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ここにいるよ「命の騒めき」菅波光太朗と犬井桃太郎物語《前編》(『おかえりモネ』二次小説)

『おかえりモネ』のその後をイメージして書いてみましたが、オリジナルでは最終回で2020年2月から数年後(二年半後)に菅波先生とモネが再会したという設定で、つまり2022年夏頃に再会を果たしているわけですが、今回の話はどうしても2022年3月にリアルで起きた大地震を主軸に描きたく、時間設定は微妙に異なっています。何しろ私も違う時空で生きていて、距離も時間も関係ないので…。時間と距離を飛び越えて、自由に描かせていただいたこと、ご容赦ください。
所々、場面が変わるタイミングでBUMPの歌詞から引用しています。

前編と後編、合わせて計4万字以上の物語と少し長めです。

《誰かの胸の夜の空に 伝えたい気持ちが生まれたら 生まれた証の尾を引いて 伝えたい誰かの空へ向かう》
《時間と距離を飛び越えて 君のその手からここまで来た》
《流れ星の正体を僕らは知っている》 「流れ星の正体」

 2022年3月16日の夜、僕は今まで生きてきた中で一度も味わったことのないジャンルの幸せに浸っていた。医学部に入学できたこと、医師になれたこと、患者さんから「先生のおかげで助かりました。ありがとうございます。」と感謝されたこと、百音さんと出会えたこと、そして不器用な僕の渾身のプロポーズを受け入れてもらえて、彼女と結婚できたこと…よりもこの世界にはさらなる至極の幸せが存在することに気付いたのだ。

 仕事中に入っていた百音さんからの留守番電話を聞いて以降、今日は仕事にならなかった。「光太朗さん…驚かせたらごめんなさい。赤ちゃんができてました。今日、病院に行って確認しました。」という少し戸惑っているような百音さんの声を聞いた直後は僕も喜びより「えっ?ほんと?」という戸惑う気持ちの方が勝っていた。
 半年前に結婚したことだし、子どもができたとしても不思議ではないけれど、未だにちゃんとした同居生活はできておらず、新婚生活と言っても、週末に気仙沼で一緒に過ごす程度で、子どもを授かるとしても、もう少し先になるだろうと思い込んでいた。
 そわそわした気持ちを抱えたまま休憩中に百音さんに電話すると、彼女も僕と同じ気持ちだったらしく、「正直、こんなに早く授かるとは思ってなかったから、驚いてしまって、まだ動揺してるの。でも今もう6週と2日目なんだって。」と言って、エコー写真を送ってくれた。その写真の中には6w2dの22.6mmと計測された胎嚢と、3.0mmに成長していたまだ胎芽の小さな赤ちゃんの点が微かに見えた。よく見ると22年10月22日とすでに予定日らしき日付まで書かれていた。たしか胎児の大きさが1センチを超えないと予定日は確定しないはずなんだけど、暫定値なのかな…などと考えながら、写真を凝視していた。そして写真を見た瞬間、さっきまで少し信じられなかったけれど、本当だったんだ…とこの世界に愛しい百音さんとまだちょっと苦手な自分の血を引いた我が子がすでに生を与えられていたことに喜びが込み上げてきた。
 「百音さん、写真見せてくれてありがとう。体調は大丈夫なの?つわりとかそういう話、全然聞いてなかったし…。」と尋ねると、
「実は、つわりらしいつわりもないから気付くのが遅れてしまったの。ちゃんと食べられているし…。そういえば生理遅れてるなって思って、念のため検査薬試したら陽性反応出たから、すぐに病院に行って、本当に妊娠してるかどうか確認してもらったの。しいて言えば、最近眠気が強いかなって思ってた。寝ても寝ても眠いの。寝てばかりのせいか最近おばあちゃんが生き返った夢を見たから、あれが知らせだったかもしれない…。」と返答された。
 「ちゃんと食べられているなら安心したよ。眠くなるのもつわりの一種だよ。吐き気だけがつわりじゃないから。無理しないで眠れる時はよく眠ってね。そっか、おばあちゃんが教えてくれたのかもね。受胎告知ってやつかな。」と産婦人科医ではないけれど、医師らしいようなことを助言した。すると百音さんは
「この時期の赤ちゃんってものすごいスピードで細胞分裂を繰り返しているから、たぶん赤ちゃんの方に身体の血液とかエネルギーを集中させないといけないから、母体の方はなるべく寝かせて余計なエネルギーを使わないようになっているのかもしれない。さっきからネットでいろいろ調べていて、ふとそう思ったの。」なんて医師の僕より、冷静に分析していた。短い休憩時間では処理しきれない高揚感と動揺感を抱きつつ、ふわふわした気持ちで残りの仕事になんとか挑んだ僕はその日、医師としては失格だったかもしれない。でも父親になれた自覚をした日くらい、冷静沈着なクールな自分はどこかに脱ぎ捨てたかった。

《手をとった時 その繋ぎ目が 僕の世界の真ん中になった あぁ だから生きてきたのかって 思えるほどの事だった》 「Spica」

 仕事を終えて、思う存分百音さんと電話しながら歩いていた帰り道、いつもと同じ景色のはずなのに、全然違って見えた。東京の夜空ってこんなに綺麗だったっけ?ビルの隙間に佇むまんまるに近い月がいつも以上に美しく思えた。時折なびく夜風も心地良く思えて、マスク越しなのにいつもより空気がおいしく感じた。すれ違う子ども連れを見かける度に、僕も今年中にあんな風になれるのかな…なんて想像するだけで顔はにやついてしまった。まだたった3ミリの新たな命が百音さんの中で生まれようと必死に生きているんだと考えると、うれし涙も込み上げてきて、情緒不安定なまま帰宅した。電話越しの百音さんからは逆に「大丈夫?」と心配されてしまうあり様だった。

 「18日の夜、新幹線でなるべく早く帰るから。とにかく身体を大事にしてね。仕事も無茶しちゃダメだよ。」と言って電話を切った。その夜は、正直、何を食べたのかもよく覚えていない。たしか冷蔵庫に残っていたものを適当に食べて、ゆっくりお風呂に浸かって、一人でにやにやしながら、幸せを噛みしめつつ、なかなか眠ることのできない夜を過ごしていた。こんな僕の人生が今日まで続いていたのは我が子と出会うためだったんだと思えた。百音さんと出会い、我が子にも出会いたくて僕はきっと生きていたんだろうと…。とても幸せで、ちょっと照れくさくて、僕はちゃんと父親としての責任を果たせるだろうかという少しの不安もあった。この入り乱れる感情のすべてがこれまでの僕の人生のすべてだと思えたし、生まれる前から無意識に探していた人生の答えのような探し物はこれだったのではないかと思えた。

《魔法の言葉 覚えている 虹の始まったところ あの時世界の全てに 一瞬で色がついた》
《失くしたくないものを 見つけたんだって気付いたら こんなに嬉しくなって こんなに怖くなるなんて》 「アンサー」

