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母でありスタートアップで働く時短の営業職。わたしは中村憲剛のようになりたい

33歳、スポーツ関連のスタートアップに勤める時短セールス職。そう若くもなく、かと言ってベテランとも言えないビミョーな年齢。それでも彼のキャリアが「まだまだこれから」と言ってくれているように感じる。技術はまだまだ伴わないけど。せめて姿勢だけでも、中村憲剛のようになりたいと思った。

サッカー経験もなく、フロンターレの戦術や戦歴にも詳しくない。それでも、Jリーグファンの私は何度も中村憲剛に心動かされた。引退セレモニーを見届け、その理由が整理できた。中村憲剛は私の「働くお手本」なのだ。

時にはサポーターを煽り、空気を変えるキャプテンシー

中村憲剛といえば、この姿を思い浮かべる人もきっと多いと思いはず。仲間がPKを外してしまったとき、相手チームとの点差がつまり空気が悪くなったとき、中村憲剛はよくスタンドに向かって、もっと声援を、今こそ声援を、と煽った。

良い時に盛り上がるのは当たり前、悪い時に苦しい時にエールが送れなくてどうする?そんなメッセージを感じた。

結果が出ない時、努力しても進んでいる実感が持てない時、この中村憲剛のような振る舞いはとても難しい。

予算達成している時、お客さんに喜ばれた時は、疲れも忘れて踏ん張れるのに、どうしてもそういられない時がある。自分でコントロールできるようになるのがもちろん一番だけど、チームで戦っているならそんな時こそ仲間同志で声をかけ合えたら良いのだと思う。

一緒に頑張ろう」 「あなたがいるから踏ん張れる」私は周りを見渡して、そんな声がかけられる人でありたいと思った。


かっこ悪いことだって率先してやるかっこ良さ

中村憲剛の有名なゴール後のパフォーマンス「ゲッツ!」も決して格好いいものではないし、バナナの被り物をしたり、教育テレビではキャラクターと踊ったり。サポーターや地域の人を楽しませたい、そんな想いがいつも感じ取れた。

フィールドの上で結果を出すことはもちろん、大切な人を笑顔にしたい、地域の人に喜ばれたい、と思っている様子が伝わっていたし、何より本人が楽しそうなことがとても素敵だった。


チームや仲間を牽引する熱い発信力

かっこ悪いことや、ダサいことも率先してくれるキャラクターでありながら、サポーターや仲間にかけた言葉には胸を熱くするものばかり。自分の役割や、チームの目指す姿を、いつも率先して発信している存在のように感じた。

中村憲剛の18年間のキャリアは、J2から始まり、J1に上がってからもリーグ大会ともに2位に留まる時期も長く苦しい時間も多かった。もうついていけないと思うサポーターも、諦めてしまいたくなったファンも、おそらく中村憲剛の言葉や熱意についていったのだと思う。

「タイトルを取れなかったことが自分の中でモチベーションになっていたし、取ったことが新たなモチベーションになった。つまり何でもモチベーションになる、要は自分次第なんだ、と。もういいか、と思えば多分そこで終わるけど、僕はまた来年取りたいと思っていますから。後輩たちに『これをフロンターレの日常にしていく』という役目が、自分にはあると思っているので」https://diamond.jp/articles/-/185360

ちょうど1年前、私は今勤めるスポーツ系スタートアップに転職をした。

サービス開発に投資を長くしていた会社でまだ営業マネタイズの実績は少なく、本当に「これから」というフェーズだった。それでも、代表の話す言葉は夢物語のようで、決してそうではない、しっかりと将来の景色が見えるものだった。「やれそうな気がするし、一緒に実現したい」と思って入社を決めた時のことを思い出した。信念のある人の言葉には力がある。

人もまばらにしか入らないJ2から始まったクラブが、J1で常勝し地域に愛されるビッククラブになった。

私たちだって、やればできる。中村憲剛の言葉には、そんなエールが込められているように思えた。


強い成長への意欲

中村憲剛のインタビューや記事を読んでいると「今でもサッカーが楽しい」「自分にワクワクする」「日々の積み重ねや練習の重要さ」このような話を目にすることが多い。引退の会見では、怪我をしたことさえ、この怪我を乗り越えて復帰できればそれは素晴らしい経験になると語った。節々から、自分への成長を期待し、期待に値する努力が滲み出ていた。

