映画評「シビル・ウォー」アレックス・ガーランド監督 2024年公開 2025年2月11日
アメリカ合州国が内戦に陥った映画である。観終わったあとにウィキペディアであらすじを確認すると見落としだらけであった。
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「ザ ディプロマット」を書いたアレックス・ガーランドとは思えないほど単純な筋のストーリーである。
内戦を通して素人ジャーナリストが生きる喜びを見つける映画である。
毎日の暮らしの中に生きる価値を見いだせなかった23歳のジェシーが無法地帯や戦場で生身の人間の活き活きした姿を見つける。日常生活の抑圧された感情を解放させた人々はビビドに生きていた。彼らの写真を撮ることによって自らもビビド感を手に入れ生きることの実感を得る。
一方ベテランジャーナリストのリーは国が二分して戦闘状態になっていることに絶望していく。映画終末にジェシーを庇って自ら被弾したのは故意のように私には見えた。ジェシーとは反対に、生きる価値をこの世に見れなくなったのだ。
2020年1月6日トランプ派の議会占拠後の、2024年の大統領選挙でトランプ候補が敗北した場合、トランプ派が武装蜂起するのではないか、と言われる中での日本での映画公開であった。
故に映画内の内戦に焦点が当てられ、反戦映画であるとか、戦争肯定映画であるとか言われていたようだが、私から見ると、戦争は舞台装置に過ぎず、主題はビビド感のない日常生活に、生きる実感を持てなくなった若者が非日常に接してその実感を手に入れていくことである。
つまり作者の問題意識は、つまらない日常をどうやって楽しくするのか、である。日常がつまらなすぎると、刺激を求めた若者は戦争することさえ辞さなくなりますよ、だと思う。
それをさらに拡大すると、今のアメリカの、世界の二分化は、ビビドを感じられなくなった人々が刺激を求めた結果なのではないですか、と言っているようにも見える。
追記
・後半の戦闘シーンが長過ぎた。意図するところが分からない。そのシーンの中に埋め込まれた意図を私が見落としているのかもしれない。
・命が掛かれば掛かる程、人はビビド感を感じてしまう。死ぬ可能性が高ければ高いほど、ドーパミンが放出されて興奮するのである。難易度の高い登山はもとより、戦闘行為はその最たるものである。その後の弛緩状態も快感である。
日常生活とは別のところで、たとえ僅かであっても命の危険を感じる非日常を用意しておくのは悪くないことだと思う。実際に死ぬ可能性は0.1%以下だが、外国旅行でも、登山でも、ダイビングでも良い。