 全然眠れないからベランダに出て18日の金曜日が満月だと知った丸い月をぼんやり眺めながら、近い未来に思いを馳せていた。百音さんと僕の子どもだから、百音と光太朗で、そうだな…男の子だったら、百太朗(ももたろう)、女の子だったら光音(みおん)なんて名前はどうだろう?我ながらけっこういいセンスしてるな。明日百音さんにメールで伝えてみよう。なんて我が子の名前を考えながら顔をほころばせていると、一筋の流れ星がぴかっと光り、すーっと流れて暗闇に溶けていった。僕は慌てて「僕らの赤ちゃんが健やかに育ちますように」と願いを込めた。流れ星に願い事をするなんて初めてのことだったと思う。そして間もなく、気持ちが一転する出来事が起きた。

 23時36分、カタカタと部屋が揺れ始めた。けっこう強い気がした。あの時の揺れに似ている気もした。3・11の時の地震によく似ていると気付くと嫌な予感がしてテレビをつけると、震源地は福島県沖でマグニチュード7・4と速報が流れた。宮城県登米市などでは震度6強を観測したと。福島沖と宮城沖に津波注意報も発令されてしまった。さっきまでいろいろ妄想して幸せを感じていたのに、一気に奈落の底に突き落とされた。慌てて百音さんに電話した。幸いすぐにつながりほっと胸をなでおろした。
「百音さん、地震大丈夫だった?転んだりしてない?」
「ありがとう。今のところこっちは大丈夫。気仙沼は最大震度が5弱で震度4程度の場所が多かったみたいで、登米の6強よりは弱かったから。でも津波注意報も出てしまったし、私、これから職場に行って、臨時放送しなきゃ。東京の会社から届く情報も集めたいし。」
妊婦だというのに、こんな夜中に職場に戻ると言い始めた。
「えっ?津波注意報も発令されてるのに仕事するの?まずは逃げた方がいいんじゃない?一人の身体じゃないんだから。」
僕はそう言って彼女の行動をくい止めようとしたけれど、百音さんは
「コミュニティFMは高台の安全な場所にあるから安心して。職場に行くことは避難するようなものだから。早く気仙沼の人たちに臨時ニュースを届けなきゃ。避難も促したいし。ごめん、忙しいから、またかけるね。」
なんて言うと、早々に電話を切ってしまった。たしかにコミュニティFMがある場所なら高台だから僕らが一緒に住んでいる市内のアパートよりは安全かもしれない。でもおなかに赤ちゃんがいるというのに、こんな夜中から仕事して身体に負担がかかって流産でもしてしまったらどうしよう。母体と子どもの命の両方を考えたら、妊娠初期は安静に過ごさなきゃいけないのに…。百音さんは使命感が強くて、自分のことより周囲のことばかり気遣う心配性だから、こういう時は言い出したら聞かないんだよな…。こうなったら明日、休みをもらって百音さんの元へ行こう。夫として彼女の無茶を食い止めないと。そんなことを考えながら、更新される臨時ニュースをずっと眺めていた。

 しかし、僕の思惑通りに事が運ばないことを翌朝になって知らされた。地震の影響で宮城県の白石蔵王駅付近で新幹線が脱線し、新幹線はしばらく不通となってしまい、復旧は早くても四月になるという。新幹線が使えないとしても、高速バス、何なら飛行機だってある。けれど、飛行機で仙台空港まで行けたとして、そこから先は電車やバスを使わないと気仙沼までは辿り着けない…。新幹線がストップした影響で、高速バスは長蛇の列だし、宮城県の在来線は新幹線同様、安全点検のため不通区間が多かった。百音さんからは
「新幹線が止まってしまったようなので、明日の金曜日、無理して帰って来なくていいからね。私ならしばらく仕事で忙しくて職場にいることが多いし、心配しないで。」なんて僕を突き放すようなメールも入った。妊婦だというのに、仕事仕事って大丈夫なのか?眠くて仕方ないみたいなことを言ってたし、おなかの子のためにも少しでも身体を休ませないといけないのに…。でもまだ初期だから、職場の人にも言えないんだろうな。こんな時、百音さんのお友だちの明日美さんとか、妹の未知さんが百音さんの側にいてくれたら心強いけど、二人とも東京だもんな…。なんてもどかしい気持ちでスマホを見つめていると、
「百音のことなら母として私に任せてください。あの子の様子なら私が見に行きますから。先生は東京でご自身の仕事を全うしてください。こういう時は『てんでんこ』にがんばるのが一番なんですよ。新幹線も止まってしまいましたし、どうかご無理なさらないで。」
という百音さんのお母さんから僕の心情を察するような連絡が入った。一人で途方に暮れていた僕はそのありがたいメールに救われた気がした。
「ありがとうございます。どうか百音さんのことをよろしくお願いします。お母さんが近くにいてくれて良かった、心強いです。」
そう返信し、百音さんのことはお母さんに任せて僕は大人しくいつものように職場へ向かうことにした。どんな手段を使ってでもすぐに会いに行きたい気持ちに変わりはなかったけれど、お母さんの言う通り、僕には僕が果たすべき使命があるんだと言い聞かせて、仕事に集中しようと思った。

