サリンジャー「悪い言葉を使うのはやめてったら。

「悪い言葉を使うのはやめてったら。それはもういいから、ほかのことをあげてみて。将来何になりたいかみたいなこと。科学者になるとか、弁護士になるとか、そういうこと」

「科学者にはなれないね。科学にはからきし弱いからさ」

「じゃあ、弁護士は?お父さんみたいに」

「弁護士も悪くはないと思う。でもさ、あんまりぴんとこないんだ」と僕は言った。「弁護士がいつもいつも無実の人間の生命を救ってまわって、しかもやりたくて、そういうことをやっているっていうのなら、それも悪くないんだよ。でもさ、現実に弁護士になったらさ、そんなことをしてる暇なんてないんだ。しこたまお金を稼いで、ゴルフをして、ブリッジをして、車を買って、マーティニを飲んで、大物づらをすることで手一杯なんだ。それだけじゃないよ。もしたとえ無実の人間の生命をじっさいに救ってまわっているとしても、それがほんとうにその人の命を救いたいからやっていることなのか、それともすげえ弁護士だとみんなに思われたくてやっていることなのか、自分でもだんだんわからなくなっちまうんじゃないかな。裁判が終わったあとで新聞記者やら彼やらがやってきて、『すごいじゃないか』って感じで背中をどんと叩かれたりするのが好きでやっているのかもしれないよね。ほら、悪質な映画でよくやっているみたいにさ。自分がインチキ人間かどうかなんて、自分じゃなかなかわからないものなんだ。困ったことには、そいつはとことんわかりにくいんだよ」

サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」

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