【コラム #01】寄り添いで解決できるなら苦労はない
前回の投稿では、「就労支援事業所は利用者を選べるのか」と題して、現役就労移行支援員の他では聞くことができないリアルな声をインタビュー形式でお届けいたしました。
投稿後、ありがたいことにインタビュー記事を読んでいただいた読者の方から下記のようなメッセージをいただきましたので、ご紹介させていただきます。
なるほど…文面から今井さんが困っていることが伺えます。
ポイントを要約するとこのような感じでしょうか。
他住人の生活音に不快感を表す居住者(以下、Aさん)
感覚過敏と感情的行動は精神疾患によるもの?
ネット上で誹謗中傷を行った可能性あり
風評被害に対して悪く書かれた側はなす術がないのか
障害者グループホーム*1 の権利とジレンマ
という一般的によく耳にするトラブルから福祉施設が抱える弱みまで様々な問題が複雑に絡み合っていることがわかります。
今回はいただいたメッセージを基に、それぞれのポイント別にどのようなことが考えられるか、対処方法はあったのか、そして双方が丸く収まる方策があるのかなど総合的に考察してみたいと思います。
1. 他住人の生活音に不快感を表すAさん
障害者グループホームでは、よくトラブルが発生するといわれています。
中でも利用者が引き起こすトラブルには、ふらっとどこかに行ってしまう、騒音がもとで、ほかの利用者や周辺住民と揉めるなどが多いようです。
はじめにグループホーム側の対応について考えてみたいと思います。
今回、トラブルの原因となった生活音の種類や音の大きさなどについては具体的に明記されていませんが、他の利用者が出す生活音は常識の範囲内であり、それぞれが施設ルールを守り、他の人の迷惑になる音を出さないよう配慮しているとあります。
グループホーム側は、生活音がどの程度のものなのかを把握してもらうために、あらかじめ体験宿泊を通じて実際の生活音を確認してもらうことでAさんの理解を得ています。
そして、どの程度の生活音なのかを了承した上で、Aさんは入居を開始しています。
以上のことから、客観的に見てグループホームの音環境は一般的レベルとして問題はなく、Aさんの承諾もあったという点も含め、グループホーム側の対応に特筆するような不備はなかったと私は考えます。
2. 感覚過敏と感情的行動は精神疾患によるもの?
次にAさんの感覚過敏と感情的行動についてですが、もしかするとAさんは自閉スペクトラム症(ASD)*2 の傾向がある方なのかもしれません。
というのも、感覚過敏は自閉スペクトラム症(ASD)の診断基準にも含まれる症状で、90%以上のケースで伴うという研究報告があり、特に聴覚過敏*3 は最も多いケースとされています。
苦痛を感じる音の対象は、冷蔵庫の「ブーン」という小さな運転音、打ち上げ花火の大きな爆発音、ざわざわした話し声など人によって様々あるようです。
もし、Aさんが冷蔵庫の小さな運転音でも苦痛に感じるようであれば、隣の部屋から壁越しに聞こえてくるテレビの音や話し声といったレベルの音でも苦痛を感じているのかもしれません。
そして、感情的行動も自閉スペクトラム症(ASD)の二次障害の表れである可能性が高いです。
二次障害は、本人が受ける過剰なストレスやトラウマが引き金となる場合があり、身体症状(頭痛、腹痛、食欲不振、チックなど)や精神症状(不安、うつ、緊張、興奮しやすさなど)を生じ、ひきこもりや自傷行為、暴言・暴力などに発展する可能性があると言われています。
このような二次障害が起きると、周囲の理解を得ることがますます難しくなり、一層ストレスが増大するという悪循環に陥りかねないとされています。
したがって、強い口調や壁を叩いて訴えるという感情的な行動はAさんの精神疾患によるところが大きいのではないかと私は考えます。
3. ネット上で誹謗中傷を行った可能性あり
続いて、ネット上での誹謗中傷活動について考えてみます。
今井さんも「おそらく」と言っているので、Aさんが書いたものと断定することはできませんが、ここではAさんが書いたものと仮定します。
グループホーム側はAさんのために防音対策やアパート型のグループホームへの転居の提案をすることで対応をしようと努力していますが、Aさんの立場から見ると防音対策は全くの的外れで、「相談に一切応じてくれない~」と何もしていないという評価になってしまい、転居の提案は曲解され「邪魔者を追い出そうとする」ということに変換されてしまっています。
