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【台湾建築雑観】発注者の問題

僕は日本の佐藤総合計画で、日本の公共建築の計画に携わったことがあります。その時の業務の進め方と台湾のそれを比べると、様子の違うことが多い。そのことについて思うことを書いてみます。

日本の公共建築の発注

僕は、佐藤総合計画でいくつもの公共工事の設計案件に関わったことがあります。
現在の日本の公共建築の設計の発注は、プロポーザル方式がよく取られています。過去、設計コンペという方式で設計者選定をしていたものが、設計者の負担軽減とか、そもそも設計案ではなく設計者を選定することとし、設計者を選定した後に案を詰めていく。その様な方向性になってきています。

そして、プロポーザルで決まった建築設計事務所が、プロポーザル時の提案をペースにして、基本設計案を練っていきます。

https://www.mlit.go.jp/gobuild/sesaku/proposal/2006-4.pdf

これは、テクニカルな設計者選定の手法ですが、その前段階としての企画設計案をまとめるという作業もあります。
これは、設計プロポーザルを公募する前に、どの様な規模の建物を計画し、建物のクライテリアをどこに置くのかを検討する。工事予算規模や、必要なスペックを定めるという仕事です。この際には外観のデザインは問わず、建物ヴォリュームと、基本的な動線に注目して計画します。僕はこの様な企画設計の仕事に加わったこともあります。

佐藤総合計画にはPFI(Private Finance Iniciative)部門があり、ここで業務を行ったこともあります。PFIのコンサルタント業務というのは、行政がPFIとして業務の公募をかけようとする場合に、その要項をまとめる仕事です。上記の企画設計に近い仕事ですが、PFIコンサルの場合はさらに細かく要項に定めるスペックを規定していきます、

建物の企画をすることの難しさ

これら、設計者として携わったり、設計内容を企画検討する立場として設計に関わった中で思うことがあります。それは、設計発注の前段階の企画検討というのも重要な設計業務だということです。

プロポーザルでこの様な規模の、クライテリアはこの様なものの提案をしてくださいと公募をかけるわけですので、そのプロポーザルの要項がしっかりしてないといけません。日本の行政は、その部分についてもしっかり時間と予算をかけて検討を加えます。そしてまとめたものを、ようやくプロポーザルのプロジェクトとして募集をかけるわけです。

日本の行政組織の建設部門というのは、歴史は明治からこちら150年にわたる歴史を有しています。第二次世界大戦後としても、80年ほど経っています。この様な経験を持っていてさえ、新たに建物を設計する場合には十分な時間をかけて、企画をまとめる作業をしているということです。
逆にこの様な経験があるからこそ、企画設計の大切さを十分に把握しているのかもしれません。

台湾で出会した不可解な建築

この、日本の公共建築の設計に進む手順と比べると、台湾の設計の場合、設計発注の前段階の検討が不十分である様に感じられます。何というか、設計のクライテリアは建築師と話し合いながら定めていく。設計発注時の要項の内容は、充分に練られてはいないのではないか。そんな風に感じるケースがままあります。

高雄港旅運中心
このnoteでも紹介していますが、高雄に新たな国際クルーズ船のターミナルが完成しています。とても特徴ある外観を持っており、内部空間もダイナミックで素晴らしい設計と考えています。
しかし、使い勝手上大きな問題ではないかと思われる点が2つほどあります。

一つは大量の船客の出入りを捌くための内部空間が、準備されていないこと。
高雄は一年を通して暑い場所です。ここで、クルーズ船から降り高雄の街に出る手続きを、屋外でやっていたのです。数百人の船客が外に行列をなし、4つほどあった外部の仮設ブースで手続をしていました。炎天下の高雄市の外ですので、日陰のスペースではありますが、とても暑い中何故こんななことになっているんだと不思議に思いました。
もう1つは、一階のMRT駅から2階のコンコースへの動線がとても分かりにくいこと。建物の隙間を歩いてようやくエレベーターを見つけ出し、2階に行くことができましたが、何故こんな分かりにくい動線になっているのか、これも不可解でした。

想像ですが、このクルーズターミナルの設計者はアメリカ人です。アメリカの自動車文化の建物の常識で設計をしてしまったため、MRTからの人の流れということに思いが及ばなかったのではないでしょうか。そして、設計時にそのようなクライテリアは示されていなかったのではないか。
船客の入出国手続スペースについてもそうです。設計時にきちんと必要なスペースとして提示されておらず、仕方なく現在外部になってしまっている。
その様な推測をしています。

高雄港旅運中心

台中オペラハウス
伊東豊雄事務所の設計した、とても特徴的な内外部空間を持つオペラハウスです。これは、設計者の提案したカテノイド曲線による内部空間を様々に構成して、オペラハウスのホール空間を作り、縦の動線をつくり、ホワイエ空間をつないでいます。
立体的な曲面による内部空間の量がとても多いのがこの建物の特徴です。

