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毎日練習する意味 その2 低い志しのススメ

 3年前に「その1」を書きましたが、それはそれとして今も納得できる内容だと思いつつ、違った側面もあるなと最近思います。

 ストイックに毎日やってる人はもちろんすごくて、心から称賛します。

 とは言えみんながみんなそうではない。
 そんなに心、強くないです。

自制心?

 最近ちょっと気に入ってるのはモチベーション系のSNSで

「毎日トレーニングしてる選手は好きで毎日してるわけじゃない。彼らはDesciplineで毎日動いてるんだ」

みたいなのがあって、Desciplineの意味はいろいろあるのでどれが適当か悩みますが「自制心」「規律」あたりが良いかなと思います。

 トレーニングするかしないか、自分の気分の浮き沈みなんて無視して、やると決めたらやるのだ、ということですね。
 僕はこれに共感する部分が大きく、これはこれで有効だなと思っています。

 でもあまり意識し始めると結局、「やると決めるかどうかを決める脳内会議」が始まりそうな気もします。やると決めるのはそもそもやる気があるからなんじゃないの?って突っ込みが入りそうです。

(ところで「やる気」ってのは、後付けの話らしいですね。やり始めればやる気が出てくる。)

低い志しのススメ

 僕自身は、自制心も使いつつ、もう一つ良いと思っているのが低い志し。
 ジムに行く、自転車に乗る、スケートに行く、練習会に行く、なんであれ大小ハードルはあるものです。

 このハードルって何かというと、
「昨日より重いウェイトにチャレンジしよう」
「100km以上乗るぞ」
「大会に向けて追い込もう」
という意気込みです。
 元気であればなんのことはない、むしろ良いトレーニング目標だったりします。でも気分が乗らない時はエベレスト登頂並みに重いタスクです。

 でもちょっと考えてみます。

 プロのスポーツマンでない限り、トレーニングをやらなくても誰にも怒られないし、責任もありません。(プロのスポーツマンでも結果を出せばトレーニングしなくてもいいかもしれません)

 全部自分で決めていることなのです。

 ならばハードルも自分で決めてしまって良いのです。

「ジムに行ってもランニングだけして帰っても良い」
「自転車に跨ったらいつ引き返してもいい」
「スケートに足を1秒入れたら充分偉い」

 そして実際に、ジムでストレッチだけして帰る日があっても良いのです。
 ジムに行ってしまえば結局たぶん勝手に重いウェイトにチャレンジしたくなるし、自転車に跨がれば10km、20kmと乗りたくなり、スケートを履けば一周で終わることは無いはずです。
それでもやる気が出てこないなら、それはよほど身体の不調がある状態なので、すぐ帰るのが正解です。

 トレーニングは毎回ハードである必要は無い、というかよほどのアスリートでなければ無理です。
 軽い日、ものすごく軽い日があってもなんの問題もなく、それよりも「軽くても毎日何か動かしている」ことの方が100倍大事で、効果も大きいのです。

靴を履けたら万々歳。
自転車担いで外に出たら目標達成。
いつ引き返してもいい。
それ以上はただひたすら自分が偉いだけです。
褒めて褒めて褒めます。

そうしてる内に、気がつくと毎日なんかトレーニングしてる人になり、毎日の積み重ねは遠く遠くへ自分を運んで行ってくれます。

サポートいただくのはなんたる僥倖!思いがけないあなたから応援していただくのはサポート以上に嬉しいことです。ありがたく!