誹謗中傷は、Googleビジネスプロフィール*4 の評価とコメント機能を使って展開しているとのことですが、おそらくSNSなどでも同じように展開している可能性は高く、それぞれのプラットフォームが持っている影響力の大きさと拡散力、拡散スピードなどを理解した上で選択・使用していることは間違いないでしょう。
もっと言えば、不特定多数に対してよりSNSのフォロワーなど親しく関係している人の方がAさんが発したネガティブ感情への同情を煽りやすく、同調行動が起きやすいという人の行動心理を逆手に取っているかもしれません。
Aさんは誹謗中傷活動を通じて鬱憤を晴らし、怒りに同調してくれる仲間とつながりながら、自分は障がい者差別の実態を暴いているヒーローだと悦に入っている、私はそんな姿を想像します。
4. 風評被害に対して悪く書かれた側はなす術がないのか
もう一方の叩かれているグループホーム側に打つ手がないのかを考えてみます。
グループホームのような人に接する仕事では、ネットでの口コミや書き込みによる影響力が非常に強いため、利用者の集客などが左右される可能性があります。
法律相談所などの判断によると、本人に内容と理由を確認し、事実と異なった場合は本人に削除を求めることは可能であるとし、万が一、本人が削除命令に応じなくてもサイトやSNSの運営者に対して、削除要求をすることができるとしています。
また、削除要求は書面または電子メール(印鑑証明書や電子署名が必要)で行うことが可能なため、削除を要求する書き込みの内容を特定し、この書き込みによってグループホームやその従業員の信用や名誉が害され、実際に損害が生じていることを具体的に記載しておくことが効果的とされています。
こういった措置を講じても本人が誹謗中傷を止めなかった場合、侮辱罪*5 で訴えることもできます。近い事例としては、インターネットの口コミ掲示板に「詐欺不動産」「対応が悪い不動産屋、頭の悪い詐欺師みたいな人。」などと投稿したとして科料9000円の支払いを命じたケースがあります。
対処としては、一般的な対応と同じように本人との話し合いの場を設けて事実確認をし、誹謗中傷の事実が分かった場合は止めるようお願いする。もし、止めない場合は侮辱罪で訴えることも視野に入れていると毅然とした態度を示すことが最善の方法であると私は考えます。
5. 障害者グループホームの権利とジレンマ
最後に共同生活援助施設であるグループホームの規約に記された権利とジレンマについて考えます。
一般的なグループホームの規約を見てみると、まったく退去させることができないというわけではなく、他の入居者や職員に対して暴言を吐いたり、度を超えた行動や言動があった場合は、施設としての安全面を考慮して退去勧告から90日間の予告期間を設けたうえで退去を勧告することが可能とあります。
とは言え、グループホームは衣食住のうち食と住の二つを担っているセイフティネットとしての側面が強い支援サービスです。
利用規約を取り交わすことで、グループホームは守られ、権利を行使することは可能かもしれませんが、今井さんも「その方が出ていってくれれば全てが解決しますが、現時点ではその方が生活する住居です。そう簡単にはいきません。」とおっしゃっているように、このグループホームがAさんの生きるための基盤である以上、そう簡単に追い出すことはできないというのももっともな話です。
今回の件では、グループホームの人道支援としての役割がかえって弱みとなり、それ故に今井さんは人道と権利の板挟みになり、ジレンマを抱えることにつながってしまっているわけです。
6. あとがき
さて、ここまでポイントを5つに要約し、私は双方の事情も加味したうえで、極力客観的に考察してきました。
しかし、書き進めれば進めるほど自分の見方やスタンスに疑問が湧いてくることになってしまいました。
そうなっていったのは、私は初めてこのメッセージを読んだとき、最初に
「(Aさんは)そんなに不快な思いをするのなら、そのグループホームを出ていけばいいのでは?」
と思ってしまったからです。
その最初の印象が私をステレオタイプにさせ、自然と居住者とのトラブルにおける一般的な対処やグループホームの持っている権利などグループホーム側の立場に立つこととなり、もう一方のAさんの事情や行動の理由や狙いが理解できず、偏った情報を収集し、書き連ねさせたのではないかと振り返ります。
人は理解できないものを分かりやすく理解するために単純化したり、強引に結論付けるものです。
