【短編小説】君と短歌とかき氷 #青ブラ文学部
夕方、昼寝から起きると里美がいなくなっていた。
テーブルの上に書き置きがある。
こんなにも
あなたを思う
私など
あなたは知らぬ
会いに出て行く
短歌だ。
最近、ふたりの間で短歌が流行っていて、ふざけて作ったものを見せ合ったりしていたのだが、書き置きは初めてだ。しかも、内容がふざけていない。
少なくとも俺に対する歌ではないだろう。
俺は一緒に住んでいる家で昼寝していたのだから、会いに行く必要はない。
まさか他に好きな男ができたのか?
それで気持ちを抑えられなくなったから会いに行った?
俺が昼寝してる間に?
マジか……理由はなんだ?
最近は大きなケンカもしていない。
里美とは高校からの付き合いですごく気が合う。
結婚するなら里美しかいないと思っている。お互いに仕事が落ち着いたら結婚しようと話していたのだ。
ハッ!結婚の話をしてからもう三年経っている。そうか、煮え切らない俺に愛想を尽かして別の男を好きになり、そいつのところに行こうとしているのだ。
嫌だ。このまま別れたくない。とにかく話がしたい。
スマホ、スマホはどこだ……充電切れてる!
やばい、早く充電して里美に電話しないと里美がどこかに行ってしまう!
ガチャッ。
「ただいまー」
里美?帰ってきた?
「どしたの、健ちゃん、ぽけーっとした顔して。まだ眠いの?」
「どしたのってお前、この短歌は何なんだよ!」
「え、見たの?どう?優しいでしょ、私」
「は?どういう思考回路でそうなるんだよ!」
「何よ、さっきからその態度!そろそろ怒るわよ、私も。かわいいでしょ、この短歌……あら、間違えた。こっちじゃなかったわ。こっちでした。てへ」
里美はそう言って別の紙を渡してきた。
暑い夏
君を思って
外に出る
何か冷たい
モノを求めて
「ね、優しいでしょう、私」
「いやいやいや、さっきの短歌は何なんだよ。他に好きな男、できたんだろう?」
「ふふふ、アレね。アイドルのK君に出そうと思って書いたやつだよ」
「バ、バッカじゃねーの?」
「お前がな。よしよし、私が買ってきた冷たいモノをあげよう。何だと思う?」
「……かき氷。レモンの」
「当たり!つまんないの」
「それしか買わないじゃん」
「だって、健ちゃん、好きなんでしょ、これ」
「う、うん」
とりあえず良かった。
ほっとし過ぎて泣きそうになった。
突然の
別れの代わりに
かき氷
キーンとなって
涙流れる
(953文字)
※こちらの企画に参加させていただきました
山根あきらさん、面白い企画をありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
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