![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/171955859/rectangle_large_type_2_3a921fafd910e6569ef158810e4d5e49.png?width=1200)
【短編小説】小さな部屋でみた夢
2024年「坊ちゃん文学賞」応募作品。
「坊ちゃん文学賞」は、4,000字以内のショートショート専門の文学賞。
何作でも応募可能ですが、この年は今回の1作のみ応募しました。
加筆修正せず、応募当時の原稿をそのまま掲載しています。
毎晩、同じ夢を見る。
それなのに、目覚めるといつも記憶に薄い。
「——と引換えに、才能を差し上げます」
霧を溶かす朝日のように、あたたかく穏やかな声。
姿はおぼろげだが、あれはたぶん女だった。
「なんでも持っていけ!だから今すぐ、俺に才能をっ!」
女の声に反して俺は、喉が引きちぎれるほど必死に叫ぶ。
なぜだ?才能なら、すでに手にしているのに。
俺の写真が人生を変えると、最初に言ったのは誰だったか。
もう忘れたけれど、そいつのおかげで今の人生がある。
有り余る金と賛辞。選び放題の仕事と女。もう十分だ。
あれはきっと、俺ではない誰かだったんだろう。
身が焦げるほど望むものなんて、俺にはもうないから。
久しぶりに、違う夢を見た。
風に踊る安っぽいレースのカーテンを見ながら、俺は飯を食っていた。
シュガートーストと味噌汁という、おかしな組み合わせの。
隣で女が笑っている。
笑顔だとわかるのに、誰かはわからない。
ただ、白く澄んだ頬に、見覚えがある気がした。
そんな夢を見たせいか、甘ったるいシュガートーストをかじりながら現場へ入った。脳みそが、糖分にぶん殴られて目を覚ます。
よろしくお願いします、と被写体に声をかける。すると、まったく同じ言葉が、まったく違うあたたかさで返ってきた。照明が一段階、明るくなったようにさえ感じる。それがこの人の才能なのだろう。
そこには、俺の手で人生を変える必要などない、すべてを手に入れた人がいた。
海外で名を馳せた、大女優の凱旋だ。
彼女は、今以上に何を望んでいるんだろうか。
使い慣れたファインダーを通して、改めて彼女に語る。
俺は被写体の物語を撮る。
俺の中には存在しない、喜怒哀楽を生む物語を。
人はそれを記憶や過去と呼ぶ。
物語のない俺は、他人の物語を語って生きていく。十分だ。
「味噌汁はいらないの?」
ファインダーの向こう側で、彼女の口が動いた、気がした。
でも、彼女は何事もなかったように笑っている。
たしかに声も聞こえたはずなのに。
ふいに、艶やかに光る彼女の白い頬に、触れてみたいと思った。
いいなと思ったら応援しよう!
![広山しず](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/114180219/profile_878c2fdf3c7bf1fd07a478277056b61d.jpg?width=600&crop=1:1,smart)