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ココロのビョーキを理解して

    あたしは心の病気だ。精神科に通って10年近くになる。ことの発端は職場のいじめだった。

    ものすごく忙しい現場に異動になった。現場は殺気だっていて、誰もがイライラしていた。同僚のおばさんたちは少しの間違いすらネチネチと指摘した。耳元で、あんたジャマと小さな声で言われることなんて日常茶飯事。化粧が濃すぎるんじゃない?誰を誘惑しに来たの?若いからって調子に乗らないでよ。仲良くなった彼女は、ここに異動になった新人さんはこの洗礼をみんな受けるのよ、と諦めぎみに言った。おばさんたちに負けたくない。こんな嫌がらせはなんでもない。『この前、同じことを言ったよね?』主(ぬし)のおばさんは金切り声をあげた。助けてくれる人はいない。だって誰もがとばっちりを受けたくないから。次に誰かが来るまでの我慢、先の彼女は耳元でささやいた。


     まじめできちょうめん、完璧を目指す、責任感が強い、何に対しても手を抜かないーそんな人はうつ病になりやすい。ネットで見つけた記事にはそう書いてあった。そのほとんどが当てはまった。親から一生懸命勉強しなさいと言われると、学校でも塾でも満点を取れるよう努力した。就職すると仕事も目いっぱいがんばった。誰かに遅れをとりたくない、キャパ以上の仕事を割り当てられても誰かの手は借りたくない。あたしだけ頑張ってんじゃない。みんなだって頑張ってるんだ。誰かに助けて欲しくたって誰にも助けは求めない。人に迷惑はかけたくない。


がんばらないとがんばらないとがんばらないとがんばらないと。あたしはがんばれるあたしはがんばれるあたしはがんばれるあたしはがんばれる。


    食欲がなくなった。口は開くことを拒否した。無理矢理こじ開けると、今度はあごが動くことを拒んだ。でも何か食べないと・・。どろどろのおかゆや雑炊やお豆腐、みそ汁やスープをのどの奥におしこんだ。1口、もう1口。3口食べることが精一杯だった。そんな食生活だから体重は激減した。体が重くて動かない。洗濯に掃除、買い物に行くことはおろか服を着ることや顔を洗うこと、ベットから起き上がることすらおっくうになった。


    朝になっても体が重くて重くて、ベットから立ち上がれなくなった。毎日体がだるくて、すぐに疲れる。休みの日に一日中寝ていても疲れが取れない。よっこいしょっと、声を出して立ち上がる。そうでもしないと立ち上がれない。夜は夜で眠れなくなった。睡眠薬代わりにアルコールを飲んではいけないって知ってるのに、アルコールに頼るようになった。最初は一番小さいサイズのビール缶を1本。次第に中くらいのサイズ、大きいサイズ。中サイズは1本から2本、2本から3本。大サイズの本数もどんどん増えていった。それでも眠れない。市販されている睡眠導入剤とアルコールを同時に飲むようになった。導入剤は毎日飲んでいたからすぐになくなった。顔を覚えられると困る・・同じ薬局では薬は一度しか買わなかった。


   もともとおしゃれではなかったけど、身だしなみになおさら関心がなくなった。昨日と同じ服でいいや・・。一昨日とも同じだけど、それでいい。テレビもスマホも見なくなったから世の中で何が起こっているのかわからない。 人付き合いもしたくなくなった。実家の家族はおろか友だちにすら、こんなあたしを見られたくない。やせたね、なにがあったの?何でも言ってよ。力になるよ。なんて同情されたくない。


   身体中が痛い。頭も肩も背中も腰も胃も痛い。吐き気が毎日する。めまいや動悸も毎日。寒くもないのに体が震える。右目の下だけ、けいれんがする。便秘だと思ったら下痢になり、また便秘になったと思ったら下痢になった。


   部屋の片隅に体操座りをしていると落ちつく。なるべく日のあたらない場所に。カーテンを閉めて目をつむる。頭のなかを空っぽにしたくても、わあわあわあわあと誰かが言い、ほかの誰かの金切り声がつんざいた。


   仕事に、行きたくない。


   会社の産業医は、うつ病だと診断した。病院に紹介状を書きます、そう続けた。仕事を休めるーおばさんたちの顔を見なくてすむ、関わらなくていい、会わなくていい。あたしをおとしめるおばさんたちの嫌がらせや暴言から心と体を防御しなくていい。


    肩の荷がすとんとおりた。


   夫婦のどちらかがうつ病になり離婚したケースがある。父親がうつ病になり、娘さんの結婚の障害になるかもしれないからと離婚したケースがある。精神を患っている人は健常者と見た目は何ら変わらないから、サボっているとしか見てもらえなかったり、気のせいだとか気にしすぎとか言う人がいる。無理解な家族、精神が不調になった家族を助けるのは家族の役目。だけどそうしない家族がすぐ近くにいる。



❇️読んでいただいてありがとうございます。大昔、メンタルヘルスマネジメントⅡ種の資格を取りました。精神科に通っていた、当時一緒に働いていた彼女を助けたくて。この作品を書きながら、そこで受けたいじめや嫌がらせを思い出しました。そんな辛かった経験も役に立つんだな😏😏