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読書感想#8【THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙】シュミレーションで検証する宇宙の仕組み
この記事を書いている、冬の夜空を見上げると、僕が住む横浜でも、キレイな星が見ることができます。
といっても、”満天”とは言えませんが。それでも、”星”はヒトを魅了しますよね。
夜空の星は、私たちの住まう太陽系の惑星、そして更に遠い恒星から届く光。そこは、私たちのイマジネーションを超えた広がりを持つ、138億年まえに、ビックバンから生まれた”宇宙”。
この”宇宙”がどのように生まれて、どのようになるのか。
コンピュータシュミレーションから宇宙を紐解くのが本書です。
著者はロンドン大学のアンドリュー・ポンチェン教授。
気象予測からスタートするシュミレーション
皆さん、最近の天気予報って本当に当たりませんか。
昔は、”当たったらラッキー”くらいな感じでしたが、最近の予報には本当に驚くほどの精度がありますよね。
ウェザーニューズなんかは、”あと10分後にあたなの地域にパラパラと雨が降ります”的な予報が、それなりの精度で当たります。
本書はこの、気象予測のシュミレーションの歴史からスタートします。
”気象予測” これは、人類史を通じて、とても重要な国家的テーマでした。
古代文明を紐解いても、文明が執り行う祭祀は、”気象”にかかわるものが多くあります。
文明の発達には、余剰生産が必要ですので、”農耕”が必須となります。
国家の命運が”気象”に大きく左右されます。
それを、祭祀の”神”の力で、豊穣をとなる天候を祈念する。
祭祀を執り行う”シャーマン”は、最古の天気予報士かもしれません。
戦争においても、”気象”は勝敗を決する大きな要因となります。
日本の鎌倉時代の元寇を退けた”台風”、ナポレオンのロシア侵攻を食い止めた”寒波”、英仏VS露のクリミア戦争の”低気圧”による仏海軍沈没、など枚挙に暇がありません。
イギリスのロバート・フィッツロイ提督は、観測結果をロンドンのオフィスで検討し、1861年 タイムズ紙に天気予報を発表しますが、全く当たらず。
アメリカ気象学者クリーブランド・アッペは、1869年、欧州予報出しますが、的中率は30%。しかし、米国内陸部では予報精度があがります。これは、気象観測網の整備により、”初期条件”のデータを得られたことに起因します。
気象予測ではこの”初期条件”を如何に得ることができるか、が一つの予測の成因になります。
しかし”初期条件”だけでは、予測=シュミレーションはできません。
ここで重要になるのが、”流体力学”。この方程式=ナヴィエ=ストークス方程式を、アッペは気象予測に応用します。
これを推し進めたのが、スコットランド物理学者ルイス・フライ・リチャードソン。第一次世界大戦下でのフランス最前線で、計算を完成させる熱意をもっていました。当然、コンピュータは当時なく、紙とペンのみでの計算です。
計算量が膨大だったので、午前7時の”初期条件”を収集し、午前10時の天気を予測します。つまり3時間がかかった。しかも外れます。
リチャードソンは、この原因を”初期条件”データ誤差と、計算リソース不足として、何万人もの雇用を提唱しています。(勿論、提唱は叶いません)
この計算リソースが、計算機=コンピュータに代わっていきます。
かの有名な、アラン・チューリングが第二次世界大戦のドイツ暗号エニグマ解読のために、チューリングマシンを開発します。
その後、米国が原爆開発のマンハッタン計画のために、ENIAC(電子数値積分計算機)を完成させます。この開発には、コンピューターの父祖と言われる、フォン・ノイマンが、深く関わります。このENIACで、気象予測を軍事的目的で取り組まれます。結果、気象予測は大幅な進歩を実現します。
宇宙空間シュミレーションへの応用
気象予測=シュミレーションに重要な成因があります。
”サブグリッド”。これは、”ひとつのグリッド=最小のマス目、の内部で起きる全ての事象”を指します。
例えば、天気予報が、”1キロメートル四方のグリッド”で分割した場合、夏の暑い日にこの中で上昇気流が起こり雲が発生するような事象。これをサブグリッド単位で”近似”して取り扱います。
計算リソースが無限にあれば、このグリッドを発生する雲よりも小さな単位、例えば、光の量、土壌中から発生する水分量、など。この解像度でシュミレーションをしようとすると、膨大な計算リソースが必要となり、現実的ではありません。
”サブグリッド”で”近似”をさせる規則をつくり、計算リソースを最適化させます。例えば雨量計データを比較しながら平均降雨量を推測する計算コードを開発します。これは細かい構造そのものではなく、細かい構造の統計的な特性で予測する手法です。
この手法を、広大な宇宙空間のシュミレーションへ応用します。
星、ブラックホールなどの物理量を考慮するのですが、宇宙空間からすると、これらも比較的に小さいため、サブグリッドの近似が有用になります。
宇宙空間のシュミレーションは、気象予測の大気圏シュミレーションに酷似します。
しかし、大きく異なる点があります。
それは、地球の大気成分は、窒素78%、酸素21%と”初期条件”が判っています。しかし、宇宙空間では、そこの存在する物質の大半が、人類には未知のものである、という点です。
宇宙を占める未知なる物質
私たち地球に住まう生物、非生物は、全て宇宙を起源として創られました。
私たちは人類は、有機物です。この有機=炭素は、様々なプロセスを経て生成されています。
学校の理科で習う、元素周期表。あれら物質も全て、宇宙起源です。
しかし、宇宙を構成する物質の95%は、これら私たちが知る物質ではありません。
それは、”ダークマター”と”ダークエネルギー”。
この名称をご存じない方は、「え、いきなりSF?」って思われるネーミングですよね。
宇宙の25%が”ダークマター”、70%が”ダークエネルギー”で占められているのが、現代の宇宙物理学では定説となっています。
なんで、ダーク=暗黒なのか?