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 二週間後、4月1日の金曜日、高速バスを利用して仙台へ向かった。そこからまた乗り換えて、今度は登米行きのバスに乗り込んだ。百音さんからどうしても最初にサヤカさんたちが住む登米の様子を見に行ってほしいと頼まれ、気仙沼に向かう前に、登米に立ち寄ることにした。
 4月2日土曜日の昼過ぎ、登米に到着すると、あちこちの道路に亀裂が入っており、陥没や隆起があることを目の当たりにすると、地震の大きさを実感した。街がそんな状況にも関わらず、変わらず頼もしいサヤカさんは明るく元気にふるまって僕を出迎えてくれた。
「おかえりなさい、菅波先生。よく来てくれましたね。モネの所に帰る前に寄ってくれたんでしょ?ありがとうね。登米なら気仙沼の帰りでも良かったのに。」
サヤカさんはいつでも「おかえり」と言って僕のことをやさしく歓迎してくれる。
「ご無沙汰してます。地震、大丈夫でしたか?百音さんが、まずはサヤカさんの所に行って、安否を確認してからでないと、気仙沼には帰ってきてはダメなんていうものですから…。」
「あははは。菅波先生はすっかりモネの尻にしかれちゃってるね。モネも随分、強くたくましくなったものだよ。地震は…まぁ…被害がなかったとは言えないけど、米麻の森林組合とカフェと診療所ならなんとか持ちこたえてくれて被害は最小限で済んだよ。風車はちょっと破損しちゃったけどね…。」
そう言ってサヤカさんは風車の方を見上げた。
「風車…破損しちゃったんですか。僕、あの風車を見る度にあー登米に帰ってきたんだなってしみじみ思ってました。米麻のシンボルですし。登米の強い風を感じられるあの風車が好きでした。」
「モネだけじゃなく、菅波先生も変わりましたね。良い方向に。前は米麻診療所に来るのが億劫そうに見えて、本当はこんな田舎の登米のことなんて好きじゃないんだろうなって思ってたんですよ。口数も少なくて、風車が好きなんて聞いたこともなかったですし。うれしいですよ、米麻のシンボルを密かに好きでいてくれたこと。」
「サヤカさんが仰る通り、初めは…特に百音さんと出会うまでは登米のことなんて本当はあまり興味がなかったんです。中村先生に頼まれたから仕方なく、通っていただけで。でも…いつの間にか、東京にいると登米が恋しくなっている自分がいることに気付いて。米麻から離れる時は、寂しくなったりしていたんです。」
「それってモネに対する恋心と似ているかもしれないね。気付いたら好きになっていたとか、いないと寂しいとかね…。菅波先生が米麻を好きになってくれたのはモネのおかげなんだ。私もモネに感謝しないとね。」
サヤカさんはニヤっと微笑みながらそう呟いた。
「たしかに…恋心に似ているかもしれません。百音さんには敵いませんよ。ところで、今日って森林組合はお休みですよね?あの子たちは何をしてるんですか?」
森林組合の片隅で数人の子どもたちが何やら小さな木片を触っていることに気付いた。
「あぁ、最近は子どもたちのために休みの日は森林組合やカフェを開放して、遊ばせているんだよ。ミニ組手什っていうのを試作していて、子どもたちがよく遊ぶブロックみたいな感じに好きに組み立てて、好きな形を作るとかね。ミニサイズは子どものおもちゃにぴったりだと思って。けっこう評判いいんだよ。」
「あーなるほど。ブロックですか…レゴみたいなものですかね。たしかに小さいサイズの組手什だとおもちゃ感覚で遊べますね。でもしっかり強度はあるから、ドール用の家具なんかも作れそうだ。」
「そうそう、子どもたちの発想は豊かだから、私たちが想像しないものまで作ったりしてね。逆に勉強にもなるんだ。どうしても木材と言えば、利益を上げるためにも商品化しやすい椅子やテーブルなど大き目のものを考えてしまいがちなんだけど、加工する際、余った木片とか、捨てられてしまうような小さめの木材も何かに利用できたらって思ってね。最近は、SDGsの影響もあって、なるべく木を無駄なく使い切るため、すぐには利益につながらないかもしれないけど、いろいろ試行錯誤して商品化してるんだ。」
「へぇー米麻森林組合もSDGsに取り組んだり、いろいろがんばっているんですね。すごいな…。」
「先月の地震があった影響で、登米のショッピングセンターの中のゲームセンターが大々的に壊れて今閉鎖されている影響もあって、子どもたちが遊べる場所が少なくなってしまったから、楽しく遊べる場所を提供したいという思いもあってね。もうすぐ終わってしまうけれど、せっかくの春休みだし。」
「閉鎖されているゲームセンターもあるんですか。よっぽどひどい被害を受けたんですね…。それじゃあ子どもたちはこういう風に遊べる場があって、うれしいでしょうね。」
サヤカさんと僕がこんな話をしていた所に集団の輪に入ることなく、ぽつんと一人きりで遊んでいた男の子が駆け寄ってきた。そして僕は周囲に馴染めなかった子どもの頃の自分を思い出していた。
「姫、この人だれ?」
どうやら子どもたちからもサヤカさんは姫と呼ばれているらしい。
「この方は以前、米麻診療所に勤めていたお医者さまの菅波先生よ。東京から心配して来てくれたの。」
「お医者さまなんだ…。初めまして、ぼくは小学五年生になった犬井(いぬい)です。菅波先生、ぼく…なんだかおなか痛い気がするから診察してくれませんか?」
「初めまして、犬井くん。おなか痛いの?診療所でちょっと見てみようか。えっと…下の名前は?」
なかなか教えようとしない犬井くんに代わってサヤカさんがこっそり僕の耳元で小声で教えてくれた。
「犬井くんね、桃太郎(ももたろう)って名前なの。その名前が気に入らないらしくて、名字しか言おうとしないの。素敵な名前なのにね。」
桃太郎って子どもからすればそんなに恥ずかしい名前なのか?僕は自分の子どもが男の子だったら百太朗って名付けたいと考えていたのに…と少しショックを受けた。
「じゃあ犬井くん、おなか見せてね。念のため、喉も見ておこうか。」
僕は彼の口を開けて喉を見てから、身体に聴診器を当てた。心拍に異常はなかった。
「おなかが痛いってことは、もしかしておなか壊してる?熱はないけど、腸炎かな…。」
彼は少しもじもじした後、ぽつりとこう言った。
「下痢とかはないけど…春休みが終わってしまうことを考えると憂鬱になるだ。それでおなかが痛くなって…。」
なるほど、そういうことか、後一週間で学校が始まるから精神的に胃が痛くなっているということかと考えた。
「犬井くんは、春休みとか休みの方が好きなの?学校、嫌いなの?」
「学校が嫌いというより、友だちが苦手なんだ…。僕の名前のこととかからかうし。」
もしかしたら桃太郎という名前でいじめられているのかもしれないと気付くと不憫になった。
「さっきサヤカさんからちらっと教えてもらったけど、先生は犬井くんの名前、良い名前だと思うよ。自分に子どもができたら「ももたろう」って名付けたいと考えていたくらいだし。」
「菅波先生…。ももたろうなんて名前だけはやめた方がいいよ。名前負けしない性格の子ならいいけどね。僕は桃太郎って名前なのに、全然強くなくて臆病で弱虫だからいじめられてるんだ。のろまで運動は苦手だし、勉強もできる方ではないし、何の取り柄もないんだ。それに家来をきびだんごで釣って、何もしてない鬼を退治して宝を奪った桃太郎は鬼より悪いなんていう子もいるし、けっこうこの名前で苦労してるんだよ。そう言えば、先生の名前は何ていうの?」
そんなに名前って子どもの人生を左右するものなのか…僕はそこまで深く考えたことがなかった。そもそも最近は名前をからかったりしちゃダメって、あだ名禁止ルールのある学校もあるって聞くけど、ちょっとイメージの強い名前だと犬井くんみたいにつらい思いをする子もいるのか。もっとよく考えないといけないかもしれない…。
「先生の名前は光太朗(こうたろう)です。光る太朗って書きます。」
僕の名前を聞いた瞬間、彼は急に目を輝かせた。
「えっ?先生ってコータローっていう名前なの?僕のお父さんと同じ名前だよ。僕のお父さんは幸せに太郎って書く幸太郎だけどね。」
「へぇー犬井くんのお父さんもこうたろうさんなんだね。お父さんは何をしている人なの?」
彼は少し寂しそうにこう呟いた。
「僕のお父さんは、僕が生まれる前に震災の津波で死んでしまったんだ。だから僕はお父さんの名前しか知らなくて…。」
申し訳ないことを聞いてしまったとすぐに後悔した。
「そうだったんだ。ごめんね、急に聞いてしまって…。」
「大丈夫だよ。僕の方からお父さんの話をしたんだし。それより菅波先生のこと、コータロー先生って呼んでもいい?知らないはずのお父さんを思い出せる気がするから…。」
「もちろん構わないよ。名前なら犬井くんの好きに呼んで。」
「ありがとう、コータロー先生。それで、おなか直すお薬はもらえないの?」
「犬井くんの場合、ストレス性胃腸炎だと思うから、急にお薬は処方できないかな…。もう少し様子見ないと…。あまり学校が嫌とか、からかわれるとか考えすぎないで過ごしてみて。少なくとも僕は犬井くんの名前が好きだから、自信をもって。でも初めて会った僕に言われたくらいじゃ自信もてるわけないか。」
「お薬はもらえないのかー残念。コータロー先生に桃太郎って名前を好きって言われてもな…。すぐには良い名前なんて思えないよ。はぁー来週からの学校が憂鬱だよ…。」
「今は学校のこと考えないで、ここで春休みを楽しめばいいよ。ちなみに僕もあまり友だちはいなくて、犬井くんみたいに一人で過ごすことの方が好きな子どもだったんだ。そんな僕でもこうしてなんとか大人になれたし、犬井くんも大丈夫だよ。学校なんて一生続く場所じゃないし。もしも本当に辛かったら休むのだってありだと思う。」
小学生に学校を休んでもいいなんてアドバイスした僕は医師としては失格なのかもしれないけれど、もしも自分の子どもが犬井くんのようにからかわれて学校がつらくなっているとしたら、きっと学校を休んでもいいよと親として言いたくなるから、そうアドバイスした。
「ありがとう、コータロー先生。僕、これからもどこか痛くなったらコータロー先生に見てもらいたいな。何だかおなか痛いの治った気がするよ。」
「痛いのが治って良かったよ。でもごめんね、僕は普段東京の病院で勤務しているから、ここにはめったに来られないんだ。今日はたまたま来ていただけで…。」
「なんだ、そうなんだ。残念。コータロー先生が米麻診療所の先生だったら良かったのに。僕のうち、すぐそこなんだ。歩いて来られる距離だから、春休みの間は姫のところで遊んでいたんだ。」
「そっか、近くに住んでいるんだね。たまには顔出すよ。何しろ昔はここで働いていたから。」
「うん、コータロー先生が来るの、楽しみに待っているからね。」
笑顔の戻った犬井くんはまた組手什ブロックで遊び始めた。

