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倫敦1988-1989〈1〉


#わたしの旅行記

ずいぶん昔の話だけれど、ひとりでイギリスへ行ったことがある。ありきたりな失恋旅行で、ロンドンの友人を訪ねて南回りの旅であった。なんでわざわざ南回りなのかと言えば、そりゃあ安いからである。24時間以上かかるため利用者は余程の暇人か物好きに限られるが、最近ではロシアとウクライナの戦争のため、見直されつつある路線らしい。

成田から飛行機が飛び立ち、森と畑だらけの地上を見下ろすと、あんなに悲しかった失恋がどうでも良くなった。以来、私は悲しいことや悩み事があると状況が許す限り「機上の人」となることにしている。雲の上から見れば、すべてのことは驚くほど小さい。
この飛行機は墜ちるかもしれない。 でも乗っちまったからにはどうにもできない。もうくだらない執着は捨てて、すべてを赦そう。

涅槃仏の如き半眼で窓の下を見下ろすと、あたかも西遊記にででくる五連山のような山々が広がっていた。中国大陸だ。スケールが違う。雲海を突き破って天へと伸びる仏の指が何本も、何本も…。

隣のイギリス人のおじさんが窓側の私にのしかからんばかりに外を見たがるので孫悟空があの山のふもとにオシッコをしてね…と話してやったら「きたねーな」と笑っていた。

中国を過ぎると赤茶けた平野ばかりで、いつの間にか深く眠っていた。気がつくと飛行機は着陸していて窓の外はガチの砂漠だった。数本のフェニックスが強い風に煽られている。不時着でなければここは空港なのだろうけど、どう見てもロンドンには見えない。

隣のイギリス人も寝ていたがおかまいなく「ここどこ?」と聞くと「しらねーよ」とのこと。この人も無計画に出かけるタイプだな。

機内がザワザワするので前の方を見るとアラブの大富豪みたいなゆったり服の集団が乗り込んでくるところだった。
現地の言葉もしくは凄く訛ってる英語で何か言っているが全くわからない。どうやら全員降りろと要求している気がしたのでノロノロと外にでるとエンジンで動く台車みたいのに乗せられた。外は真っ暗で空港の周りは何もないようだった。アラブの大富豪たちは肩から銃を下げている。ん?ハイジャック?

結論を言えばただの乗り換えだった。旅するために不眠不休で働いてたので下調べも何もしなかった。また隣になったイギリス人に「結局ここどこなん?」と聞いてもビールをブクブクするばかりで話にならない。乗り換えするだけだから別にいっか。私は生涯で一度だけ油の出そうな砂漠に行ったことがあるわけだが、それがどこだったかは知らない。ま、これもまた旅のロマンということで。
           〈つづく〉

#ロンドン
#倫敦
#旅の思い出
#海外旅行

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