この2つは、理論と観測ではほぼ間違いなく存在しているのですが、その正体が判っていません。なぜなら、地球には存在しておらず、宇宙空間にのみ存在しているからです。
正体不明なので、ダーク=暗黒。
この2つは、宇宙空間における重力に影響を与えます。
”ダークマター”は銀河に重さを与え、銀河の回転に影響を与えます。
”ダークエネルギー”は、宇宙全体を押し広げる”膨張”に影響を与えます。
これら2つ存在は、宇宙のシュミレーションに組み込まれ予測され、天体観測によりその予測との一致により、存在を確かめられています。
”ダークマター”と”ダークエネルギー”
銀河のイメージって、渦状で回転しているイメージありますよね。
昔は”銀河が回転??”って感じだったようです。
私たちが住む、天の川銀河に属する星々は、毎秒数百キロメートルの速度で回転しています。
太陽系で捉えると、中心に巨大な質量を持つ”太陽”がおります。その重力の影響で地球は、秒速30キロメートルで回転しています。太陽との距離が最も遠い冥王星は秒速5キロメートルと、大幅に減速します。
これは、銀河でも同様な傾向がある筈です。銀河中心から遠い星系では、ゆっくり移動するはずです。
しかし、銀河スペクトル観測の結果、銀河の端にある星系も、高速で移動していることが判ります。この速度では、銀河の端から彼方へと飛ばされるはずなのです。
”何か”が、この急速な回転移動を引き起こし、銀河内の星系がバラバラにならないように、重力で繋ぎとめています。
この”何か”が”ダークマター”です。
この物質は、銀河のどこにでも存在しており、目に見える物質の5倍の質量を有していると予測されます。
これを検証するために、コンピューターの計算リソースを利用したデジタルシュミレーションが行われます。
ダークマターを”粒子”と捉え、計算の際には粒子の”塊”=”スマーティクル”(と呼称されています)として設定されます。
宇宙はどんな構造をしているのか?
なんとなく、銀河が一様に散らばっているイメージを持ちませんか?
実は全然一様ではなく、”網の目”のようになっています。
サッカーゴールの”ネット”を想浮かべてください。
ネットって、ヒモと大きな空洞で構成されいますよね。
あのヒモののような構造で銀河やガスが存在し、ほぼ空っぽの超空洞(ボイド)で構成されている、宇宙の”網の目”構造です。
天文学者マーク・デイヴィスに率いられた4人のチームが、望遠鏡からのスキャンデータを、デジタル空間の中で、宇宙の初期条件として入れ、重力影響を持つダークマターの塊=スマーティクルを組み込み、何十億年という時間経過させ、宇宙がどのような構造になるかの計算を行います。
結果、網の目の構造が出現しました。
つまり、ダークマターを組み込んだシュミレーション結果が、観測と一致しました。
しかし、ここでもう一つの問題がおきます。
天体観測が進むと、この網の目状の銀河の”糸”が伸びていることが判ります。つまり、宇宙が膨張している。つまり"反重力”が存在する。
この存在が、”ダークエネルギー”です。
相対性理論で有名なアインシュタインが、後悔した方程式があります。
一般相対性理論のアインシュタイン方程式。
重力に対抗する”斥力”として、”宇宙定数”を組み込み、静的な宇宙を方程式として提示します。
しかし、観測の結果、宇宙は膨張していることが判り、アインシュタインはこの宇宙定数を誤りだったとして、方程式から外し、”生涯最大の過ち”として深く後悔します。
近年、ハッブル宇宙望遠鏡の観測により、宇宙の膨張が”加速”していることが判ります。つまり、星々の重力を超え、膨張を加速させるエネルギーが存在する。
これが”ダークエネルギー”です。宇宙定数が形を変えて、復活を果たしました。
ブラックホール
ブラックホール。宇宙の神秘性を体現した、最も有名な事象。
光さえ出てこれない、圧倒的な重力。
その中心は”特異点”と呼ばれ、その秘密は明かされていません。
それを物語の中心に据えたのが、映画”インターステラー”。
著者の宇宙シュミレーションの研究では、”ブラックホール”はとても重要です。ほとんどの銀河中心に、ブラックホールを抱えているように見えるからです。
この巨大な重力を持つブラックホール同士が、衝突したらどうなるだろうか?
