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気持ちの平衡は取れている。

今日(10.21.2024)から帝塚山にある「Gallery Limelight」で「ブロニカンズ」という展示が始まった。ゼンザブロニカで撮った写真を飾るという明快なコンセプトの写真展。

ほんとは展示が終わってから、写真をサイトに載せののだろうがここは備忘録みたいなとこだし、ここは見ている人は少ないのでネタバレにはならないでしょう。飾っている写真の元データ(デジタイズした写真)を置いておきますね。鶴岡、酒田、遊佐、吹浦など庄内の風景、スナップです。

ブロニカはS2、SQを使っていた。特にSQは50mmのレンズ込みだと、ロクロク中ではほんと比較的小さくまとまっていたので、よく旅行先には持ち出していた。でも撮った写真は自分の中では個展としてうまくまとまらず(コンセプトやテーマを決めていた訳ではないので)、須田一政塾のグループ展で数度展示しただけにとどまり多くが未発表である。なので、ブロニカ縛りの写真展には見返すためにも、何度か過去作を飾っている。

今回は2006~7年に何度か旅したものだが、写真の稚拙はさておき画面の中で水平がほとんど取れていない。写真は瞬間の判断で撮っているので、そこにフィットする明確な意図があるわけではないが、この時期は漠然とした不安感みたいなのは常にあり、一人旅でそうしたものが増幅されたそれをあえて泳がせ、シャッターを切るモチベーションにあてていたことは記憶している。

この時期の写真は、2009年に盛岡市のギャラリーラヴィという場所で開かれた須田塾のグループ展「水琴窟」で3枚ほど展示した。ギャラリーラヴィはこの展示をもって閉廊ということで、多くの盛岡の人が来てくれた。名物画廊の最後の展示ということで、盛岡新聞に取材され掲載された記事が最後の写真だ。怖くて心底疲れたような顔をしているのは、十数人の写真を田中さんと二人で会期直前、日帰りで設営して、それが終わった直後の写真であるからだろう。その中において私は「斜めになっても自分では平衡が取れている」と話しているが「三半規管でもオカシイのか」と突っ込まれても不思議ではない。ちゃんと言い直せば「(物理的に傾いていても)自分の気持ちの中では平衡(バランス)は取れている」ということだろうか。

デジタイズした8枚の写真を見ると、その写真を選んだチョイスを含めて「自分の写真だな」と思う。そういう感慨の多くは「ひとりよがり」と呼べるものなので、言葉にして共感を求めることはできない。それでも、言葉にならなくてもいいので、なにか引っかかるものがあれば嬉しいなと思う。よくわからないギリギリ境目にある「普遍」みたいなものをこの時は強く意識していたのだろうな。それは今も本質的に変わらないとは思うけど。

ほんと疲れていた。このインタビューのあと最終の東京行きで帰ったのでした。
もう15年前になるのですな。年がバレますが。

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