【ポエトリーノベル】 激痛と有名と悲運の大金誠
突然の激痛で男は文字通り地を這っていた。
現場のロケを1時間後に控えて待合のソファから立ち上がった瞬間だった。共演の女優が悲鳴を上がる中
彼はまるでムカデのように廊下をはって行った。
トイレの前で気絶し、そのまま都内の医科大学の附属病院に運ばれた。予定されていた番組は、彼の代わりのコメンテーターが見つかり無事放映されたが、テレビ局がうけたダメージは思ったよりも大きかった。
彼が廊下を這っていく動画がSNSに拡散され、約300万人の目にさらされることになった。テレビ局の対応があまりに、非人道的だという理由で、局の下請けや派遣社員から、中傷のコメントが名指して続き、ついには、経営母体の社長が、引責辞任するにまで発展した。
彼は、ムカデ男として様々な番組に引っ張りだこになり、
一躍時の人となった。彼の治療をした、世田谷のクリニックのひどい対応も、話題になり、戦争捕虜収容所で受けている拷問のようだと非難が殺到した。
彼は、そんなことはお構いなしだったが、取材が相次ぎ、コメントを求められ、その頓珍漢な返答が、また、いろんな憶測を呼び、最後は衆議院の予算審議会でも総理に質問がむけられるような事態になった。
彼は、なぜかいつも、この事件の話題を振られると、最後に「とはいっても黄金の肛門ですから」と付け加えるのだった。
「黄金の肛門」が「大子(おおご)の拷問」と聞こえるところから、大子淳(おおごあつし)プロデューサーの、拷問のような仕打ちと、解釈され、大子は、いくつかの番組の役を降りた。銀座で、大子が、彼に絡んでいる写真がスクープされるや、大子は、彼の隣にいた愛人が家族にバれ、離婚騒動になって、最後はテレビ局の屋上から、飛び降り自殺をするという、派手な幕引きになった。
彼は、別に大子プロデューサーに恨みなどなく、むしろ好きなタイプのテレビマンだったのだが、彼が何か悪く言ったわけではないので、どうしようもなかった。
「この度の大子プロデューサーの自殺についてどう思われますか?」という週刊文春の質問に対して、
「彼には感謝しています とても有能な方でした」
と本心を話したばっかりに、彼の評判は瞬く間に国内トップレベルになり、NTTやトヨタ自動車、味の素などのエスタブリッシュされた大企業が彼のコマーシャル出演を求め、その収入はドジャースの大谷翔平の半分ではあったが、ブランドバリューは3倍ととてつもない利益を彼の所属するプロダクションにもたらした。
肛門について話をしているのに、全てが彼のブランドにプラスになるように解釈されたことを、彼は後にこんなふうに回想している。(インタビューは、チベットの寺院で行われた。彼は、全てを放り出し、チベットで小さな国を作ったが、革命により全てを失ったのだ。今は タオユイアシェン老師と呼ばれている)
「痛みの中で眠るのか、痛みで気絶しているのかわからなかったのですが、肛門だけが明確に、私と私の痛みについて、区別をしてくれたんです。全ては肛門のおかげかと
コウモンサマに感謝です」
コウモンサマが水戸黄門と、勘違いされたのは、彼の意思ではない。彼の歴史感覚の深さについて、多くの文化人が
感嘆の声を上げた。
「痛みのなかで、無意識がひっぱり出され、耐えるための映像、イメージ、感覚が焦点を合わたんですね。これはいわゆる夢幻能です」
意味不明な発言であっても、今や彼の言葉をどう解釈するかの解説本が出るくらいに人気は加熱していたから、【無幻能】こそ、彼であって、彼が日本の伝統を背負って世界に出ていくべきだということになり、ロンドンで能の演出を行い、それが世界的に評価された。
「夢幻の区別がないんですね」
「生死に関してもあまりこだわりがないのです」と話せば、彼は聖者だという話になり、
ニューヨーク大学では彼の講演会が毎月組まれ、
「世界を救う日本の禅」
という学問のジャンルになっていった。それは、社会学と哲学と文化人類学といくらかの神秘学が混ざったもので、大半の学者は、カルトと馬鹿にして相手にしなかったが、
世界中の若者は彼の言葉を聞きにニューヨークに集まった。
それは、世界救済学と呼ばれ、未来についての筋道たった理論体系だが、大筋は彼がニューヨークを、そして日本がアメリカを救うという荒唐無稽なものだった。
そのころ、アメリカの仏教徒の数は1億人を超え、日本とほぼ同じ数の仏教徒がいることになり、仏教徒の連邦ができる事態に発展した。彼らは、独立国を目指した。その初代大統領として、彼の名前が上がるのは必然的なながらだった。
今更ながらだが、彼の名前は大金誠である。その思想は、アメリカではザ ゴールドと呼ばれ、大金は全てをゴールドに変える力があるミダス王の生まれ変わりと信じられた。マスメディアの報道では、ゴールドを崇拝しているという勘違いもあったが、大金誠の教えはシンプルなもので
「肛門に力をいれよう」
「ラブリーリタ精神」
「陰徳陰徳」
この三つが、信じられた。チャイナタウンでは、肛門のシワを数える肛門占いが大流行し、アナルクリニックとあわせて、新しいエクスタシーとパッションをテーマに、巨大なヘルスケア市場を作り出した。
彼の数奇な運命は、ある出来事をきっかけに、転落の一途を辿り、結果、全てを失うことなるのだが、彼の残した黄金10兆円は、未だラオスのジャングルに残されていると考えられていて、その発掘は今も行われている。