 友だちが苦手という彼の話を聞いて、僕は学生時代の自分を思い出した。僕も学校や勉強そのものは嫌いじゃなかったけれど、人見知りで愛想の良くない僕にはなかなか友だちができなくて、教室に居場所がないと感じることがあった。別にいじめられていたとかそういうわけじゃないけれど、人と関わりたくなくて、ただ黙々と勉強をこなしていた。学生時代は人と関わることを怖いと思う性格が強かった気がする。極力誰とも関わりたくなかった。でも社会に出て、医師になって患者さんや同僚と接するうちに随分鍛えられたと思う。特に米麻に来てサヤカさんや百音さんと出会い、閉じていた僕の心を無理矢理こじ開けてくれて、心の傷をそっと手当てしてもらえたから僕は変われたんだと思う。僕も昔の自分みたいに弱っている犬井くんの力になれないだろうかとふと思った。

《太陽が忘れた路地裏に 心を殺した教室の窓に 逃げ込んだ毛布の内側に 全ての力で輝け 流れ星》 「流れ星の正体」

 「犬井くんから聞いたんですが、犬井くんってお父さんを津波で亡くしているそうですね…。震災時は沿岸部に住んでいたんでしょうか?」
そして僕はまたサヤカさんと話し始めた。
「あぁ、犬井さんは震災後に米麻に引っ越して来たんだ。厳密に言えば、犬井くんのお母さんの実家が米麻だったから、戻ってきたというか…。桃太郎くんを身ごもって間もなく旦那さんを亡くしたらしく、本当に気の毒だよ。旦那さんが福島の人で、震災当時は福島にいたんだけど、原発事故の影響もあってね、すぐに引っ越して来たんだ。妊婦は特に放射能に気を付けないといけないって言われていた時期だからね。米麻のご両親も数年前に他界してしまって、犬井さんは今じゃあ桃太郎くんと二人暮らしのシングルマザーなんだ。」
「そうなんですか…。犬井くんってお母さんも含めて二人で苦労して生きてるんですね…。そういう人たちの支えになれるような医者になりたいものです。」
僕は今の百音さんのように身ごもった妻を置いて先立たなければならなかった旦那さんはどんなに悔しかっただろうか、きっと桃太郎くんの誕生を待ちわびていて、一目会いたかっただろうと我が子の誕生を待つ今の自分と重ね合わせてしまった。そして一人きりで桃太郎くんを育てているお母さんはどんなにたいへんだろうと不憫に思えた。
「菅波先生はもうすでに弱い立場の人たちの味方になれる医者になってますよ。桃太郎くんだってコータロー先生なんて言って、すぐに打ち解けていたし。昔の菅波先生と比べたらすっかり変わって、子どもにも好かれるようになって本当に良かった。これならいつ父親になっても安心だ。」
サヤカさんはまたニヤっと微笑んで僕の目を見つめた。
「もしかして…サヤカさんもすでにご存知ですか?百音のこと…。」
てっきり百音さんは僕と気仙沼の家族にしかまだ報告していないものとばかり思っていたけれど、この様子だとどうやらサヤカさんにもすでに教えたらしい。
「えぇ、3月16日の午後、モネから電話で教えられました。おめでただって。しかも菅波先生より、誰より真っ先に私に連絡したと。」
「えっ?僕より、お母さんよりも先にですか…。」
当然、僕に一番に連絡してくれたものばかりと思っていたから、少しショックを受けてしまったけれど、その後のサヤカさんの話を聞いて納得できた。
「モネは気象予報士試験の時に私に合格したことをなかなか伝えられなかったことを未だに悪かったと思ってるんでしょうね。そんなこと私は気にしてないのに。あの子はそういうところあるから…。そもそもあの時、なかなか打ち明けなかったのは私のことを思いやってくれていた意味もあるわけだし、本当にやさしい子だよ。でもちゃんと言っておきましたよ。こういうことは私じゃなくてまずは旦那さんに伝えるのが筋だって。私は赤の他人なんだからねと。」
「サヤカさんから教えてもらえて良かったです。百音さんはそんなこと僕には話してくれませんから。まさかサヤカさんが一番に知った人だったとは…。負けました。でも百音さんのそんなところが好きです。きっとサヤカさんは赤の他人なんかじゃなくて、家族同然なんですよ。僕もサヤカさんのことはそう思ってます。だからサヤカさんが一番で良かったです。」
「菅波先生にそう言ってもらえて安心したよ。これで気象予報士試験合格の時とおあいこだね。」
「そうですね、あの時は僕が開封に立ち会っていいのかと内心ヒヤヒヤしてました。今のサヤカさんの気持ちがよく分かります。サヤカさんと一緒に合否確認するのが筋だろうって思ってましたから。」
「でもまぁ、あの時は勉強を教えていたのは菅波先生だったからね。私はただの同居人で。でも今回、一頭先に教えてもらったから、うれしくてモネの出産に立ち会いたくなったよ。」
「出産の立ち会いはいくらサヤカさんでも譲れません。僕に任せてください。ちゃんと見届けますから。」
「あははは、冗談だよ。菅波先生、そろそろ気仙沼行きのバスの時間だよ。今日は本当にありがとうね。モネにもよろしく伝えて。まずは自分の身体を大切にねって。」
「こちらこそ、ありがとうございました。サヤカさんもモネがなかなか来られない分、良かったら気仙沼に遊びに来てくださいね。」
「ありがとう。いずれモネに会いに行かせてもらうよ。」
サヤカさんとの別れ際、犬井くんがやって来て、
「今日はありがとう。またね、コータロー先生。さっきのお礼に、これあげる。」
と言って、ポケットから取り出したガムをひとつ僕にくれた。僕は「ありがとう、犬井くん。またね。」と言って、気仙沼行きのバスに乗り込んだ。一番奥の席に座り、犬井くんがくれたガムを味わいながら、車窓から流れる懐かしい景色を眺めていた。そのガムは百音さんがちょっと苦手で僕の好きな味のガムだった。

