錦糸町を裸足で歩く
以前住んでいた向島に「大道芸術館」なるものができたと聞き、友人のモミ子と物見遊山に出かけることにした。
エロスの殿堂。なかなかそのようなところに潜入するのは女であるゆえか機会が少ない。昔、伊豆の秘宝館に入ったことがあるが、まだ私も若く、しかも社員旅行のコースであったので全てがセクハラとしか思えなかった。ああそれなのに、いまはキャピキャピと待ち合わせをし、意気揚々と向かう始末である。げに恐ろしや、年月。
いやらしいものを見る前に精をつけようと亀戸ぎょうざ錦糸町店に入る。ぎょうざはもちろん美味しいが、炒飯も美味しい。ビールがすすむ。その後古めかしい喫茶店で一服するが、お店の人もお客さんもダイバーシティ錦糸町ならではの雰囲気。タバコがすすむ。
さて、そろそろ出陣するかと横断歩道を渡っていたら、ベロンとサンダルが壊れた。これが鼻緒だったら粋な若衆が手拭いを口にくわえてピリッと裂き「お嬢さんどうぞ」とすげ替えてくれるところだが、サンダルなのでどうにもならない。片足裸足のままで錦糸町を歩く。奇しくもJRAと飲み屋が密集するエリアだ。衛生…とか考えたらおしまいだ。何しろ無になってのしのし歩く。足の裏が錦糸町を感じている。
丸井で果てしなくスリッパに近いサンダルを買った。いや、サンダルに近いスリッパかもしれません。何でもいいからなんか履きたい。あんなに履きたいと思ったことはありません。裸足で乗るエスカレーターとかね、新鮮ちゃあ新鮮だったけど。
さて、やっと向島に着き、懐かしの街並みを歩く。またマンションが増えた気がするけれど、相変わらず料亭もちらほらあり、粋な黒塀に祭り提灯が揺れている。この街並みをスカイツリーがゴゴゴゴゴ…という感じで見下ろしているのが実にシュールだ。我が家はスカイツリーの建設中に引越したのだが、日に日に大きくなる塔に恐怖を覚えたものだ。あのまま住み続けていたら慣れたのだろうか。
「大道芸術館」は笑っちゃうほど前の家の近くだった。ほぼ秘宝館なので、ご近所さんたちは抵抗なかったのだろうか?と思ったのだが、花街という土地柄もあり、すんなりと受け入れられたようだ。たしかに以前のご近所さんたちは面白がりで何かとサバけた、いわゆる江戸っ子ばかりだからナァ…と下町の暮らしを懐かしむ。
芸術館の内容については是非ご覧くださいよ、としか言いようがない。それにしてもラブドールに触れることができたのは貴重な体験だった。館内には「酒とわかめ」というバーがあり、素敵な女性とラブドールたちが楽しくもてなしてくれる。雰囲気的に下ネタと猟奇的事件などで盛り上がり、のびのびとかなりアレな話ができて良かった。
終電近い電車で、全身に赤い提灯をつけたオジサンが居眠りをしていた。そういえば昔横浜に、頭に工事用のコーンを被り、耳からは本物の金魚が入ったガラス球をぶら下げたオジサンがいたなぁと思い出した。モミ子は定年近いのに毎日超ミニで来る同僚がいる、と愚痴っている。たしかになぁ、それはキツかろうなとは思ったが、大道芸術館を見て、提灯オジサン見て、金魚鉢オジサン思い出してからの50代ミニスカだったので、もう何だかよくわからない。「まとも」って何なんだろう。変態とは?異端とは?猥雑なエロスの洗礼を受け、許容範囲が広がっちまった感じだ。大概のことなら面白がって自由に生きてゆきたいと思う。
モミ子も「なんだかんだでスッキリした。来週も頑張れそう」と感想を述べていた。別れ際「エロスだね!」「エロスよ!」と微笑みあって手を振る。
こんな大人になるとは思わなかったけど、大人になって良かった、と思った。