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狂であれ
今日のおすすめの一冊は、稲盛和夫氏の『稲盛和夫一日一言』(致知出版社)です。その中から「人生は一人旅」という題でブログを書きました。
本書の中に「狂であれ」という心に響く文章がありました。
かねてから事をなすにあたっては、「狂であれ」と言っている。バリアを越えるには、それを打ち破れるだけのエネルギーが必要となるからだ。
エネルギーとは、それに従事している人の情熱だ。燃えるような熱意、すさまじい根性と執念などが、バリアを越えるエネルギー源であり、チャレンジの必要条件となる。
また、物には、他からエネルギーを受けて燃えるものと、それでも燃えないものと、そして自分自身で燃えるものとがあります。
つまり、火を近づけると燃え上がる可燃性のもの、火を近づけても燃えない不燃性のもの、自分で勝手に燃え上がる自燃性のものと、物質は三つに分かれますが、人間も同様です。 物事を成そうとするには、自ら燃える者でなければなりません。
◆坂本龍馬は「自我狂」という字を好んで書いた。 吉田松陰は「諸君、狂いたまえ」と若者たちを鼓舞した。
「狂をなし愚をなすも 我れいずくんぞ憂えん 我は我が志を行なわんのみ」と詠った山県有朋は自らを「狂介」と称した。 狂った人間たちが明治維新という奇跡を起こしたのである』(感奮語録)より
吉田松陰は、「狂愚まことに愛すべし、才良まことに虞るべし」とも語っている。 頭でっかちで少しばかり知識があったり才能のある連中はダメだ。 世間の評判などまったく気にせず、狂ったように新しいことに挑戦し、愚直にやりとげる者こそ、誠に愛すべき人間である、と。
なにか、事をなすには、「狂」が必要だ。
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