恐るべしミシマ社の即断即決力 「おカネの教室」ができるまで⑱
「できるまで」その3商業出版編の第3回です。総集編その1とその2のリンクはこちらから。面倒な方は文末の超ダイジェストをご覧下さい。
ウソだった「棚ざらし」都市伝説
「持ち込み原稿は編集者の机の上で最低1か月は放置される」。
こんな伝説を「さもありなん」と信じていた私は、原稿を送った複数の編集者からすぐにレスポンスがあったのに驚いた。しかも、どれも「出版を前提に社内で企画提案したい」という前向きな申し出だった。
2017年6月初めにかけて反応があったのは前回紹介した出版社のリストのうち、以下の3社だった。
A社 ビッグスリーに次ぐ大手の一角
D社 ビジネス寄りの実用書系出版社
F社 実用書寄りながら文芸も手掛ける中堅総合出版社
このうちA社は早々に「難しいな」と判断した。先方の提案が、
①小説スタイルではなくビジネス書に全面的にリライトする
②所属会社のブランドを使用する
③タイトルも「XX新聞の記者が娘に贈った~~」といった感じに改題する
という内容だったからだ。いずれも、私が書籍化にあたって避けたいと思っていた方向性だ。
担当編集者はかなり熱心で、私もダメ元であれこれ動きてみたが、最終的にはこの線は消える。
他の2社は「このままの方がユニークな味があるので、大幅なリライト無しでいきたい」という趣旨のありがたいご提案だった。「ああ、プロの目で見ても、このコンテンツには市場価値があるのだな」と嬉しかった。
私の中では本命はF社になりつつあった。「変な小説」は、ビジネス書系寄りの会社より、文芸も手掛けている出版社の方が相性が良いような気がしたからだ。担当の方が「おカネの教室」をかなり気に入ってくれているのも、メールの文面から感じた。
このD社、F社のほかに、もう1社、別の編集者(ミスターXとしておこう)と「行けそうな感じがするので、時間ができたらじっくり読みます」というやり取りがあった。ミスターXの手掛けた本のリストを見て、「この人と一緒に作れば良い本ができそうだ」と感じた。
そんなこんなで、売り込みを始めてから1か月弱で、「おカネの教室」は最低でも2社、うまく行けば3社ほどからゴーサインが出そうな、想定外のモテモテ状態になった。
「どうせ棚ざらしで、夏ごろにどこか1社からでも連絡があればラッキーかな」という程度の期待値だったのに、その気になれば、どこから出すか選べるかもしれない、贅沢な立場になった。
ただ、私は「二股」や「三股」をかますつもりはなかった。
原稿を読みこんで、企画として練って、社内で通すというのは、骨の折れる作業だ。同業者に近いので、編集者がどれほど忙しいかも想像ができる。
ナイーブかもしれないが、時間と労力を使わせておいて、「あっちの方が良さげだから、よそから出します」というのは不誠実だろうと思った。
私が早々に決めた方針は「早い者勝ち」だった。とにかく、最初に出版を確約してくれた会社から出そう。
「競争心をくすぐろう」という多少の下心もコミで、各社の編集者には、他社にも持ち込んでいること、けっこう良い感触を得ていること、最初に出版が確定したところにお世話になるつもりであること、を伝えた。
念のため、そのころ音信不通状態だったミシマ社の編集アライにも、その旨、メールしておいた。
そして2017年6月27日、ミシマ社の編集アライから、こんなメールが来た。
結論から申せば、ぜひご一緒に本作りを進められたら、と思っております!
おおおおおおおお!!!!!!
私は家族に「キターーー!! おカネの教室、出版決定かも!」と報告した後、さっそく、
感激しています。これ、ここ数年で一番嬉しいメールかもしれません(笑)
と返信した。
「しごとのわ」って何?
