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だから何?

今日のおすすめの一冊は、小林正観さんの『究極の損得勘定』(宝来社)です。その中から「人生の達人」という題でブログを書きました。

本書の中に「だから何?」という心に響く一節がありました。

目の前の現象を自分の思い通りにできないことが「悩み」だと思っている人が大多数でしょう。自分が向き合っている現象に対して思い通りにならない、つらい、悲しい、という感想を言っているわけですが、実は現象は「ゼロ」。幸も不幸も、そう思う心があるだけ。自分の“思い”をなくせば「悩み」は消えてなくなります。
雨が降ったときは、洗濯物が乾かなくて困る、晴れたら、紫外線対策をしなくちゃいけ ない、というふうに考えていた方がいらっしゃいました。それを、私の話を聞いて、雨が 降ったら紫外線対策をしなくてよい、晴れたら洗濯物が良く乾く、と思えるようになった、 と言ってくださったことがあります。
結局私たちは、「ゼロ」の現象を、自分の感覚で感想を言いながら、評価論評しながら、 気に入らないと言っているだけです。その基礎的なとらえ方のフロッピーを入れ替えないかぎりは、人生はつらいことばっかりですよ、という事実に唯物論として気がついたのです。
これは観念論の話ではなくて、そうなっていますよねという話です。現象は「中立」なのだから、それを肯定的にとらえよう、というだけのことです。 中には、「肯定的なとらえ方ばかりなんて簡単にはできないですよ」という人がいるのですが、それはもはや相談じゃなくて、からんでいるだけ。
そういう方には私はいつもニッと笑って「べつに、私はお願いに来ているわけではありませんから」とお答えします。 「簡単にできないなら、どうぞ、今までどおりにやっていって下さい」。
相手を変えようとか、自分の目の前の現象を変えようと思っているうちは、問題は解決しません。宇宙にはもともと問題は無いからです。問題は無いのに「私」が問題だ問題だと言っているだけなのかもしれません。
実は以前、『で、何が問題なんですか』という題名の本を書きました。この言い方は今思えばとても丁寧な言い方をしているわけで、最近はもっと短くなってきました、「だから何?」。
一応、三次元(私たちが生きている世界)的な話として、問題解決方法には次の3通りの方法がありました。
 ①目の前の人・物・現象を、自分の気に入るように作り変える  
②逃避
③我慢  このような方法の他に、四次元的解決方法というものがあります。それは、「気にしない」というものです。そのためにはボーっとすること。
さらに、五次元的解決方法があって、それは「気にならない」というものです。これはフロッピーを入れ替えればいいのですね。それを表現した言葉が「で、何が問題なんですか?」であり、短縮形が「だから何?」です。
いろんな問題をかかえていて、こんな職場の人に囲まれていて、上司が厳しい人で怒って怒鳴って・・・どうしたらいいんでしょうっていう質問をよくされるのですが、私の答えは「だから何?」。 
「辞めたいんですか?」と聞くと、、。 「いいえ辞めたいわけじゃないんです」「辞めたくないっていうことは勤めていたいんですね」 「勤めていたいんですけど上司がこんな人で・・・」 「じゃ辞めたいんですね?」 「いや、辞めたくはないんですけどひどい人ばかりで・・・」
「だから何?」 結局、辞めたくないんだったら文句を言わないでやればいい。辞めるんだったら文句を言わないで辞めればいい。どちらかです。どちらにしても、文句を言っていること自体がいちばん問題なのです。
愚痴を言って泣き言を言って宇宙に不平不満を投げかけていることが、結局は自分にとってものすごく損。投げかけたものは返ってくるので、辞める辞めないよりもそっちのほうが重要な意味を持ちます。
好ましいものに囲まれていない、という人は、自分が投げかけたものが好ましいものじゃなかったということです。いい思いをしたい、お金を儲けたい、ということばかり考えている人は、何も投げかけていません。むしろエゴという名のエネルギーを投げかけている。だからエゴのかたまりに囲まれることになるのです。
喜ばれるように生きていくと、喜びに囲まれることになる。かんたんな構造です。どうも自分の人生が楽しいほうへ展開していかない、という人は、楽しいものを投げかけていないからです。だからイヤイヤやっている仕事はダメ。イヤイヤしか返ってきません。
楽 しくてやっている仕事は、はじめは収入が少なくても、そのうち必ず楽しくてしょうがないような状況に囲まれるようになります。好きでやっているのだったら寝食を忘れてやっていられるのだから、膨大に投げかけることができる。そして将来、膨大に返ってきます。
同様に、夫が気に入らない、と夫の悪口を言っていることのほうが問題。夫の悪口を言っているヒマがあったら、どっちかに決めた方がいい。別れたいなら別れる、別れないなら別れない、まず愚痴や泣き言、悪口をやめること。
迷っていることがあって相談に来ているのか、愚痴、泣き言、悪口を言いに来ているの か、をちゃんと分けたほうがいいのです。で、愚痴、泣き言、悪口、文句、不平不満、恨み言葉、呪い言葉を言いたいのだったらそういう仲間を見つけて言い合えば良い。しかし、 言えば言うだけまたその言葉を言いたくなるような現象が降って来ます。

すべての物事は中立で、良い悪いは自分が決めることだと小林正観さんは言います。これは小林正観さんの真骨頂で、「見方道」という正観流メソッドです。物事は、見方によって、涙・涙の悲劇にもなるし、大笑いする喜劇にもなるということです。

どうせ生きるなら、大笑いして、楽しんで、好きなことして暮らしたいと誰もが願うはずです。そのために必要なことが、愚痴や泣き言、不平不満、悪口、文句、ツイてないと言わないこと。

「見方道」、身に付けたいと思います。

今日のブログはこちらから☞人の心に灯をともす


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