《持て余した手を 自分ごとポケットに隠した バスが来るまでの間の おまけみたいな時間》 「話がしたいよ」

 夕方、ようやく百音さんのいる気仙沼に到着した。
「やっと会えた…。」
まるで数年越しの再会のように僕は百音さんを抱きしめた。
「光太朗さん、大袈裟ですよ。ほんの数週間ぶりじゃないですか。一年以上会えなかった頃もあったんですから。」
百音さんが呆れたように微笑みながら言った。
「あの頃とはわけが違うよ。何しろ僕は自分の子どもを認識して初めて対面したんだから。初めまして、百太朗または光音、お父さんのこと分かるかな?」
僕はまだ少しも目立たず以前と変わらないように見える百音さんのおなかに向かって話しかけた。
「光太朗さん、まだほんの8週の子に向かって話しかけても聞こえるわけないじゃないですか。気が早過ぎですよ。それに「ももたろう」と「みおん」って名前までもう考えてるんですか?」
「8週とは言え、妊娠が分かった3ミリの時と比べたら随分成長したじゃない。もう2センチ近くになっていて、点どころか二頭身になって、もう立派な胎児じゃないか。最新のエコー写真を見せてもらう度に僕は感動しているんだ。百音さん、本当にありがとう。だから名前だって考えてしまうよ。でも「ももたろう」って名前は少し考え物なのかもしれないとさっき登米で思ったよ…。」
「たしかに当初と比べたら、赤ちゃんらしくなってきたなって私も思う。エコー写真も感動するけど、モニター越しに心拍確認させてもらう度にもっと感動するの。私の中で赤ちゃんの心臓が動いていてちゃんと生きてるんだって証を見せられたら、本当に幸せな気持ちになれるの。きっと光太朗さんが見たら泣いちゃうね。ところで登米で何かあったの?サヤカさん元気だった?」
「赤ちゃんの心拍、僕も確認したいなぁ。今度病院について行こうかな…。サヤカさんなら変わらず元気だったよ。地震で風車は少し壊れてしまったらしいけど、他の建物は大丈夫だったし。そこで桃太郎くんって小学生と出会ってね。名前のことでからかわれているって教えられて、ももたろうって名前は考えものかなって思ったんだ。僕はとても気に入っているんだけど…。」
「もう少し大きくなって赤ちゃんが動くようになった頃にでも見せてもらえばいいじゃない。お父さんが同行するのはまだ早すぎるよ。風車…壊れてしまったんだね。でもサヤカさんが元気で安心した。本当は妊婦じゃなかったら、すぐに登米に行きたかったの。今は無理できないから、断念したけど…。サヤカさんに会いたいなぁ。ももたろうくんって小学生と出会ったんだ。名前でからかわれるなんてかわいそう。でも私もそんなに悪い名前だとは思わないけど。私もももねだから親近感あるし。」
「10週くらいになれば心音が聞けるはずだから、同行させてよ。サヤカさんも百音に会いたがっていたよ。何しろ僕より先に赤ちゃんのこと知ったのがサヤカさんらしいじゃない?本当にうれしそうだったよ。百音さんが気に入ってくれたなら、ももたろうって名前もやっぱり良いよね。その子、子どもの頃の僕に似ている気がして放っておけなかったよ。友だちがあまりいないみたいでさ。」
「サヤカさんから聞いちゃったんだ…。一番に教えるのは旦那さんでしょって後で怒られちゃった。でも私は誰より先にサヤカさんに伝えたくなったの。だってサヤカさんが登米にいたから、私は登米に行くことになって、光太朗さんとも出会えたんだもの。サヤカさんは私にとっておばあちゃんのようであり、家族同然だし。大切な人だから、一番に教えたくなったの。きっと一緒に喜んでくれるって信頼してるし。だから…ごめんね、光太朗さん。」
百音さんは少し申し訳なさそうな顔をして呟いた。僕はそんな百音さんのことがもっと愛しく思えた。
「百音さんのそういうところが好きですよ。」
そう言って、僕はまた百音さんとそれからおなかの中の子を抱きしめた。僕が好きな歌詞の一節にある「ベイビーアイラブユーだぜ」ってまさにこういうことを言うんだと思う。