編集アライから、「インプレスと共同でやっている『しごとのわ』というレーベルにぴったりなので、社内の会議にあげてみたい」と連絡をもらったのは、そのわずか1週間前だった。
メールをもらったとき、「しごとのわ」でググってみたら、こんな謎のマークが出てきた。
サイト内の「about」をたどると、こんな文章が出てきた。
仕事について考えるとき
成果や時間、お金を意識することがあっても、輪を意識することは少ないのではないでしょうか。
小さい輪でも大きな輪でも構いません。
会社や家庭、地域、過去と未来、わたしとあなた。
切り離さなければ、輪はできます。
仕事を考えるときそんな輪を大切にしたいという想いから、ミシマ社とインプレスの2 つの出版社で起ち上げたレーベルです。
「ビジネス書のコンセプトが、こんなポエミーでいいのか?」と心の中で突っ込みつつ、既刊のシリーズを見ると、確かに「変な本」を受け入れてくれる懐の広さというか、「いろいろやってみよう」感があった。
この編集アライからの「企画を出してみます」というメールをもらった段階で、他の2社からも「次の企画会議に上げます」という返事をいただいていた。期せずして「企画通したモン勝ち短距離走」みたいな状態になっていたのだ。
それまでの接触で、他の2社の方が助走期間も長く、社内プロセスを着々と進めている印象を受けていた。
だが、ゴールテープを最初に切ったのは、(後に知ったのだが)仕事を山ほど抱えて死にそうになっていた編集アライだった。
おまけに、ちょっとした後日譚を。
出版決定に浮かれた私は、何かと相談に乗ってくれていたミスターXに「某社で出版決まりました」と報告メールを送った。すると、すぐ「まだ油断できませんよ。編集部内の企画会議を通っても、最終決定権は役員か、場合によっては社長が握っています」という不吉な返信が来た。
言われてみれば、サラリーマン的感覚でも、「上」がちゃぶ台返しすることなんて、いくらでもある。
頭を冷やした私は「冷静に考えれば、変な本だし、そういうリスクはまだまだあるよな」と思いなおし、編集アライに「最終決裁は社長マターと拝察しますので、そのクリアに向けて詰めましょうという段階でしょうか」と確認してみた。返事はこうだった。
弊社の場合、企画会議に社長が必ず出るのと、社長がゴーと言わないかぎり企画が動かないので、ひとまず社長のゴーサインは出ている状況です。
「俺は聞いてない」と言わせないための社内根回しに慣れ切ったオジサンからは、胸のすくようなシンプルでスピード感のある意思決定プロセスだった。あらためて聞いたら、ミシマ社は、社長を含め編集者3人体制で回しているという。ほんのりとブラック臭がしたのは、否めない。
「本当に、『おカネの教室』は、本になるんだなあ」。
なんとも言えない感慨が改めてこみあげてきた。
私は他社の編集者に「お世話になる先が決まりました」とお礼と報告のメールを送った。ある社の方からは「企画を通すスピードには自信があったので、負けるとは思わなかった。残念です」といううれしいお言葉もいただいた。「別の機会に一緒に仕事しましょう」と、プライベートのメールアドレスを教えて下さる方もいて、「ああ、転職の多い業界なんだな」と思ったりした。
一番うれしかったのは、ある編集者の、こんな言葉だった。
「何が売れるか分からない時代なので、どれぐらい売れるかはわかりません。でも、『残る』本になれる可能性を持った原稿だと思います」
今、国内の出版数は1年で約8万。1日200冊もの新刊が出て、売れなければ、3か月ほどのサイクルで返品・裁断・絶版という運命が待つ。
徹底的に磨き上げなければ、「残る」本にはなれない。
ミシマ社×インプレスのレーベル「しごとのわ」という発射台は決まり、編集アライと二人三脚で、本格的な「本づくり」が始まろうとしていた。
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「おカネの教室」ができるまで、ご愛読ありがとうございます。
最終編のシリーズ3の商業出版編、ボチボチと書いていきますので、ごゆるりとお付き合いください。
「お金の教室」のわらしべ長者チャート
娘に「軽い経済読み物」の家庭内連載を開始
↓
作中人物が独走をはじめ、「小説」になってしまう
↓
出版の予定もないし、好き勝手に執筆続行
↓
連載開始から7年(!)経って、赴任先のロンドンで完成
↓
配った知人に好評だったので、電子書籍Kindleで個人出版
↓
1万ダウンロードを超える大ヒット。出版社に売り込み開始 ←いまここ
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