伊藤整「若い詩人の肖像」 人と一緒に歩くのが好きではなかった
私は人と一緒に歩くのが好きでなかった。人と一緒に歩いている間じゅう、私はその人の気持をそこねることを言ってはならないと気をつかい、自分にとって面白いことでなくっても、その人の自慢話に相槌をうたねばならないと思っていたので、私には苦しかった。(中略)私は心にもなく笑ったり、賛成したり、要するに彼らと同じ俗物だということを証明して、彼らを安心させなければならなかった。そういう話を聞く時の私の受け答えは、しばしばトンチンカンで、壺を外しがちになった、そしてそのようなとき、利口だと評判のある私がいかにも馬鹿に見えるらしいことを私は知っていた。それ故、私は勤め人や学生たちの群れを離れて、白いズックの鞄を抱えてひとりで歩いている方を選んだ。私は人を怖れた。しかし私はそうして歩いている自分が、女学生たちの目に、またその女学生たちの中にいるわたしの恋人の目に、なんとなく一般の学生と違うよい印象を与えているように推定した。
伊藤整 「若い詩人の肖像」