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高校無償化批判と「賢い支出」幻想
高校授業料の無償化、特に私立高校向けの支援金増額の評判が悪いですね。日経新聞の「エコノミクスパネル」では、
高校授業料に関わる家計支援の上限額は多くの私立高をカバーできるよう引き上げるのが望ましい。
との設問に70%の経済学者が反対したそうです。
「そう思わない」が57%と最多で、「全くそう思わない」は13%。「強くそう思う」と「そう思う」を合わせても13%にとどまります。
自民・公明両党と日本維新の会の合意内容をおさらいしておきます。
・2025年度 約12万円の就学支援金の所得制限を廃止
・2026年度 支給上限額を約46万円に引き上げ
向こう2年で東京と大阪で起きた無償化の波が全国に広がるわけです。
あらかじめお断りを。
私は4月から千葉商科大学付属高校の校長になります。
私立高校の経営者は絵に描いたような利害関係者ですが、この文章は一個人として発信しています。
校長になる、ならないとは関係なく、私の意見は「無償化賛成」です。
なお、三姉妹は都立高にお世話になりましたが、もう高校教育は終わっているので、個人的な損得はもう関係ありません。
さて。
「エコノミクスパネル」の反対意見をざっくりまとめてみました。
・付加価値の高い教育のコストは受益者負担とすべき
・私立が学費引き上げ、定員増加で収益拡大を狙う
・少子化が進むなか、公立高校の衰退を招く
・財源を考えればサポートは公立に絞るべき
・私立校・学習塾の費用高騰につながる
・公立高校の質向上に力をいれるべき
・私学間の競争阻害で市場機能が損なわれる
・補助が私立進学者に厚くならない形で設計すべき
・中学時点で公立・私立の差があり、効果は疑問
・授業料の高い私立への進学は家庭の選択だから
・公立という選択があるのだから補助金は不要
・公立の教育の質向上が優先度が高い
・私立への集中が進み公立が一段と疲弊する
・公教育の弱体化につながる
ポイントはおもに4つあるようです。
①公立高校の弱体化の懸念
②受益者負担の原則にそぐわない
③私学経営のインセンティブが歪む
④私立の無償化は政策として優先度が低い
それぞれ「なるほど」と思わせる論点です。
なのですが。
私はそれぞれについて、こう思うのです。
①公立高校の弱体化の懸念
→ もっと公立校に「投資」すれば良いのでは?
②受益者負担の原則にそぐわない
→ 教育の受益者は社会全体では?
③私学経営のインセンティブが歪む
→ やり方次第だし、そもそも少子化で儲からないのでは?
④私立の無償化は政策として優先度が低い
→ 優先度が高い政策「も」やれば良いのでは?
④の視点については「どの政策の優先度が高いか議論している暇があったら、さっさとやれることからやればいいじゃない」と強く思います。
教育は「一石五鳥」の投資
すぐ思いつくレベルでも、教育への投資は今の日本にとって5つの大きなメリットがあります。
①経済成長・生産性の向上
②イノベーション・ソフトパワーの強化
③子育て世代の支援による少子化対策
④経済格差の縮小・機会の平等
⑤社会・治安の安定
しかも、日本は投資を拡大する余地が大きい。
OECD平均と比べて教育への公的サポートが弱いからです。
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高校無償化くらいはさっさと済ませて、大学の学費無償化もしくは大幅な公的サポートの拡大が急務だと私は考えます。
たとえば大学の学費の家庭負担率のグラフが教育新聞のこちらの記事に載ってますので見てみてください。
「賢い支出」というブレーキ
こういう話になると「質の悪い高校や大学の整理をやってからじゃないと」みたいな議論になりがちです。
でも、そんなの、無償化と同時並行でやったらいいじゃないですか。
先ほどの箇条書きを再掲します。
①公立高校の弱体化の懸念
→ もっと公立校に「投資」すれば良いのでは?
②受益者負担の原則にそぐわない
→ 教育の受益者は社会全体では?
③私学経営のインセンティブが歪む
→ やり方次第だし、そもそも少子化で儲からないのでは?
④私立の無償化は政策として優先度が低い
→ 優先度が高い政策「も」やれば良いのでは?
「財源には限りがあるから『賢い支出(ワイズ・スペンディング)』を優先するべき」というのは、鉄壁の正論です。
そりゃ、その方が良いにきまっている。
でも、こと教育については「どの政策の優先度が高いか議論している暇があったら、さっさとやれることからやればいいじゃない」と強く思います。
土台には「教育は最良の投資」という信念があります。
「教育政策の中の優先度」は専門家がしっかり考えれば良いし、その作業の重要です。
しかし、教育全般への投資の優先度がそもそも高いのだ、と私は考えます。
教育自体がワイズ・スペンディングなんだから、「どこから手をつけるべきか」じゃなくて「やれることを見つけてどんどんやろう」で良い。
筋が悪そうな減税や補助金が乱発される昨今の「なんでもアリ」な政治状況において、教育よりはっきりとプラスが見えているテーマがあれば、教えてほしいくらいです。
私立無償化も、公立高校の設備強化も、教員の待遇改善も、もう、じゃんじゃんやればいい。
でも、なかなか、やらないんですよね。
その裏側には「ブルシット・ジョブ」的な問題があるのでしょう。
「賢い支出」は野放図になりがちな財政に歯止めをかける大事な発想です。「なんどもアリ」な時代だからこそ、大事。
でも、それが必要な投資にブレーキをかけることもある。
さらにいえば、残念ですが、時間をかければ「賢い支出」ができるほど人間も民主主義も賢くない。
幻想にすがるより、やれることからやるしかないのが現実ではないでしょうか。
今後の少子化の加速を考えると、若者一人ひとりの力を高める教育への投資は「時間との戦い」の側面があります。
少子化対策の「敗戦」の教訓を活かせるのか、試されている。少子化問題は戦力の逐次投入でろくに成果が上がらず、気が付けば「勝負あり」となって敗戦処理と延命しかやれることはなくなっています。
いま、一部の企業が新卒採用者の奨学金の負債を肩代わりする、という採用戦略を打ち出しています。法人税の引き下げで積み上がった内部留保が教育に「投資」されている。なんだかなぁ、という風景です。
最後に蛇足を。
今回の無償化は、自公が日本維新の会に妥協した産物です。
リベラルからは維新の政策だから反対、という声も聞こえてきます。
私は維新の支持者ではないですが、それとこれとは話が別、という立場です。結果が良ければ、それで良し。
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