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【台湾の地質環境】宜蘭、蘭陽平原

西郷菊次郎のことを調べた時に、彼が宜蘭庁長官をやっていたこと、宜蘭で様々な開発事業を行ったことを知りました。そして、その時に写真で見た明治時代の宜蘭の様子に、とても驚きました。今の宜蘭と全く様子が違ったのです。

明治時代の宜蘭

日本の統治が始まる前の宜蘭は、どの様な場所だったのでしょう?

以前台湾の歴史に関する下記の様な文章を書きました。清朝の時代を通して、清朝は台湾全土を統治していたわけではない。東海岸と山岳地帯は、台湾の原住民が独立して生活している地域だったということです。

蘭陽平原の草嶺古道を歩いた時に、街の途中に清軍が宜蘭に攻め入った記念碑がありました。虎字牌と呼ばれるこの石碑は1867年と1868年に、清軍が当初統治していた西海岸領域から更に東海岸も統治下に納めようと軍事行動を起こしたという記念碑です。

この時期から27年後に台湾は日本の統治下に置かれます。ですので、宜蘭の地は、日本政府の統治が始まった時点では、清朝による開発がようやく始まるというタイミングでした。

西郷菊次郎が宜蘭に入った際、蘭陽平原は一面水浸しの土地でした。漢人による治水技術が導入される以前の状況では、台風による水害に苛まれる蘭陽平原は、あちらこちらに水が溜まる、農業もままならない土地だったでしょう。僕が見たのは、その様なイメージの写真でした。

この蘭陽平原の地勢というのは、実のところ今でもあまり変わりはありません。海岸線を以って海陸の境界とすると、この平原は陸地の様に見えますが、この場所を山の上から見ると、とてもたくさんの沼地のある、水浸しの土地であることが分かります。
この蘭陽平原では鴨の養殖が盛んなのですが、その理由として、鴨を育てるのであれば、仮に養殖地が水浸しになっても鴨は無事に命を存えるということがあるそうです。稲を育てていたのでは、水浸しになった途端に収穫はできなくなってしまいます。

現在の蘭陽平原の様子

蘭陽平原の三角形の意味

蘭陽平原は、地図で見ると綺麗な三角形をしています。海側を底辺とした二等辺三角形といった様子です。これは、一見山地から平野部に河川が流れ出る際の三角州と似ています。山の渓谷部から中流、下流に流れ出る際の河川の自然な現象です。しかし、この蘭陽平原の三角州は地質学的にはもっとスケールの大きなものです。

台湾のたくさんの山脈は、ほぼ南北方向にその山並みを連ねており、それが平行に並んでいる状態になっています。下記のWikipediaのスレッドに詳細に説明がありますが、代表的なものに中央山脈や、玉山山脈などがあり、それぞれ南北に走っています。
そして、宜蘭の蘭陽平原を形作っているものは、2つの異なった山脈になっています。北西部に覆い被さっているものは雪山山脈、台湾第二の高さを誇る雪山を有する山脈です。南側は中央山脈の最北端になっています。この、雪山山脈と中央山脈の間の渓谷は、蘭陽平原から延々と南下し、武陵農場の辺りで玉山山脈にぶつかります。
この様に、この蘭陽平原の両側は台湾の異なった2つの山脈で構成されています。それも、中央山脈と雪山山脈という2つの主要な大きな山脈です。普通の河川の三角州とはスケールの異なる、地球規模の地殻変動の変異に晒されている土地と言えます。

蘭陽平原から雪山山脈と中央山脈の境を見る

地質学的な特異点なのでは?

そして、この特殊な状況は、海の底の様子を見ると更に明らかになります。
日本列島から琉球弧を描いて緩やかにカーブを描く海溝があります。この海域でのプレートの動きは、太平洋プレートがアジアユーラシアプレートに潜り込む形になっています。海底地形を見てみると、その様子はとてもスムーズなアーチ型を描いています。

しかし、このカーブは宜蘭の付近で突然方向を変えます。この場所で、中央山脈による海岸線が現れ、琉球孤はまるでそのまま雪山山脈として伸びており、その南側に中央山脈が現れたという様な様子に見えます。

宜蘭東部で海溝の方向を変えるフィリピン海プレート

更に、この中央山脈では、プレートの動きは琉球弧のそれとは異なっていると考えられています
僕は、日本周辺のプレートの動きやマリアナ海溝のプレートの動き、それから海のプレートの方が重く、陸地のプレートの方が軽いという一般的な理由から、台湾の東海岸でも、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに落ち込むのだろうと考えていたのですが、どうも台湾の地質学者の判断は違う様なのです。
どの様な資料を見ても、台湾の東海岸ではフィリピン海プレートがユーラシアプレートの上に乗り上げている様な断面を説明しています。そして、それが真実の様なのです。台湾の造山活動は、フィリピン海プレートがユーラシアプレートにぶつかり、圧縮されて持ち上げられることで起こっている。そういうことらしい。

そして、よくよくそのことを考えると、宜蘭から花蓮にかけてはとんでもないことが起こっていることになります。下の図では、そのことが表現されています。宜蘭の北側ではフィリピン海プレートは海の底に潜り込んでいる。しかし、南側では逆に地上に持ち上げられている。そのせめぎ合いが起こっているのが蘭陽平原から花蓮にかけての地域だということです。

台湾の東海岸のプレートの動き

台湾では、東海岸での地震がとても多いです。特に宜蘭と花蓮で多い。その理由がフィリピン海プレートとユーラシアプレートの動きにあるということは知っていましたが。この宜蘭付近の土地でのプレートの動きが北と南で逆さまになっているということには、最近になってようやく気がつきました。

台湾に、日本よりも高い山がたくさんあるということは、既にとても驚異的なことですが、海の中でもこの様なプレートの動きが反転している事態が起こっているというのは、とても興味深いことです。
この宜蘭から花蓮にかけての地域は、プレートテクトニクスの上での特異点なのではないかと考えています。

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