僕は、佐藤総合計画でたくさんの中国と台湾のコンペに参加したことがありますので、日本とこれらの国々では、コンペに勝つための方法論が全く異なっていることを知っています。
現在の日本では、設計の要項に忠実に、華美なデザインは控え、建設コストとメインテナンスに十分な配慮を加えた設計をしないと受け入れてもらえません。そのため、外観デザインの特徴などはクライテリアとしてはとても低いレベルに設定されます。
一方、中国や台湾でのコンペはその様な大人しいデザインをしたのではまず通りません。世界のデザイン事務所と肩を並べて自らの設計案をプレゼンテーションする際に、圧倒的にものを言うのは、そのデザインの独自性、特徴的な外観です。中国のプロジェクトなどは、模型が命と言っても良いくらいなものです。

そんな中、この台中オペラハウスの設計案も、その他に追随を許さない独自の外観と内部空間で、コンペを勝ち取ったわけです。

しかし、このカテノイド曲線を採用して空間を作ったがために、内外部共にとても多くの虚となる空間ができてしまっています。この空間の量は直接コストに跳ね返ってくるわけで、建設コストの高騰を招きます。
台中市でこの設計案が選ばれた際の市長は胡志強氏です。彼の政治的判断で、この伊東豊雄氏の設計案が最優秀作と選ばれ、建設されることになりました。設計案の設定時に、建設コストが高騰する、無駄なスペースがたくさんできると言う様なデメリットは軽視され、空間の独自性というメリットが重視されたわけです。

台中オペラハウス

台北パフォーマンスセンター
この台北市のパフォーマンスセンターの建物も、とてもユニークなもので、僕はnoteで5回にわたってレポートをしています。
この建物は、足元を市民のためのオープンスペースとして開放するために、ホールの主要な機能を2階よりも上に持っていくと言うアクロバティックな設計をしています。この解決案は、ホールを建築する際の一般的な方法論からは、かなり逸脱しています。何しろ、舞台のために搬入口も全て上階に持ち上げられてしまっているのです。

そして、このパフォーマンスセンターの3つのホールは全てが宙に浮くデザインになっています。この、ホール建築におけるステージ、観客、楽屋と搬入空間と言った部分は、地上面に設けられるのが一般的な解決方法です。それに比べると、3つが3つとも宙に浮かんでいるそれは、設計の技術的な処理の難易度でいくと、とても難しいものになります。

それに加えて、この建物では3つのホールのステージが全て中央にあることになっています。この、ホール建築としての解決案も、とても強引なものです。
このパフォーマンスセンターの中央部は、1階ではパブリックなオープンスペースになっています。2階に搬入用の斜路が来ていますので、2階よりも上に、ステージでいうところの奈落が仕込まれており、大道具等はここから上に持ち上げられるのでしょう。そして、ステージはさらに上の階にセットされています。

台北パフォーマンスセンター

建築に関する素人が発注しているのでは?

これら3つの例は、建築家のデザインの独自性を尊重し、そのオリジナリティーあふれる計画案を施主として最大限実現したと言うこともできます。
台湾の公共建築にとてもユニークなものが多いことは否定できません。建築家がその特徴あるデザインをプレゼンテーションして、クライアントである行政がそれを認めて、設計を発注する。

しかし、行政たるクライアントが建物の設計を依頼する際に、日本の行政が行なっている様な十分な事前検討、企画設計は行われていないのではないかという印象があります。
上に説明した、基本的な設計クライテリアに漏れがあるのではないかとか、あまりにも特徴あるデザインのため、それを実現する際の技術的、コスト的問題がとても大きくなるという問題です。

日本の建築士は、日本の公共建築のプロポーザル要項が、とても細かく面積や機能上のクライテリアを示していて、その内容を元にパズルを組み立て面積を整理すれば、基本的に大きな問題はないものと考えています。
それと比べると、台湾や中国における公共建築のコンペ要項というのは、とても大雑把なもので、主要なスペースの大きさしか示しておらず、それに付随する様々な部屋については、設計者の裁量に任されています。これは、日本で僕が経験した様な企画設計という様な手順は踏んでいないのだろうと考えています。

そして、建設を発注する部局が、過去その様な公共建築発注の経験もないまま、要綱を作成しコンペに臨んでいる。言ってみれば、日本では公共建築の発注のプロが行なっている作業を、素人に等しい担当者が行なっているのではないか。
そして、その様なシステムの結果として、現在の台湾では様々な独自性豊かな建築案件が竣工しているわけですが、この傾向がデザイン重視の時代を経てだんだんと変わりつつあるのではないか。その様な印象を、現在の台湾の建築界に対して持っています。

一つの傾向として、現在の台湾の公共建築のコンペでは、外国の設計事務所が直接応募できる機会は少なくなっています。資格として、台湾での建築師の資格を有する建築事務所であることが必要要件になっています。そして、外国の設計事務所はこの台湾の建築師事務所の下請けとして参加する。現在多くのコンペがこの様なスタイルになっています。
これは、日本の様なプロポーザル方式とは異なりますが、外国の建築家による意匠性よりも、行政の方でコントロールしやすい台湾の建築師事務所を契約の相手とする様になっているということです。目的とするところは、日本と同じなのだろうと考えています。

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