を買っているのです。是非先生に多く評価してもらい、「なぜこのような評価になったのか」あるいは「なぜこう添削されたのか」という評価の仕組みをしっかり理解するようにすると良いでしょう。わからなければ、尋ねましょう。

また、研究室の他の学生さんに評価してもらうこともよいでしょうし、他の学生さんのアウトプットを評価するという経験も大切です。書いた文章を読んでもらいましょう。どこでどう勘違いされてしまうのか、あるいは、どこで分からないと言われてしまうのかを知ることができるはずです。また、他の学生さんの発表も、評価しながら聞いてみましょう。こんな風に話すと難しい話もよく分かるんだな、あるいは、こう説明すると混乱するんだな、ということが身に染みて分かるはずです。

③アウトプットを補助する技を養う機会

後輩のアウトプットの力や眼が向上するように指導をする技を体得する方法には2つあります。1つめは、先生の指導を受けた際の自分の変化に意識を払い、効果があったと実感した指導パターンを盗み取ることです。「こんな場合にこんな指摘をしてもらえると、力や眼がこう向上するんだな」ということに気が付けば、それが指導の引き出しになるのです。逆に、効果がない、あるいは、逆効果になるような指導のパターンも反面教師として引き出しにしまっておきましょう

2つめの方法は、研究室の後輩の指導にも関わるというものです。調査、整理、企画、準備、管理、実施、分析、解析、推理、連絡、調整、執筆、説明というタスクでどう悩んでいるかを見てあげて、「自分ではこんな工夫をしたらよかったよ」とアドバイスしてあげるのです。そして、それでどのような影響を与えられるかを確認してみましょう。アドバイスがうまくいって感謝されることもあれば、無視されてしまったり、逆効果になってしまう場合もあると思います。自分にとっては良い工夫も、他の人にとって同じように良いものとは限りません。ですから、指導がうまくいかない体験をすれば、「もっと多くの引き出しを増やして、選択肢を出せるようにならないといけないな」と思うようになるはずです。それが、自分の力と眼を養う原動力にもなります。

おわりに

卒論・修論研究は、学生が終わったタイミングで訪れる「登っていく階段の急激な変化」に備えるための実践的なトレーニングの機会として大切だ、という話をしました。トレーニングは大変で、長期間に渡るものですから、無理のし過ぎは禁物です。自分の精神的・肉体的負担をよくみながら、将来を見据えて、自分にあった負荷のトレーニングをしていきましょう。

上記のようなトレーニングの効果を最大限に高めてもらうために、『卒論・修論研究の攻略本(石原尚・森北出版)』という本を書きました。「研究を進めるうえで必要なのになかなか教わる機会がない」「ビジネス本ではちょっとわかりにくい」基礎スキルを体系的にやさしく解説した書籍です。きっと役にたつはずです。
Twitterでも研究攻略に関する記事を発信しています。ぜひフォローをお願いいたします。Twitterはこちら

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集