見出し画像

おっさんだって生きている

今日のおすすめの一冊は、ブレイディみかこ氏の『ワイルドサイドをほっつき歩け』(筑摩書房)です。その中から「ウーバーとブラックキャブ」という題でブログを書きました。

本書の中の「おっさん愛」にあふれている一節をシェアします。

「世界に目をやり、その問題を見てみれば、それはたいてい年老いた人々だ。道を開けようとしない年老いた男性たちである」
2019年12月、米国のオバマ前大統領がシンガポールでこんなことを言ったらしい。 世界が激動・混迷するこの時代、「おっさん」たちは何かと悪役にされてきた。 トランプ大統領が誕生したのはおっさんのせいで、EU離脱もおっさんのせい。どうして彼 らは過去の「良かった時代」ばかりに拘泥し、新しい時代の価値観を受け入れようとしないのか。
セクハラもパワハラもおっさんのせいだし、政治腐敗や既得権益が蔓延(はびこ)るのもおっさんたちのせい。リベラルの後退も世の中が息苦しくなっているのもおっさんのせいなら、排外主義も社会の劣化もすべておっさんが悪い。彼らは世の諸悪の根源であり、政情不安と社会の衰退の元凶だ。
なんかもう、おっさんは世界のサタンになったのかというような責められ方ではないか。だけどこれにはおっさん側にも言い分はあるだろう。だいたい「年老いた男性が道を開けない」とか言っても、彼らだって本当は道を後進に譲って隠居し、ゆったり暮らしていきたいと思っているかもしれない。
が、高齢化が進む社会では年金受給開始年齢も上がる一方で、働ける間は働かないと食っていけないからこちとら道を譲りたくとも譲れないんだ、老体に鞭打って若者と張り合わなければならない身のしんどさを考えてみろ、という切実なつらみを吐露し たくなることもあるかもしれない。
それに、よく考えてみると、むかしは「お年寄りには道を譲りましょう」と言うのがふつうだったのであり、現代では「老いたやつが道を開けない」と言ってオッケーになっているというのはけっこう無礼だ。
そりゃいまのおっさんたちはベビー・ブーマー世代と呼ばれる人たちで、数がやたらと多く、それが一斉に年を取っているわけだから、ひとりひとり大切にして道を譲っていたら若者の歩くスペースがなくなってしまう。それに、年寄りの数的圧迫感は下の世代にとってはおそろしい。こんなにわんさかいる世代の年金を、なんで少数の自分たちが負 担しないといけないわけ、みたいな不平等感はいつしか嫌悪感に変わる。
しかし、同じ年寄りでもおばはんはそこまで責められない。過去の「良かった時代」にすが りつき、強硬にEU離脱を唱えていた中高年女性をわたしは何人も知っているが、おばはんが世界のサタン扱いされないのは、やはり女性はマイノリティーということで糾弾を免除されているのだろうか。とかくいまの世の中、おっさんだけを別枠扱いし、問題はあいつらがのさば っていることだと言っておけば良識の持ち主でいられるらしい。
英国なんかだと、とくに「けしからん」存在と見なされているのは、労働者階級のおっさんたちである。時代遅れで、排外的で、いまではPC(ポリティカル・コレクトネス)に引っかかりまくりの問題発言を平気でし、EUが大嫌いな右翼っぽい愛国者たちということになっている。
とはいえ、おっさんたちだって一枚岩ではない。労働者階級のおっさんたちもミクロに見て行けばいろいろなタイプがいて、大雑把に一つには括れないことをわたしは知っている。なぜ 知っているのかと言えば、周囲にごろごろいるからである。
彼らが世界のサタンになる前からわたしは彼らを知っている。だから、おっさんがサタンな どという神の敵対者になれるほど大それた存在とは思わない。彼らは一介の人間であり、わたしたちと同じヒューマン・ビーイングだ。
おっさんだって生きている、生きているから歌うんだ。おっさんだって生きている、生きて いるからかなしいんだ、とつい歌いたくなってしまうのもそのせいだろう。おっさんの手のひらを太陽に透かして見れば、彼らの血潮だって真っ赤に(脂肪が増えて濁ってるやつもいるかも しれないが)流れている。さらにその年季の入った血管からは、現代社会の有り様だけでなく 英国の近代史が透けているのだ。
そして、「おっさんは道を開けろ」と言われても、まだ人生という旅路にしがみつき、ワイ ルドサイドをよろよろとほっつき歩いている彼らの姿を観察していると、わたしにはある一つ の世界を貫く真理が胸に迫ってくるのを抑えられない。それは、シンプルな言葉で表現すれば こういうことである。
みんなみんな生きているんだ、友だちなんだ。

本書の「はじめのことば」にあった文章です。本書は、現代の英国事情、それも「おっさんたち」を中心とした様々なエピソードをまじえた珠玉のエッセイです。

今日のブログはこちらから☞人の心に灯をともす


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?