ゲーム理論と社会、経済
もう一つの均衡分析:均衡としての協力、または紛争
必ず経済学の教科書には現れるが、いまいち何がそんなに大事なのかがわからないというのが、ゲーム理論に関する自分のこれまでの感覚でした。最初に「囚人のジレンマ」を25年以上前にMBAのミクロ経済学のテキストで習った時からです。
「ナッシュ均衡」という名前にもなっている、ジョン・ナッシュがノーベル賞を受賞したり、その半生を映画化した「A Beautiful Mind」がアカデミー賞を受賞したりと、話題性もあるのですが、いかんせん、「囚人のジレンマ」から始まるその理論が幅広すぎて、現実世界とのつながりやつながりや体系が見にくいというのが理由かなと思います。
しかし、オストロムの「コモンズのガバナンス」を読んでみて、共有地の悲劇のゲーム理論の記述から、ちゃんと理解したいと思うようになりました。そして、以前買って読んではみたもののほぼ挫折したテキストの再読、そして新たなテキスト、関連書籍を通じて、「抽象的であるが故の応用性、実用性の高さ」を実感し、また面白さにも気づきました。
コモンズのガバナンスのマガジンの中の記事ですが、ちょっと脇道にそれて、今回はゲーム理論とその応用の話です。
ゲーム理論
書籍によるゲーム理論の定義とは以下のようなものです。
ただ、これだけではちょっと何がいいのか、何の役に立つのか、イメージするのは難しく、またなぜこれが「経済学」なのか、ということを不思議に思う人も多いかもしれません。
抽象性、汎用性、そして現実的有用性
上のゲーム理論の定義においてのキーワードは、複数、相互依存、意志決定、と言ったところでしょうか。そして、相手の行動を想定して自分の最適決定を両者が行うという形で均衡がもたらされるというのが、理論の帰結です。
市場では需要と供給の関係において価格を通じて(あるいは意思決定の結果としての価格を通して)消費者と生産者は最適決定を行なっていることになりますが、生産者が複数いる場合の競争的最適決定、2以上の消費者行動の決定などは、「需要と供給」というフレームでは捉えきれません。
ゲーム理論の均衡概念は、最小の分析単位として2者がそれぞれに意思決定を行うということを出発点に、制約(ゲームのルール)が、意思決定により変化する状況に応じた「利得」をもたらすゲームとして記述することで、理論的な均衡を推論します。これにより、協力、紛争、交渉、コミュニケーションなどを、市場の中だけでなく、その外側の世界でも均衡の概念を用いて分析することが可能になります。
このもう一つの均衡理論としての汎用性の高さにより、ゲーム理論は経済学という範疇をはるかに超えて、社会学、政治学、進化生物学などでも使われるようになりました。加えて、現実社会における不完全な競争市場、情報、インセンティブ、契約、組織、社会慣習、制度などの具体的な現象、分野が、ゲーム理論を用いることで現代の経済理論の主要な分析対象となっています。
分析の道具としての使い方
観察される状況とゲーム的記述への抽象化
さてこのように、応用の幅の広さがわかりましたが、具体的にはどのようにこの理論を使って分析を進めれば良いのでしょうか。 またそのためにはどのような点を理解すれば良いのでしょうか。
実はこの点が自分もよくわからなかったところでした。そのためにいくつかの本を読んだんですが、実際テキストブック1つだけでは総合的な理解が難しいかと感じました。そのため、今回はどの本がどんな点に役立ったかを書いていきます。
とりあえず、読んだ(購入した)順で本の紹介をします。
書籍紹介
ギボンズ「経済学のためのゲーム理論入門」
1年以上前に、なんかモヤモヤ感があったゲーム理論を理解したいと思い、標準テキストとしての評判が高いということで購入。ただその時はざっと通読してはみたものの、内容の抽象度の高さから全く頭に入ってこず。後に読んだもう一つの標準テキスト、岡田章「ゲーム理論」の後に再読したことで、その抽象度の高さ、多様なゲームの中での本質的な違いによる2軸分類(情報完備か不完備か、静学か動学か)の有用性に気づき、本の本当の価値を知りました。また、「経済学のための」というタイトル通り、ミクロ経済学で通常扱われる寡占の状態での均衡問題や経済政策の例が多く取り上げられ、ゲームの性質変化により、その均衡がどのように変化するのかという視点での記述が多くあります。またジレンマの説明や分析は少なめで、これも「経済学の」というタイトル通りかと思います。
オストロム「コモンズのガバナンス」