《君と会った時 僕の今日までが意味を貰ったよ》
《世界がなんでこんなにも 美しいのか分かったから》
《この体 抜け殻になる日まで 抱きしめるよ》 「新世界」

 その日の夜、久しぶりに百音さんと手をつなぎながらゆっくり横になっていた。
「改めて体調はどうなの?ずっと電話だけじゃなくて、面と向かって話がしたかったんだ。」
「相変わらず吐き気みたいなつわりは起きないから、ラクな方だとは思う。でも、なんとなく和食よりは洋食の方が食べやすくて、お味噌とかしょうゆ系の味付けよりはさっぱりした塩味とか逆にこってりしたカレー味とか食べたくなるの。お母さんが持ってきてくれる煮物とかも食べられないことはないんだけど、そこまで食べたいとは思えなくて…。最近は毎日フライドポテト食べてグレープフルーツジュースを飲んでるの。あとハンバーガーとかカレーパンとかサンドイッチとか、なぜか餃子とか。お茶やコーヒーもあまり飲みたいとは思えないんだよね。フライドポテトやハンバーガーは去年、気仙沼にマクドナルドが復活したから、すごく助かってるの。」
「それってやっぱりつわりじゃない?妊娠初期は何でも食べられるものを食べた方がいいけど、初期を過ぎたら塩分の摂り過ぎは良くないし、塩系もほどほどにね。グレープフルーツジュースは赤ちゃんに大事な葉酸もとれるし、適度に続けた方がいいよ。お茶やコーヒーのカフェインはあまり良くないし。それにしても僕よりこってりしたもの食べてるね…。百音さんは胃腸が丈夫なんだな…。」
わりと食欲旺盛そうな彼女の話に僕は感心してしまった。
「こういう時、胃腸が丈夫で良かったなってつくづく思う。健康に産んでくれたお母さんに感謝しなきゃね。私、最近思うようになったんだけど、食べたいものって赤ちゃんが欲している食べ物なのかなって。もちろん自分が生きるために食べるんだけど、でもそれ以上に赤ちゃんのために食べてるんだって自覚が芽生えてきて…。自分が食べたものがそのままこの子の栄養になるんだものね。この子のためにちゃんと栄養バランス良く食べなきゃって思ったり。睡眠だって、入浴だって、何でも全部この子のためだって思えるの。ちゃんと育てて無事に産んであげるために自分は健康でいなきゃって。妊娠するまでこんなこと想像したこともなかったのに、不思議…。」
そう言えば百音さんの顔つきが何となく以前とは違って見える気がした。母親としての自覚が芽生えたからだろうとこの話を聞いて気付いた。
「百音さん、すっかりお母さんになってるね。きっと赤ちゃんが眠っていた母性を目覚めさせてくれたんだよ。やっぱりそういう感覚は母親ならではの感覚だよね。僕はどんなに我が子が愛しいと思えても、自分の栄養を与えてあげることはできないから、直接栄養をあげられる百音さんが羨ましくも思えるよ。僕はいつになったらちゃんとした父親になれるのかなぁ。やっぱり生まれてからしか父親にはなれないもなのかな。」
「光太朗さんもすでにお父さんになっているから大丈夫。だっておなかの子に話しかけたり、名前を考えたりしているくらいだもの。」
「ありがとう。百音さんにそう言ってもらえたら自信もてるよ。」
その後、百音さんはこんな話を僕に教えてくれて、同じ気持ちだったんだと知り、妙にうれしくなった。
「光太朗さん、あのね…。まだ言ってなかったけど、この子がおなかにいるって病院で確認してもらった日の帰り道にね、不思議な感覚に襲われたの。見慣れているはずの空や海、いつもと変わらない景色のはずなのに、全然違って見えたの。あーこの世界ってこんなに美しかったんだと改めて気付かされた気がして…。この子が世界の美しさを教えてくれた気がしたの。眩しい太陽の光や海風の匂いが愛しく思えて、いつもの景色に妙に感動を覚えたの。公園で遊ぶ子どもたちを見つけて、この子もいつかあんな風にあの公園で遊ぶのかななんて想像してしまったり…。でも感動や喜びと同時に、一抹の不安も込み上げてきたの。この世界はたしかに美しいけど、でも幸せなことばかりじゃないし、時に不幸せな出来事も訪れてしまう。むしろ一生で考えれば、幸せなことより不幸せなことの方が多いかもしれない。私があの時、気仙沼にいなくて少しのトラウマを抱えてしまったように、不幸も避けられないのが人生じゃない。生きるってそういうことだから…。だから、この子にもいつか不幸せなことが訪れるかもしれないと思うと、その時、ちゃんと守ってあげられるか、そばにいてあげられるかって考えたら怖くもなってしまったの。でもやっぱりこの子のこれからの人生、どんなことが起きようとも、この子が教えてくれたこの美しい景色を早く見せてあげたいとも思った。うまく言えないけど、不幸せな出来事も避けられないけど、ささやかな幸せをちゃんと教えてあげたいって思ったの。」
「百音さん…僕も同じ気持ちでしたよ。妊娠したって教えられた日の帰り道は景色がいつもと全然違って見えた。百音さんと電話でしゃべりながら、見るものすべてに感動していました。すれ違う親子連れにもね…。でも、さすが母親の百音さんには敵わないな。僕はこの子にもいつか訪れるかもしれない不幸せまでは想像できていなかった。想像不足でした。たしかに幸せなことよりも不幸なことが多い人も世の中にはいるし、生きているうちに一度も不幸せなことを経験しない人なんていない。僕だって長い事、知らないうちに増やしてしまっていた心の傷を見て見ぬふりをするような人生を送っていて、あまり幸せを感じられない時期もたしかにあったし。でもそんな時、百音さんと出会えた。百音さんが僕の心の傷にそっと寄り添ってくれて、僕はこうして幸せになれた。だから結局、不幸せなことが起きたとしても、どう対処するかですよね。放置して一生不幸のまま過ごすか、誰かと出会って、不幸せを幸せに転換することができるかどうか…。僕はこの子がピンチの時、僕ら親以外にも寄り添ってくれる大切な誰かができたらいいと願っています。そういう出会いをもてる人に成長してほしい。僕が百音さんと出会えて変われたように、そんな幸せをこの子にも経験させてあげたい。大切だと思える人と出会える人になってほしい。間違いなく、僕は百音さんと出会えて、幸せになれましたから。」
「あの日、光太朗さんも同じ体験をしていたなんてうれしい。その通りだね…。たとえ不幸せな出来事に襲われても、その時、どう対処できるかで人生は変わりますよね。私もどん底みたいな心境の時、光太朗さんやサヤカさん、朝岡さんなど何かを教えてくれる大切な人たちと出会えたからこそ、立ち直ることができたの。人との出会いって大切ね。人だけじゃなく、空や森や海という自然との出会いも。この子にはたくさんのものに触れさせて、たくさんの人と出会って、好きなもの、これだって思える一生の宝物を見つけさせてあげたい。不幸なこと以上にこの世界にはこんなに幸せなことが起きるんだよって教えてあげたい。」
「僕らの子ならきっと大丈夫だよ。何しろ僕らはしばらく人生をこじらせていた時期もあったけど、心の傷を手当てしてくれるやさしい人たちに恵まれて、今じゃあこうして誰よりも幸せになれたじゃない。僕は最初から人生は幸せなことばかりじゃないよと、少しの擦り傷や不幸せなら仕方ないんだ、お父さんと一緒に乗り切ろうと子どもに伝えるつもりだよ。幸せなことばかりだよという綺麗事でごまかしたくないから、正直に教えるつもりです。その傷の先に得られる幸せもあるから大丈夫だよってね。」
「そんなことを言ってくれる光太朗さんがこの子の父親で本当に良かった。私もなるべくこの子には正直に人生を教えたいと思う。人生は綺麗事ばかりじゃ済まないけど、時に綺麗事が必要な時もあるよとか、もしも傷を負った時は、一人で抱え込むよりちゃんと周りの人に手当てを求めるんだよって。そうやってなるべく幸せに生きていく術をたくさん教えてあげたいな。」
そんなことを言う百音さんの瞳はいつも以上にまっすぐで澄んで見えた。
「百音さんは母親になって以来、精神的にたくましく、さらに思いやり深くなったように見えるよ。それはきっと子宮の中で免疫寛容が起きているからかな…。普通、身体は自分の細胞以外は排除してしまうようにできているんだけど、子宮だけは特別で、パートナー由来の細胞もちゃんと受け止めるようにできているんだ。そもそもそういう仕組みじゃなきゃ、妊娠は成立しないわけだけど。よく考えたら、すごいことなんだよ。移植手術とかで他者由来の細胞は攻撃されてしまって、拒絶反応が起きることがしばしばなんだけど、子宮内ではなぜかそれが起きない。だから海外では代理母も可能なわけで…。つまり何を言いたいのかというと、百音さんは強くて寛容な母になったなと思うんだ。そしてこんな僕の細胞の一部を受け入れてくれてありがとう。僕は本当に感動しているんだ。百音さんと僕の半々ずつの遺伝子をもった子の命が今、百音さんのおなかの中で生きているのかと思うと、何度でも泣けるよ。」
思わず目に涙を浮かべてしまった僕に百音さんはやさしくこう言った。
「免疫寛容なんて難しいことはよく分からないけど、でも子宮の中で日々、すごいことが起きていることは実感しているよ。そっか、私は前よりたくましく、寛容になれたのかな…。それならうれしいな。そうさせてくれたのはこの子よ。この子のおかげ。この子を授けてくれたのは光太朗さんだから、私も光太朗さんに感謝してます。輪光太朗さんと私の遺伝子の中には、それぞれの親族の血も含まれるわけだから、私は亡くなったおばあちゃんやさらに先代の人たちの血がこの子に受け継がれているのかと思うと、亡くなった人たちがこの子の中で生きている気もして、うれしくなるの。この子には会いたくてももう会えない人たちの面影もきっと宿っているから、会えるのが楽しみなの。」
「そうだね。僕らだけじゃなくて、それぞれの親族の血も少しずつ受け継がれているだろうから、そう考えるとこの子は亡くなった人たちにとっても未来の希望だね。子孫の中で生き続けることができるんだから…。おばあちゃんが生き返った夢って正夢なのかもしれないね。僕も会えなかった百音さんのおばあちゃんの面影も感じられるかもしれないこの子に会えるのが本当に待ち遠しいよ。」
「なんだか眠くなってきちゃった…。今夜は光太朗さんとたくさん話せて良かった。」
「ごめんごめん、ついつい長話しちゃったね。今夜も夢でおばあちゃんと会えるといいね。おやすみ。」
「うん、おやすみなさい。」
こうして僕らは長話に花を咲かせた後、手をつないだまま眠りについた。

