あからみて駆け戻りける幼子はアポロの像に手だに触れずて
ポンペイの神殿に立つアポロの像は、ベスビオ火山の噴火で埋もれる前には、黄金の弓矢を携えていたと言われている。アポロの矢は、どんなに遠くの標的にも届くとされ、当たれば一発必殺、まさに「魔弾の射手」だった。そこから転じて、ポンペイの守護神として、アポロ神殿を造営し、弓を射るアポロ像を飾ったのだろう。
われわれ家族は、早春の南イタリアに到着した。ポンペイは、快晴でわれわれを迎えてくれた。
「アポロに挨拶しておいで」と娘をうながすと、恥ずかし気に近づき、像の近くまで行くと、一目散に駆け戻ってきた。
男性の理想像とされるアポロ。幼いながら少女はその魅力にたじろいだのだろうか。
あの日から、はや四十年ちかくの月日が経った。幼かった少女も、今は三人の子の母親になった。