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微差が大差

今日のおすすめの一冊は、斎藤一人さんの『微差力』(サンマーク出版)です。その中から「惜しまれて会社を辞める」という題でブログを書きました。

本書の中に「微差が大差」と言う心に響く文章がありました。

《この世は、すべて「微差が大差」》

この世はどういう道理でできているかというと、微差が大差。微差が大差を生むのです。オリンピックでも、金メダルと銀メダル、世界記録ともうちょっとで世界記録というのとでは世間の注目度からいったらエライ違いですよねだけど、能力的なことでいったら、0.1秒とか、微差の世界です。

「笑顔でいるんだよ」だって微差です。「整形しなさい」とか、言ったのではないのです。みなさんの顔には同じように筋肉がついています。笑顔は、その筋肉を動かすか、動かさないか、だけのことです。ちょっと動かして笑顔にしているだけで、笑顔じゃない人と、全然違うのです。

笑顔だったり、言うことが肯定的だったり着ているものが華やかだったりするだけで、この微差が掛け算になってくるのです。ものスゴイ、結果が違ってきちゃうんですよ、ホントに。仕事でも、日常生活でも、いろんなことが違ってくるのです。

100倍儲けている人は、100倍がんばっているのではないのです。同じ商品を売っている店がいくつもあるなかで、お客さんが「あそこの店へ行こう」となるのは、店員さんの笑顔がいいとか、微差です。微差が大差なのです。

専門家は別として、多くの一般人は、ワインや日本酒などの鑑定は難しい。よほどまずいものは別として、ある水準以上のものなら銘柄、産地、値段など、皆目見当もつかない。有名な評論家が、美味しいと太鼓判を押したものを信じて飲むしかない。

これは、お酒でなくても、レストランや、居酒屋、映画、本、等々を選ぶときに、ネットや評論家の評判で決めることが多いのと似ている。大きな差がないとき、何を基準として選んだらいいか、わからないからだ。

ことほどさように、我々は、ほんのちょっとしたうわさや、評判で、お店を決めたり、何かを選んだりしている。一人さんのいう、現代は「微差の時代」とはこのことだ。世の中が成熟化してきたときに、起こる現象だ。

戦後の、物のない時代なら、商品があるだけで価値があり、それだけで選ばれた。しかし、現代は違う。物や店はあふれ、それでもなお、次々と新商品や店はできる。

現代は、今までまったくこの世になかった新製品など、ほぼ出現しない。ほとんどが、今ある商品にほんの少し手を加えたものを新商品という。

だからこそ、一人さんのいう微差が大事になってくる。今の仕事、商品、店舗に微差を付け加えること。小さなことをおろそかにぜず、微差を追求し続けた時、微差が掛け算となり大差となる。

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