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勉強と実践

今日のおすすめの一冊は、小林正観さんの『心を軽くする言葉』(イースト・プレス)です。その中から「運を運んでくれる人を大切に」という題でブログを書きました。

本書の中に「勉強と実践」というとても心に響く一節がありました。

多くの人が陥りがちなことですが、たくさんの本を読み、たくさんのセミナーや講演会に参加して、それで自分がかなり成長し、向上したように思ってしまうことは少なくありません。しかし、多くの勉強をしても、その勉強が自分の日常の言動につながっていなければ、それは意味のないことと思います。
たとえば、昔、有名な先生のセミナーにいくつも参加したという人と話をしていました。その人は、ある人の発言が気に入らないということで、帰り際にこんなことを言いました。「あの人が参加する以上、私はもう来ない」と。
多くの人から多くのことを聞き、学んできた結果として、「人を憎まず、恨まず、呪わずに、誰に対しても同じ態度で接することができる」というのが日常の「実践」というものであったはず。
なのに、たくさんの勉強をしておきながら、そのような言葉が口から出てしまうのは、「勉強が生かされていない」ということではないでしょうか。いくら「自分探し」の勉強をしても、それが日常生活の中で「実践」されていなければ、何も知らなかったのと同じこと。私たちが勉強をする目的は、すべて「実践」という一言に集約されます。
イソップ童話にこんな話があります。「ある男が、神像を木で彫って、市場へ売りに行った。ところが、誰も買ってくれない。そこで、人を集めようとして、『商売繁盛の神様、金儲けのご利益あらたかな、福の神はいりませんか』と、大声で叫んだのです。
すると、通りかかった男が、売れない神像を指して言った。『本当に、おまえの言うようなご利益があるなら、なぜ他人に売るのだ。自分がそのご利益にあずかればいいじゃないか。だいたい、おまえの店は、さっぱり繁盛してないぞ』(こころの朝・一万年堂出版)より

商売繁盛を説くコンサルタントや講師なら、自分がまず先に繁盛していなければいけなません。「笑顔」を説くなら「笑顔」が、「笑い」を説くなら、「笑い」がなければ誰もその人の話は聞いてはくれません。この地球は行動と実践の星。ただ思っているだけでは何も伝わらないのです。実践の人でありたいものです。

今日のブログはこちらから☞人の心に灯をともす

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