これは一人勉強会のまとめを書いている通りの内容なのですが、最初の命題としてコモンズの悲劇という社会的ジレンマ状況を説明するために、ゲーム理論の記述を用いてます。また、ゲーム状況の実験という、行動経済学的な知見からの内容もあり、理論の応用という点で非常に参考になります。
盛山和夫「協力の条件」
オストロムの次に読んだのが、社会学者の盛山和夫によるこの本でした。特に個人の合理的意思決定による効用最大化と、社会での効用の最大化が相反するという状態がある意味自然な状態と捉え、ホッブス、ルソー、ヒュームなどの社会思想とゲーム理論の組み合わせにより、「どうすれば協力できるのか」を探求していく本です。
本文368ページで一貫して「協力」という一見当たり前のことがなぜ難しいのか、理論的にどう理解すればいいのか、そしてどうしたら協力は可能となるのかということ、ゲームの記述を通じてを非常に深く掘り下げています。これを読んだことで、ゲーム理論と社会的ジレンマということの深い結びつきというか、市場にとどまらない均衡の分析ができることのパワーがクリアに理解でき、自分の研究でも使いたいと思うようになりました。
岡田章「ゲーム理論」
ギボンズと並んで評判の高いゲーム理論のテキストです。このテキストの特徴は網羅性とバランスといったところでしょうか。基本的に理解しなければならないトピックは全て網羅されていると思いますし、最終の14章では、「ゲーム理論のフロンティア」と題し、制度研究、協力の理解のための研究といった分野への応用の可能性と必要性を述べています。
テキストですので、単純なものから複雑なものへ、定義と証明をしながら進んでいきますが、内容が幅広いために全体の見通しを持ったり、これもまた複雑な実社会の人間関係との関連理解において、単純化をどうやっていけばいいのかが自分の課題でした。それが前述のギボンズを再読することで、少なくとも理論においては情報完備か不完備か、ワンショットの静学か、手番、繰り返しがある動学か、という分類が非常に役立つことがわかり、一気に見通しがクリアになりました。なので、もしこれからゲーム理論を深く学びたい(どれくらいいるのかあまりわかりませんが。。。苦笑)という人がいれば、まずテキストとしてギボンズと岡田、2冊を買って手元に置いておくことを強くお勧めします。
またこの2冊は数式の記述も割と簡単だと思います。数式としては冗長なのかもしれませんが、計算というよりは厳密に状況を記述するために数式表現が使われるのですが、集合論含めて記号が複雑になると、情報密度が高くなりすぎて頭の中での処理に時間もかかるし、記号そんなに覚えられないし、ということになりますので、その点もいいと感じてる点です。
シェリング「紛争の戦略」
協力が難しければどのような事態が発生するかというと、「紛争」です。その紛争について、交渉も含めて米ソ冷戦の時代に徹底的に掘り下げたのがシェリングです。その功績で2005年にノーベル賞を受賞しています。無論経済学での受賞です。
シェリングは国際関係における紛争、交渉、協調などを体系的に突き詰めて分析します。この国際関係、国際法という分野は実は国内法のような強制力は働かず、実は社会秩序や市場の成立以前の原始社会に近い人間関係を想定しないといけない分野です。外交儀礼、プロトコルが重視されるのはそのためで、華やかなパーティ等の裏にあるのは、そうやっておかないといきなり「力による解決」が図られてしまうからです。まさに、万人の万人に対する闘争というのが国際社会の本質です。冷戦という時代背景もあり、戦略、交渉、コミュニケーションといった問題、さらに、脅し、奇襲、限定戦争、そして核戦争といったヘビーなトピックの分析のオンパレードです。
ナッシュのゲーム理論も、「非協力ゲーム」つまり、相手の協力がない(期待できない)前提のゲームというのが、実は現実社会でもほぼ全ての状況に当てはめることができる一般性を持つということを明らかにしたことに重要性があります。協力によって実現される平和を考えるには、協力がない紛争的状況をどうやって解決するか、常に裏切りの危険がある不安定な平和(連合)を維持するにはどうすればいいかを理解しなければならないということです。米ソ冷戦後の融和的な国際関係が短期間しか続かず、新たな多極での緊張、限定紛争状態になってしまった現代を考える際にも非常に参考になる古典です。また、国際紛争だけでなく、政治家の政治闘争、企業の競争や内部の出世闘争まで、現実的な適用範囲は非常に幅広いと思います。
今日は本の紹介を中心にこの辺まで。次はこのゲームの理論で考える「協力問題」を掘り下げたいと思います。