アインシュタインは重力によって空間が伸び縮みすると定義しました。衝突の際に、宇宙空間を、水の波紋のように、”重力波”が伝わるとされています。
2005年、2つのブラックホールがらせん状に衝突・合体するシュミレーションが打ち出されます。
そして重力波が、2015年に、観測されました。
何億光年も離れた宇宙で、太陽の36倍と29倍の質量を持つ2つのブラックホールが合体し、太陽の62倍の質量のブラックホールとなったことが判りました。
本来、36+29=65倍ですが、この差分3倍分の質量が、重力波のエネルギーとして宇宙に発散しました。
そして、宇宙には大質量の巨大なブラックホールが存在します。
そのブラックホールは、周辺のガスを事象の地平面に向かって、渦巻き降着円盤をつくります。そのために、非常に強い光をブラックホールは発しています。まるで、宇宙空間の中の”灯台”のように。それが宇宙空間に数多く散らばっております。
宇宙の始まりと量子力学
宇宙の始まりは、”ビックバン”が定説です。
138億年前に、ある1点から全てが始まる。
この1点は、ビックバンの中心と同じ、”特異点”となり物理理論が破城します。
ビックバンの特異点は、これと対を為す、”ワームホール”と呼称される”別の空間につながる出口”の存在が、理論上で提案されています。
では、ビックバンは?
鍵を握るのは、極微の理論=量子力学と、極大の理論=一般相対性理論との統合=量子重力理論と言われています。
この理論は、超弦理論、ループ量子重力理論、など様々な理論がありますが、全て仮説を域を出ておりません。
つまり、ビックバンの特異点は判っていない。
しかし、宇宙は誕生直後の10の-36乗秒後から10の-34乗秒後までの間は、エネルギーが相転移し、10のー35乗分の1秒ごとに、スケールが倍増する指数関数的膨張がおきているとする、インフレショーション理論が定説となっています。
この初期状態の宇宙は量子状態にあり、不確定性原理に従う。
つまり、確率的存在による不均質な状態、つまり”まだら”があった筈だと推論されました。
この初期状態の宇宙の”名残り”が”宇宙マイクロ波背景放射”として、観測されています。この観測結果が、インフレーション理論の予測と一致していることで、同理論は定説として扱われています。
宇宙にはさざ波がある。このさざ波とダークマターを反映させたシュミレーションを行うと、重力が支配的な役割を演じて、さざ波は銀河へと成長し、現在の網の目の宇宙の構造になることが判っています。
つまり、量子力学、重力、ダークマター、宇宙マイクロ波背景放射、宇宙の網の目構造が、インフレーション理論で結びついています。
最後にシュミレーション仮説
この本を読むと、宇宙の始まりから、宇宙の構造までを、理論と観測とシュミレーションで、人類は紐解いてきたことが判ります。
詳細は省きましたが、そのシュミレーションは、気象予測からスタートしており、その基本的な構造は、宇宙シュミレーションと同様な構造というのも驚きです。
そしてこの本の最後に、とんでもない仮説が提示されます。
”シュミレーション仮説”
皆さんは、映画”マトリックス”は鑑賞されたことありましでしょうか。
SFアクションの金字塔で、計4作品が作られました。
その第1作目、平凡なシステムエンジニアの主人公ネオが、この世界に違和感を覚え、ある日出会う不思議な男モーフィアスに、青と赤のカプセルを飲む選択を迫られます。青なら、今のまま。赤なら、世界の真実を知る。
赤を選ぶネオは、この世界が”仮想現実”であることを知る。
というのが、大まかなストーリーです。
この”世界は仮想現実”、という世界観は、初めてマトリックスを観た時、僕は相当やられました。
その世界観のままの理論が、”シュミレーション仮説”です。
この世界は、”高次な世界”のシュミレーションである。
これを真剣に考えている天文学者、物理学者、哲学者がいるそうです。
著者は、これを検証することは出来ないので、可能性は50%としています。
この世界・宇宙をシュミレーションする計算リソースを、最先端の量子コンピュータの量子ビットで推定されますが、その推定値は、10の124乗量子ビットだそうです。
この数字は、私たち宇宙の全てのエネルギー量と、シュミレーションするエネルギー量が同一であることを意味するそうです。つまり、理論として破城している。
まあ、この仮説は無さそうですが、過去から様々な物理定数が、この宇宙を今の形で成り立たせるのに、とても都合の良い数字になっていることが指摘されています。それを、”人間原理宇宙論”と呼称されています。
観察者の人間がいるので、この宇宙の在り方をしている、というこれもかなりヤバい仮説です。
近年では、宇宙の初期が量子状態であったことから、多元的宇宙=マルチバース宇宙論が言われており、物理定数が私たちの知る値ではない宇宙が、無数にあり、その中のひとつが、僕たちが住む宇宙ではないか、と推論されています。
結局、すべて仮説で、私たちが住む宇宙は、まだ多くが未解明です。
それだけに、様々な仮説は、とても刺激的で、想像力を掻き立ててくれます。
だから、宇宙論を読むのは、とても楽しいです。
今回もここまでの長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。