《まぶた閉じてから寝るまでの 分けられない一人だけの世界で 必ず向き合う寂しさを きっと君も持っている》
《どうしてわかるの 同じだったから》
《そうしたいと思うのは そうしてもらったから》 「Small world」

 百音さんと過ごせる貴重な時間を名残惜しみつつ、翌日の夜の夜行バスで東京に戻った僕は、新たな気持ちで仕事に励もうとした。しかし子どもが生まれることだし、まだ新年度は始まったばかりだけど、来年度はまた宮城の病院で働くことができないだろうかと考え始めた。また米麻診療所か、気仙沼市内の病院でもいいし、仙台でも構わない。なるべく百音さんと子どもの近くで働くことができたらいいのにと考えるようになった。

 そんな時、中村先生から思いがけず良い誘いをもらった。また米麻診療所が人手不足だから、手伝ってくれないかと…。しばらくの間はまた東京の病院と掛け持ちで往復生活してもらうことになるけど、どうかと半ば強制的に頼まれた。前と違って僕は渋々どころか喜んで中村先生の依頼を引き受けた。

 4月14日、新幹線が全線再会したタイミングで宮城に向かい、まずは二週間ほど、米麻診療所で勤務できることになった。
その日の夕方、診療所に到着すると、中村先生が何やら頭を抱え込んでいた。
「中村先生、どうかされたんですか?何か悩み事ですか?」
「おー菅波先生、よく来てくれたね。悩み事ってほどじゃないんだけど、最近よくうちの診療所に来る男の子がね…どうやら仮病らしいんだけど、いつも薬をほしがるんだよ。何か処方してくれって。」
まさかと思った僕の直感はやっぱり当たっていた。間もなく、彼がやって来た。
「中村先生、お薬…。えっ?コータロー先生!」
優れない表情をしていた犬井くんは僕を見るなり、笑顔を見せてくれた。
「ひさしぶり、犬井くん。しばらくここで働けることになったよ。」
「ほんと?やったー。中村先生は厳しくて、全然お薬出してくれないんだもの。」
「まさか菅波先生…犬井くんにお薬処方したことあるの?」
疑うような形相をした中村先生から尋ねられた。
「えっ?薬は処方したことないです。一度だけ診察しただけで…。」
「それなら良かった。だって血液やらいろいろ検査しても、どこにも異常は見られないからね。精神的なものかもしれないけど、眠れないとか食べられないってこともないみたいだし、それなら薬を出す必要はない状態だから。医学的見地で健康な小学生にむやみに薬を勧められないし。」
中村先生は困った顔をしてぶつぶつ言っていた。
「これからは僕、コータロー先生に見てもらえるよね?」
「そうだな、コータロー先生に任せるとするよ。俺は少々手こずっていたんだ。」
中村先生は「よろしく頼むよ」と言って、ぽんと僕の肩を叩いた。

 犬井くんと診察室に二人きりになり、米麻診療所に復帰して初めての診察を始めた。
「犬井くん、毎日のように診療所に来ているらしいけど、本当にどこか具合悪いの?中村先生が調べてくれた犬井くんの身体は健康体だよ。」
僕は犬井くんのカルテの血液検査の数値などを確認しながらそう言った。
「コータロー先生だから話すけど…。コータロー先生は前に言ってくれたよね?本当につらい時は学校を休んでもいいって。でもぼくのお母さんは学校は休まずにちゃんと行きなさいって言うんだ…。風邪とか病気なら休ませてくれるから、ぼく、病気になりたくて…。ほら、お薬の副作用で熱が出ることもあるでしょ?だから何か強いお薬がほしかったんだ…。ぼくあまり熱も出ないし、身体だけは丈夫で学校も休めなくて困ってるんだ。」
正直に打ち明けてくれた彼に対して僕はたしなめることなく、なるべくやさしく言葉を伝えようと思った。
「犬井くん、たしかに僕は本当につらい時は学校を休んでもいいと思うと言ったよ。でも犬井くんのお母さんがその考えに反対なら仕方ない。お母さんにはお母さんの思いがあるだろうから。でも、お母さんが病気なら休ませてくれるからといって、本当に病気になるため、薬を欲しがってはいけないと思うよ。お薬は本当の病気で困っている人にしか処方できないからね。何より健康な小学生の犬井くんには必要のないものなんだよ。友だちとうまく付き合えるようになれば、学校に行きたくないとはならないよね。薬じゃなくて、その問題を解決しないと…。」
犬井くんを諭しながら、何か良い方法はないかと考えていると、頼りになる人が顔を覗かせてくれた。
「あら、簡単なことよ。」
サヤカさんが医者でも解決できそうにない小学生の悩み事を解決できるかもしれないヒントを教えてくれた。
「人とのいざこざは誰か他の人たちがフォローしてあげればいいのよ。温かい場所で温かい人たちと触れ合えれば、悩み事は知らないうちに解決できたりするものよ。こんな時、助けてくれそうな人がいるじゃない?専門家がすぐ側に。」
そう言って微笑んだサヤカさんは突然誰かに電話をかけ始めた。
「もしもし、亜哉子さん?突然、ごめんなさいね。今ってそちらにモネもいるのよね?私、モネに会いに行っていいかしら?今、菅波先生と一緒なんだけど、小学生の男の子も一緒に連れて行きたいんだけど、明日金曜の夜から伺ってもいいかしら?」
専門家というのは小学校の教諭だったお母さんのことだった。なるほど、小学生の悩み事は百音さんのお母さんを頼ればいいのか。
「サヤカさん、百音さんのお母さんに相談するのはナイスアイディアだと思うんですが、犬井くんのお母さんにも許可を頂かないと、勝手に連れていくわけにもいかないと思うんですが…。」
僕の心配をよそに要領の良いサヤカさんは、僕の肩をポンポンと叩き、
「心配しないで。私の方からちゃんと犬井さんに説明するから。」
と言うとサヤカさんは犬井くんを家に送って行った。

