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ブリーチャーズ「Take The Sadness Out Of Saturday Night」
現在の超売れっ子プロデューサー=ジャック・アントノフのソロプロジェクトのブリーチャーズが最近のお気に入りだ。
ジャックがプロデューサーとして関わったアーティストは、テイラー・スイフト、キャリー・レイ・ジェプセン、SIAなど女性ボーカリストがほとんどで、どの作品でも2020年代のエレポップを下敷きにしたイマドキの作品に仕上げている。
こうしたキャリアをもとにジャック自身が作品づくりに取り組むためのプロジェクトとしてブリーチャーズも機能しており、セカンドアルバム『ストレンジ・デザイア』までは、彼のポップ職人としての実力が思う存分に発揮されている。
しかし、2021年にリリースされたサードアルバム『テイク・ザ・サッドネス・アウト・オブ・サタデーナイト』では、もっと有機的なバンドサウンドを取り入れて、ロック色を大幅に強めた新機軸を打ち出してくるのだ。
極めつけは、彼の故郷ニュージャージーの大先輩であるブルース・スプリングスティーンと「チャイナ・タウン」でデュエットしている。
また、同曲はジーザス&メリー・チェインがやりそうなシューゲイザーな音色を選びつつも、アメリカンロックのダークサイドやダルな雰囲気が匂い立つ曲想となっている。
一見、スプリングスティーンとの共演にはミスマッチな選曲のように思えるのだが、仕上がった楽曲は素晴らしい出来栄えで、プロデューサーとしての手腕と眼力が思う存分に発揮されている。
失恋ソングを有機的なロックサウンドで奏でたサードアルバム
また、ソングライティングについても失恋の経験をもとに書かれたものが多くなっており、苦みを増したものが目立っている。
こうした楽曲に見合った演奏を採用する必然性から有機的なバンドサウンドを取り入れた可能性が大きいのかもしれない。
苦みを増したサードアルバムではあるが、どっぷり真っ暗な暗黒アルバムかというとそうではなく、元気イッパイにロックンロールしている曲もある。
そうした曲では、イースト・ストリート・バンドみたいにギターとサックスの盛り上がる掛け合いまで聴かせてくれて、これがまた最高なのだ。
売れっ子プロデューサーから表現者への飛躍
さて、プロデューサーやスタジオ・ミュージシャン上がりのアーティストが、自らの作品に取り組むと、良くはできているけれど器用貧乏…という作品を作ってしまうことがとても多い。
しかし、ジャックは自身の内面を歌い、その楽曲にピッタリの有機的なロックサウンドを奏でることで、表現者としてのキャラクターを確立した。
本作は、職人プロデューサーから一人の表現者へと成長したジャック・アントノフの姿を鮮やかに記録した作品であり、アメリカンロックの楽しさとほろ苦さがバランス良く表現された傑作だ。
今後は、職人プロデューサーとしての仕事よりもアーティストとしての表現を優先してもらい、本作で聴かせてくれたような深みも苦みもポップネスも調和するアメリカンロックを聴かせて欲しいと願うばかりだ。