当たり前のことですが、昨日よりも今日、今日よりも明日、成長し続けたい気持ちが小さい頃からすごく強いんです。その結果、今もこの世界にいるのだと思います。https://web.playerapp.tokyo/brand-story/9

中村憲剛はサッカーそのものが楽しいのかもしれないけど、成長している実感を持てること=楽しいと言っているような気がした。子供のころ、勉強が楽しかったのは「わかった」時だったように。

どうしてもこれまでの経験による貯金で仕事をしてしまうことがある。予測が立つこと、経験から逆算できることは決して悪いことではないけど、そればかりでは楽しくない。私が今、このスタートアップで苦しいながらに踏ん張れているのは「楽しい」から。なぜ楽しいのか紐解くと、それは成長実感があるからなのだ。ただ過ごす日常ではなく、楽しめているか?自問することを誓った。


家族と仕事の両方を大切にする姿勢

引退セレモニーでは、「中村憲剛の一番のサポーター」と紹介され、息子の龍剛くんが手紙を読み上げた。怪我のことや、これまでのことだけでなく、戦術や戦歴などにも触れた本当に<一番のサポーター>らしい手紙だった。

愛される存在であって、誇らしい存在。見ている人を楽しませ、重宝される選手だった。川崎の歴史を背負ってきた人、歴史を変えた一人だと思っています。憧れる存在になってくれたことには感謝しか頭にありません

寂しい想いをしたいこともあったと思う。土日に試合があるため学校行事になかなか応援にいけない、自由に出かけられない。我慢も多かったんじゃないかな?と予想する。それでも、最後にこの言葉を言えた龍剛くんはもちろん、これを言わせた中村憲剛は改めてかっこ良かった

働いているとどうしても家族に迷惑をかけることがある。自分でハンドリングできることが少なく、仕事と家庭のバランスを取ることは本当に難しい。

それでも私は、自分の息子が「大人になるって楽しそう」「やりたいことがあるって素敵なこと」そんなメッセージを感じとってくれたら嬉しいと思っていた。変な後ろめたさや、罪悪感を持つよりも、私も息子にとって誇れる存在になりたいと改めて思った。


私は仕事において中村憲剛のようになりたい

子供の頃から夢見ていた職業で今活躍している人は世の中でごく少数かもしれないけど、

・今いる仲間を大切に思っている人

・成長したいと苦しみ踏ん張っている人

・家族のために仕事を頑張っている人

私と同様にこういう人は本当に多いと思う。中村憲剛は引退セレモニーで、サッカーをする子供達へメッセージを送った。

僕は小さい頃高校は入ったときは小さくて、今も体は華奢(きゃしゃ)ですし、強くないですけど40歳までプレーすることができました。何が言いたいのかと言うと、体の小ささや身体能力とかはハンデじゃないということ。おそらく小中学生、高校生悩んでる子はいっぱいいると思います。でもそうじゃないと僕のキャリアが言ってます。みんなに可能性があります。周りの環境やチームメートに文句言ったり、そういうのは一切関係ないです。全部自分にベクトル向けてください。その気持ちを持って一日一日頑張れば、必ず道はひらけます。そしてまわりが助けてくれます。今サッカー選手になりたい、でもちょっと悩んでる子どもたち。明日からまた新しい気持ちでボールを蹴ってほしいと思います。


身長や身体能力で夢を諦める必要はない、仲間や環境ではなく自分にベクトルを向ける、そんなことが語られた。自分に言われているように思えた。

まだ過去に事例がないから、時短で時間的な制約があるから、

できない理由や、投げ出す理由はいくらでも見つかってしまう。


チームがよくない雰囲気の時こそ、率先して声をあげよう。周囲を笑顔にするくだらないことなら楽しもう。恥ずかしくなるような熱いメッセージも臆せず言おう。

何より、自分で自分自身の成長に期待できるような毎日を送ろう。子供にとって誇れるような働くママでいよう。

中村憲剛の引退セレモニーは、働く上で大切なことを再確認させてくれた。


すとうひさこ@hisako_player

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