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【短編小説】小さな部屋でみた夢

2024年「坊ちゃん文学賞」応募作品。
「坊ちゃん文学賞」は、4,000字以内のショートショート専門の文学賞。
何作でも応募可能ですが、この年は今回の1作のみ応募しました。
加筆修正せず、応募当時の原稿をそのまま掲載しています。

毎晩、同じ夢を見る。
それなのに、目覚めるといつも記憶に薄い。

「——と引換えに、才能を差し上げます」

霧を溶かす朝日のように、あたたかく穏やかな声。
姿はおぼろげだが、あれはたぶん女だった。

「なんでも持っていけ!だから今すぐ、俺に才能をっ!」

女の声に反して俺は、喉が引きちぎれるほど必死に叫ぶ。
なぜだ?才能なら、すでに手にしているのに。

俺の写真が人生を変えると、最初に言ったのは誰だったか。
もう忘れたけれど、そいつのおかげで今の人生がある。

有り余る金と賛辞。選び放題の仕事と女。もう十分だ。

あれはきっと、俺ではない誰かだったんだろう。
身が焦げるほど望むものなんて、俺にはもうないから。


久しぶりに、違う夢を見た。

風に踊る安っぽいレースのカーテンを見ながら、俺は飯を食っていた。
シュガートーストと味噌汁という、おかしな組み合わせの。

隣で女が笑っている。

笑顔だとわかるのに、誰かはわからない。
ただ、白く澄んだ頬に、見覚えがある気がした。

そんな夢を見たせいか、甘ったるいシュガートーストをかじりながら現場へ入った。脳みそが、糖分にぶん殴られて目を覚ます。

よろしくお願いします、と被写体に声をかける。すると、まったく同じ言葉が、まったく違うあたたかさで返ってきた。照明が一段階、明るくなったようにさえ感じる。それがこの人の才能なのだろう。

そこには、俺の手で人生を変える必要などない、すべてを手に入れた人がいた。
海外で名を馳せた、大女優の凱旋だ。

彼女は、今以上に何を望んでいるんだろうか。

使い慣れたファインダーを通して、改めて彼女に語る。

俺は被写体の物語を撮る。
俺の中には存在しない、喜怒哀楽を生む物語を。
人はそれを記憶や過去と呼ぶ。

物語のない俺は、他人の物語を語って生きていく。十分だ。

「味噌汁はいらないの?」

ファインダーの向こう側で、彼女の口が動いた、気がした。
でも、彼女は何事もなかったように笑っている。
たしかに声も聞こえたはずなのに。

ふいに、艶やかに光る彼女の白い頬に、触れてみたいと思った。

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広山しず
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