私の躁鬱日記12〜おそろしい女
ゲジゲジを見た時はもうこの世の終わりかと思ったが、それ以降は大したこともなく平和に過ぎていった。あくまでも表面上の話で互いに腹にイチモツはあったが、娘っ子を愛で、ザリガニの誕生を待つ。旦那は頭を低くして災難が(自分の起こした災難が)通り過ぎるのを待っているようだった。
そんなある夜、旦那と二人でまったりしていると電話のベルが鳴った。受話器を耳に充てるとタガログ語訛りの辛いポップコーンのような英語が聞こえた。ああ、ついに繋がったか。
実は水面下でベース内に住む友人の虹子さんと事件の「犯人探し」をしていた。離婚となるなら真実を知っておきたいし、知らぬままでは気持ちが悪い。何より手紙を出した人間を捕まえたいが、候補が多すぎる。旦那が所属する空母には5000人以上の米兵が乗り組んでいるし、他の船や地上勤務、そこらへんの女まで入れたら雲を掴むような話だ。
そこで旦那のカード記録を洗い出した。少額ながら旦那はお相手の女性に送金していた。これはビジネスライクな関係なのか、恋愛関係であるのか。
結婚を続けたいなら知らん方がええ。
だがもう好奇心が止まらない。虹子さんと私は完全にヨコスカ少年探偵団となっていたので一計を案じた。
わかっているのはお相手の口座番号のみである。そこで銀行に連絡を取り、「振り込もうとしたができない、相手の電話番号もわからないので彼女からの連絡が欲しい」と言付けをした。旦那の名を語り、我が家の電話番号を告げる。日本の銀行ではあり得ない気がするが、当時のフィリピンの銀行は「アイヨー」という感じで引き受けてくれた。それからしばらくして、彼女が電話のベルを鳴らしたわけだ。
「パロ〜」という感じの英語が聞こえた。いつも思うのだがフィリピンの人の英語はポップでプチプチしている。
私が「波浪」と平坦な日本人英語で答えると、まず女がでたことにビックリしたようだ。「ケビンは?彼から伝言をもらったんだけど…」「ここにいますけど…彼とはどんな関係ですか?」「え?フィアンセですけど…あなた誰?」「あ、すいません、嫁です」みたいな会話をしていた。旦那は顔色を変えて(黒人男性なりに青っぽくなって)私の周りをぐるぐるしながら「誰?誰としゃべってるの?」とビクついている。「あなたのフィアンセとですが何か?」と言うと、ひぃぃぃ〜となって後退りした。なんで⁉︎信じられない⁉︎なんて怖い女なんだ!とわめいていたので「誰が怖いって?」と聞いたら「Youだよ!You!」と指さされた。なんでやねん。元はと言えばオマエやん。ゲスの極みやん。こっちの方が震えてまうわ、おお怖。
フィアンセに手紙や写真の内容が全て間違いないことを確認し、旦那に電話を代わった。受話器が爆発しそうなほどギャン切れされていた。電話が終わった後、旦那はソファにまっすぐうつ伏せになって凹んでいたが、すべては貴様の責任である。
ここまで来ると離婚しかないか…と思う。よくパートナーのスマホを盗み見しても良いことはひとつもない、というが、私の性格上それは無理だ。わかっていても怪しければ調べる。そのうち調べることが楽しくなる。それが身の破滅になろうと、虚構の家では生きられない。
しかし、娘っ子もいるし、ザリガニはこれから生まれてくるし、私は鬱だし、実家はああだし、お金の問題もなぁ…。同じような悩みが回転木馬のように廻る。旦那のことも基本的には好きだったわけで、どうしようもない情のようなものが張り付いて剥がれない。
しかし旦那側はフィリピンのフィアンセがばれて以来、すんとして黙っている。彼なりに結論がでたのだろうか?と思い尋ねてみると「オマエ、怖過ギ。モウ一緒イラレナイ」とのことだった。えええ⁉︎私のせい⁈私と虹子さんの調査が的確過ぎたせい?
「好奇心が猫を殺す」とはよく言ったもんで、このままじゃおまんまの食い上げだ。調停がんばろう!と心に誓った。