私もAさんに対して理解不能な障害者というレッテルを貼り、その上でAさんの様々な行動を理解しやすいよう勝手に障害をあてはめ、その障害の影響や特性と結び付けてしまいました。
このようなレッテル貼りは偏見を生むことになります。
私は無理解から偏見を生み、グループホーム側に立ってAさんを排除するような差別的スタンスを取ってしまったのだと今更ながら気づき、いたたまれなくなりました。
私には到底Aさんの苦しみを理解することはできません。
しかし、Aさんに寄り添うと一つの真実が見えてきます。
「Aさんは望んで障害を負ったわけではない。」
障害がなければ快適な一人暮らしも夢ではなかったはずです。
しかし、障害によって経済的にひっ迫し、グループホームに入居するという選択をせざるを得なかった。
しかし、その選択は吉と出ず、感覚過敏の特性で苦しみ、望んでいないのに他の居住者とトラブルになってしまう。
他に行き場がない自身の身の上を嘆き、障害を呪い、その積み重ねが苛立ちや卑屈な考えを増幅させ、グループホームは自分の生活拠点を奪おうとする悪魔のような存在に映る。
負の感情が増幅とループを繰り返して、誹謗中傷として外に発散される。
現実世界の人間は誰も信用できない。ネット上の同情意見だけが救い。
生きづらさに満ちた世界を生きている。それ以外に形容する言葉が見つかりません。
仮に自分がAさんと同じような境遇になってしまったら、と考えると私はAさんとは違う行動をするとは言い切れません。
また一般論を持ち出しますが、
グループホームが利用者とのトラブルを防止するための方法は
利用者一人ひとりの性格や個性、特性を理解して対応すること
積極的に話を聞いて利用者の気持ちを理解すること
と言われています。
この方法の本質は利用者に寄り添うことが大切だということ。
しかし、グループホーム側からしてみれば寄り添いで解決できるのであれば最初から苦労していないというのが本音でしょう。
だから誹謗中傷はされるがままで、状況は一向に改善されず平行線を辿っているのです。
さて、そろそろすべてを集約し総括しなければいけません。
私は考察するためにこの記事を書き始めました。
考察する以上、何かしらの答えを提示することが考察する人間の責任だと思っていましたが、考察を深めれば深めるほどお互いが軟着陸できる場所が見えなくなりました。
結論です。
私の知識不足、そして責任放棄かもしれませんが、私には今回のトラブルの解決策を見つけることができませんでした。
正直、私はこの答えに納得していません。
しかし、解決策は見いだせなくとも、福祉の現場の実態を知ってもらうことが福祉業界への一助になると考えを変え、途中で記事を削除せずに最後まで書かせていただきました。
個人的にも今回、メッセージをいただいたことでグループホームの方々がとても苦労されているという現実や障害者施設を運営する立場上、表立って言えない悲痛な思いを知ることが出来ました。
その機会を作ってくださった今井さんにこの場を借りて感謝申し上げます。
*1 障害のある人が共同して自立した生活を送れるよう、食事の提供、または食事づくりの支援、健康管理や金銭管理の支援、日常の相談対応や情報提供、緊急時の支援、ニーズに応じて身体介護を提供する施設。障害者総合支援法が定義する「障害者」に該当する人であれば障害種別や障害支援区分にかかわらず利用が可能。
*2 人とのコミュニケーションが苦手・物事に強いこだわりがあるといった特徴をもつ発達障害の1つ。現在は自閉症やアスペルガー症候群、広汎性発達障害などを含む言葉として、"自閉スペクトラム症"という表現が使われている。発症の原因は、正確には解明されていない。
*3 通常の人が聞いてもなんとも感じないような比較的小さな音に対して、苦痛を感じる症状を差す。 聴覚過敏を引き起こす要因は、耳の病理と関係する生理学的な要素だけでなく、心理学的な要素も含まれている。
*4 Google検索やGoogleマップなどにビジネスやお店などの情報を表示し、管理するためのGoogleが提供する無料のツール。営業時間やウェブサイト、電話番号、地域を指定でき、店舗や商品、サービスの写真の投稿やユーザーが投稿したクチコミを収集して返信もできる。
*5 具体的な事実の摘示をしないで、不特定または多数の人が見られる中で口頭や文書を問わず、他者を侮辱することを内容とする犯罪。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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