 翌日15日の午後、学校が終わった頃に、サヤカさんは犬井さんの家に向かい、犬井くんが必要な荷物も抜かりなく持参して犬井くんと一緒に診療所に戻ってきた。
事情を知った中村先生はそういうことならと、僕の診療時間を少し早めに切り上げさせてくれた。
「さぁ行きましょうか、菅波先生、犬井くん。」
少々強引でやさしいサヤカさんに促されるまま、彼女と犬井くんと僕は気仙沼行きのバスに乗り込んだ。珍しい組み合わせの三人で後部席に並んで座った僕は少し緊張してしまった。この緊張感はあれだ。そう、偶然、百音さんと鉢合って、一緒に登米まで帰ったバスの雰囲気に似ている…。僕の緊張感はお構いなしに、二人は話を弾ませていた。
「姫、なんで僕まで気仙沼に行かなきゃいけないの?コータロー先生と一緒に過ごせるのはうれしいけどさ。」
「コータロー先生のお嫁さんの実家が気仙沼で、コータロー先生はこれからお嫁さんのいる家に戻るから、週末はみんなで遊びましょうってこと。そのお嫁さんはモネと言ってね、私は昔一緒に暮らしていたの。孫みたいなものなの。」
「へぇーコータロー先生のお嫁さんと姫は仲良しなんだね。ぼくも仲良くなれるかなぁ。」
「百音さんはやさしい人だから、きっと大丈夫だよ。」
僕はやっと二人の会話に入ることができた。
「そっかーやさしい人なら良かった。姫みたいにちょっと怖い人ならどうしようって思ってたんだ。」
「あら、私はそんなに怖くないわよね?」
「えぇ、そうですね。」
と僕は犬井くんには申し訳ないけど、サヤカさんの圧に押されて、賛同するしかなかった。
「あっ、仮面ライダーだ!」
犬井くんが石ノ森章太郎ふるさと記念館の看板を見つけて指差した。
「犬井くんって仮面ライダーが好きなの?」
サヤカさんが尋ねると、
「うん、大好き。特に昔の。1号2号とか。本郷猛とか一文字隼人ってかっこいいなって思って。ぼくもタケシとかハヤトって名前だったら良かったのになぁ。」
なんて犬井くんはうれしそうに言った。
「そうなの、じゃあ菅波先生、ちょっと寄り道して行きましょうか。次の停留所で一度降りましょう。」
サヤカさんは誰に相談するでもなく、勝手に予定を決めて、勝手に予定を変更した。そういう強引さがある意味思いやりにつながっているのかもしれない。
「えっ?姫、記念館に寄ってくれるの?ありがとう!」
「怖いおばあさんっていう犬井くんが抱く私のイメージを変えたいからね。」

 バスを降りて、石ノ森章太郎ふるさと記念館内を不思議な三人組で見て回った。傍から見ればおばあさんと孫と息子という感じだろうか…。
「ずっとまた来たかったんだ。おじいちゃんやおばあちゃんが生きていた頃は時々連れて来てもらっていたけど、お母さんと二人きりになってからは、お母さん、お仕事忙しそうで、なかなか言い出せなくて…。」
犬井くんは寂しそうに呟いた。
「時々、こうして犬井くんを連れて来ましょうよ、ね、先生。今度はモネも一緒に。」
「えぇ、そうですね。そう遠くはない場所にこんな素晴らしい記念館があるんですから。」
「コータロー先生は仮面ライダー好き?」
「先生は…どっちかっていうと仮面ライダーよりサメが好きかな。気仙沼にはシャークミュージアムっていうサメばかり展示している施設があって。」
はっ、しまった子ども相手なんだから、僕も仮面ライダー好きだよって賛同してあげるべきだったかなと反省していると、
「そうなんだ、じゃあぼくも、コータロー先生が好きなサメのその施設にも行ってみたいな。」
なんて犬井くんは僕の話に合わせてくれた。
「時間があれば、帰りにでも三人でシャークミュージアムにも寄りましょうか。菅波先生は本当にサメがお好きね。」
「えぇ…サメは相変わらず大好きです。実はその…男の子だとしたら子どもの名前に「鮫」ととう漢字が使えないものかと考えたりもしました。でも調べたら鮫は人名に使えない漢字と知って。鮫島さんとか名字はあるんですが…。だから僕は単純ですが、百太朗とか光音って名前を考えています。」
「子どもの名前に鮫という漢字を考えていたなんて、よっぽどね。百太朗や光音って名前、素敵じゃない。まさに菅波先生とモネの子どもって感じで。」
「子どもの名前?ももたろう?もしかしてコータロー先生に赤ちゃん生まれるの?それならももたろうなんてやめて、タケシやハヤトにした方がいいよ。」
案の定、犬井くんからはダメ出しされてしまった。
「うん、まだもう少し先の話なんだけど、赤ちゃんが生まれるんだ。だから名前を考えていて…。タケシやハヤトも悪くないけど、先生と奥さんの名前の漢字を使いたくてね。奥さんはももねって名前だから。」
「ももね?ぼくと似た名前なんだね。ちょっと変わった名前。」
「桃じゃなくて、百という漢字のももなんだ。」
「へぇーそうなんだ。それにしても、親って自分の名前の漢字を使いたがるものなんだね。実はぼくの名前もお父さんとお母さんの名前から考えたんだって。死んだお父さんが幸太郎でお母さんが桃子だから…。女の子だったら幸子だったんだって。桃太郎、幸子、どっちにしろ単純な名前だよね。でも生まれるずっと前からお父さんが考えてくれていた名前なんだって。だからぼく、本当は自分の名前を好きになりたいんだ。お父さんがぼくに残してくれたものってこの名前だけだから…。」
「桃太郎って名前も、自分のことも好きになれるように、自信を持てるようになることを今回の旅の目標にしましょうか。犬井くんはご両親に愛されて生まれてきたんだから幸せにならなきゃ。」
サヤカさんはやさしくそう言った。

 ライダーと一緒に記念撮影したり、お土産を買ったりした後、犬井くんが好きだというコーラを自販機で買い、三人で一緒に飲んで、記念館を後にし、また三人でバスに乗り、気仙沼に向かった。そう言えばあの時もらったガムもコーラ味だったなとふと思い出した。記念館に立ち寄ったおかげか、僕の妙な緊張感はなくなり、おかしな組み合わせの三人旅にも慣れ始めていた。

《目的や理由のざわめきからはみ出した 名付けようのない時間の場所に》
《好きなだけ喋って 好きなだけ黙って 曖昧なメロディー 一緒になぞった》
《ねぇ きっと 迷子のままでも大丈夫 僕らはどこへでもいけると思う》 「記念撮影」

後編へ続く

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※写真はすべて登米市長沼フートピア公園にて撮影したものです。

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