宗教の事件 06 辺見庸「不安の世紀から」
●身体に合った言葉をとり戻すために
ではどうすればいいか、というわけですが、それをみなさんに申し上げるつもりはまったくありません。資格もありません。私は私で勝手にやりますから、みなさんも勝手にしてくださいと思うだけです。ただしイナーシアということについては非常に気になります。イナーシアには慣性という意味と同時に「ものぐさ」とか「不精」という意味もあるらしいのです。そこで、最後に慣性を破る契機を考えてみたいと思います。
私は以前に、日本人初の宇宙飛行士としてミールに乗られた秋山豊寛さんと鼎談でお話ししたことがあります。最近になってTBSを辞められたそうで、これは秋山さんが自らのイナーシアを主体的に打ち破ったのではないかと久々に感じ入り、あとにつづきたいと思ったりしますが、しかし、私もまた慣性から逃れられない情けない生き方をつづけています。その秋山さんとお話しして興味深かったのは、自分は「普通のオジサンだよ」とおっしゃるような気取らない方なのですが、ミールから見た地球について語りだすと、まるで表情がすっかり変わり、「夜の地球は薄いピンクの心臓だった」とか、まるで詩人のようになることでした。私はこれだな、いいなあと思いました。地上400キロメートルから地球を見て、名伏しがたい感動を経験されたのではないでしょうか。メディアというもののフィルターを完全に突き破った世界に入り込んだことで、マスコミ、会社社会というもののくだらなさをより強く感じ、おひとりで哲学をし、イナーシアからの離脱、転換ということになったのではないかと、私なりに想像しています。
では私はどうするか。今非常に興味を持っているのは、じつは身体、肉体ということです。これは「もの食う人々」(角川文庫)の仕事をしているときに、おそらく無意識のうちに自分の中に堆積されてきたことではないかと思うのですが、メディアというフィルターを通さないで実世界を感じる、あるいは実世界にもっと身体的にコミットして行くということです。そして、その身体ということと同時に、それと分かちがたく結びついている「言葉」ということにも非常に関心があります。なぜなら、共生とか人権、男女平等、機会均等といったありもしない、まったく身体的な裏づけのない美辞麗句が意識産業の常套句として浮遊しているからです。
『屈せざる者たち』(朝日新聞社)という本にも書きましたが、たとえば松本サリン事件の河野さんにとっても、あのできごとはきわめて身体的なことだった私は思います。あの人にとっては、言葉の一つひとつが奈落の底に突き落とされかねないほどの重みをもっていました。言葉の選び方、使い方のちょっとしたブレが身体的危険を招くような、極度に困難な立場におかれたわけです。
それに対して、警察であれ新聞記者であれ、河野さんに対応する側には、語る言葉、書いている言葉に身体的な裏づけが足りないし、足りなくても他社がやるからうちもやるという流れができてしまう。謝罪はいくらでもするし、一社やったら横並びで謝る。しかし、その謝罪で本当に深手を負った社があるでしょうか。マスコミの経営者、編集幹部がどれほど傷ついたでしょうか。会社ぐるみどれほど反省したでしょうか。いわば行政判断的な謝罪にすぎなかったと私は思っています。だからこそ、またいつか第二の河野義行さんは必ずでると思うわけです。
私は51歳になります。戦後の50年を生きてきて、紙と活字を相手に仕事をして、そして『もの食う人々』の旅をして、つくづくわかったのですが、私の身体はもはや労働の名に値しないものになってしまっています。
日本の第一次産業の就業人口は、十数年前から10パーセントを切っていて、いまやモノを生産するのではなく、われわれのようにただモノを消費するだけの第三次産業が就業人口全体の60%以上になっています。そうしたなかで、いわゆる苛酷な仕事、汚い仕事、臭い仕事を、建前とは裏腹に軽蔑し、敬遠する傾向がでてきています。若い人たちの労働観というのはあきらかにそうだし、空洞化した言葉を浪費するメディアが相変わらず人気職場になっている。しかし、これは幻想だと私は思うし、つくづく飽きてもきました。そこで、なにをとり戻したいかと言えば、やはり身体的感覚であり、いわゆる肉感であり、私の身体と世の中の実際に合った言葉なのです。
私はいましばらく身体を使ってみようと考えています。もともと私は共生とか人権とか癒しとかいう言葉が嫌いで、個人的にはほとんど使いませんが、本気で身体を動かしてみたら、もっと使えなくなる言葉が出てくるような気がします。また、逆に、新しい言葉が体内から生まれてくるかもしれません。
が、とにかくわれわれは、物事をすべてフィルターを通して無臭化し、二次元化した世界に相当侵されていると思います。しかし、それが特定の個人の悪意の問題ではなく、マスメディアのほぼ不可避的な機能の問題である以上、しかも、それがこの過剰発展社会の運命であるとしたら、われわれはその始末を19世紀のラッダイツのように機械打ち壊しでつけるか、あるいは個人的に離脱をして自分をとり戻すか、虚無を深めつつ停止まで耐えるかして、それぞれの自分を生きるほかないのではないかと私は思っています。
辺見庸 「不安の世紀から」(角川文庫)