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地域と「Creative Class」で考える“現代版の民藝”

quodの一連の活動で得た知見を活かして、地域の文化資本を研究・分析する「地域文化資本ラボ」。前回のnoteでは、富山の価値と「Creative Class(クリエイティブクラス)」の親和性について書かせてもらいました。

そこで今回は、クリエイティブクラスの仲間と取り組ませていただいた富山のプロジェクト「杜人舎」についてご紹介します。

現代社会の行き詰まりを解くカギは「土徳」

以前のnoteにも少し書いたが、僕は富山のDMC「水と匠」の取締役を務めていて、さまざまなプロジェクトに関わらせてもらっている。そのおかげで富山という地の理解が深まり、他の地域を見る際の視点も変わった。東京の友人たちが口を揃えて「富山に行くなら『水と匠』の林口さんに会った方がいいよ」と言ってくれたのも、導きのようなものだったのかもしれない。

富山の南砺にある城端別院善徳寺は、浄土真宗大谷派の本山に次ぐ格の高いお寺だ。地域の信仰の中心地として親しまれ、今でも毎日、朝昼2回の法話が欠かさず行われている。

民藝思想の創始者である柳宗悦が『美の法門』を書き上げた場所としても知られていて、自然と共生しながら他者に感謝して生きる南砺の人々の実直さに打たれた柳は、その価値を「土徳」という言葉で表現した。

同じ頃、柳を生涯の師と仰いだ棟方志功が南砺に疎開していた。西洋の美に魅せられ、「わだばゴッホになる」と青森から上京した棟方だったけれど、この地にインスピレーションを得て作風が変化したのをきっかけに、世界的版画家へと飛躍した。

柳と棟方が影響を受けた南砺の精神風土の背景には浄土真宗の存在があり、大きな力に生かされていることを実感した二人は、本来この国が持つ美を見直した。これは今の時代感にもすごくつながるなと思っていて、現代の資本主義的な社会システムの行き詰まりを解消するカギは「土徳」にあるのではないだろうか。

みんなが乗れる骨太のコンセプト

善徳寺には柳の愛弟子・安川慶一が設計した素晴らしい研修道場がある。この道場を改修し、善徳寺で“現代版の民藝”を表現しようと始まったのが「杜人舎」のプロジェクトだ。

「杜人舎」のコンセプトは「泊まれる民藝館」。建物全体に民藝品をしつらえ、2階にホテル、1階に講堂とカフェとショップを備えている他、善徳寺内の書院もテレワークスペースとして利用できる。

持続性のあるプロジェクトをつくるためには、良質なコンセプトが不可欠だ。これは富山に限らず地方でよく見られる現象だが、地域にキーパーソンが何人かいても、それぞれがバラバラに活動していて、意外と交流がなかったりする。多様な人がいることは地域にとってすごくいいことなんだけど、一人でやれることは本当に微力。それぞれの力が積み重なって初めてインパクトが出るので、みんなが乗れる骨太のコンセプトが重要になる。

そして、こうしたコンセプトを決めるためには、地域についてじっくり深掘りする必要がある。いくらキャッチーで華やかなフレーズだったとしても、一朝一夕で決めたコンセプトは表面的で、方向性の違う人々をつなげるには不十分だからだ。

「杜人舎」のコンセプトが決まるまでにも長い道のりがあって、綿密なエリアリサーチを行った。南砺市は民藝をテーマにまちづくりをしていて、以前、田中幹夫市長からの依頼で民藝の調査をしたことがあったので、その結果も一つのベースになった。具体的には、地域の人にヒアリングをしたり、柳が『美の法門』を書く上で関わった僧侶などの人物相関図を調べ直したり、民藝品を探しに民家を訪ねたり(この地域の民家には人間国宝級の作家の作品が普通に眠っていたりする!)など。

そうしたエリアリサーチに加え、クリエイティブクラスのさまざまな人を南砺に呼んで、この地でどんなことを感じるか、どういうコンテンツを提供したら面白いかについて意見を聞いた。外部からの複数の視点が入ることで、その土地の意味や価値が立体的になるからだ。博報堂DYグループのソーシャルデザインスタジオ「SIGNING」をはじめ、デザイナー、マーケター、アートディレクター、キュレーター、写真家、音楽家、建築家、webメディアのクリエイター、別宗派の僧侶など、本当にたくさんの方々に来ていただいて、仲間として一緒にプロジェクトをつくり上げていった。

コンセプトがしっかりしていれば、そこから派生するTipsも多彩で実りのあるものになる。これもプロジェクトにおいて重要な要素だ。「杜人舎」のネーミングはマーケティングチームと一緒に考えたものだし、音声コンテンツにしたら面白いんじゃないかというアイデアから、クリエイターの方々の協力のもと、Podcastも配信することになった。

ART of FOLKS

「杜人舎」の空間デザインは富山出身の建築家で、チームラボの設計メンバーとしても動いていた浜田晶則さんにお願いした。家具デザインも浜田さんによるもので、テレワーク用の机や椅子には虫食いで使えなくなった富山産のミズナラを採用。机の脚は生分解する樹脂を使い、3Dプリンターで植物の幹をかたどっている。

その他、江戸時代から続く手漉き和紙「五箇山和紙」の職人さんや、城端の名産である「加賀絹」の老舗機屋「松井機業」さんなど、地域のつくり手の方々にも協力していただいて、壁紙や襖を入れ替えた。

自分たちの発想や技術だけでは、ここまで深く、そして幅広く「土徳」を表現できなかったと思う。

自分自身が一番学ばせてもらっている

「杜人舎」は今年の3月に本オープンしたばかりだが、1階のカフェはすでに地域の人の憩いの場となっている。宿泊客も徐々に増えてきていて、海外からの旅行者が予想以上に多い。

さらに興味深いのが、同じく「水と匠」で手がけている散居村の宿「楽土庵」から転泊してくださる方がいるということ。1泊1万5000円程度の「杜人舎」に対し、「楽土庵」は5万円程度と、価格だけ見れば客層は違うはずなんだけど、この土地で得られる学びや示唆が共通の価値として刺さっているようだ。こうした面をより深く表現するため、今後は研修プログラムも充実させていきたいと考えている。

結果だけ書くと順風満帆のように見えるけど、最初は「ここを宿泊施設にするなんて絶対無理!」と、相談先からことごとく断られた。理由としては、古い道場を改修するのに莫大な費用がかかることや、もともと観光地ではないため集客が難しいことなど。

人と自然が一体となって積み重ねてきた固有の資産、すなわち「地域文化資本」が地方の価値になるということはこれまでのnoteに書いてきたが、素材があるだけではその価値を発揮しきれないため、どう活かすかの道筋をつくるプロデューサーの役割が重要になる。

ちょっとおこがましいけど、「杜人舎」に関しては僕がその役割の一翼を担えたかなと思っている。各所の懸念や課題を解決するために、農水省と南砺市の補助金を獲得し、単なる宿泊施設ではなく、学びや仕事などの要素を複合的に組み合わせて顧客層を広げたことが、プロジェクトの実現につながったと思う。

それもこれも、自分自身が一番、この土地に学ばせてもらっているという感謝の念があることが大きい。実は「杜人舎」には「トランスフォーマティブツーリズム」という裏コンセプトがある。自己変容につながる旅をしてもらいたいという思いから来ていて、まあこういうことは強制するものでもないんだけど、「杜人舎」はその一つのきっかけになりうる場所だと思っている。林口さんといつも「そんなコンセプトを設定している自分たちが一番変容させてもらっているよね」と話して、笑い合っている。

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