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「海とルカと弥生の約束」『海のはじまり』+『西園寺さんは家事をしない』二次小説

 「どうして、夏くんはわかってくれないんだろう。ママはもういないけど、ママはここにいたし、いたことを海は覚えてるのに。海はずっとママのこと、感じながら生きてるのに…。」
その日、海は家出をした。二回目の家出。父親の夏のことは好きだし、困らせたくはなかったけれど、自分の気持ちを理解してもらえないことがつらくなり、勝手に家から飛び出していた。
「夏くん…ママが死んで海がさみしい思いをしていた時、我慢しないで泣いていいんだよって言ってくれたし、ママが入ってるペンダントも作ってくれたのに。いつも海の一番の味方だったのに。まるでママなんていないみたいに二人でがんばろうって。海は夏くんと二人じゃなくて、夏くんとママと三人がいいのに。」
愚痴るように独り言をつぶやきながら、とぼとぼ歩いていると、海は誰かの視線を感じた。
「いる!おんなのひと、いる!」
海に眼差しを向けていた小さな女の子が突然、海に向かってそんなことを言い出した。
「えっ?何?女の人って…?」
「おねえちゃんのとなりに、おんなのひといるよ。」
その小さな女の子は微笑みながら、海の側へ駆け寄ってきた。
「こんにちは。私はなぐも…じゃなくて月岡海。あなたのお名前は?」
「ルカ。くすみルカだよ。ルカ…うみにいきたかったのに、たいふうのせいでいけなかったの。」
「ルカちゃんって名前なんだね。イルカとおそろいの名前でいいな。私、イルカ大好きなの。ルカちゃんは海が好きなの?」
「うん、ルカ、うみすき。ママのことすきなパパのこともすき。」
「そっか、ルカちゃんはママやパパのことも好きなんだね。私も、ママとパパが大好きなんだ。」
「でもパパは…さいおんじさんのこともすきみたい。ママ、いないけどいるのに。」
「さいおんじさん?」
「あのね、ルカとパパのにせかぞくのおんなのひとのことだよ。」
「にせかぞく?」
「ルカのママ…しんじゃったの。パパはママにあえないから、さいおんじさんのほうがすきなのかな。」
ルカはむうっとした表情を浮かべながらつぶやいた。
「ルカちゃんのママ…死んじゃったんだ。海と同じだね。海のママも死んじゃったの。大人って生きてる人たちのことばかり大事にしようとするよね。死んだ人も同じくらい大事なのに。」
海はルカの言う「さいおんじさん」という人は、夏くんにとっての弥生ちゃんみたいな人なのかなと思った。夏くんも、きっと死んだママのことより、生きてる弥生ちゃんのことの方が好きなんだろうと。
「うみおねえちゃんのママもしんじゃったの…?ルカとおんなじ?」
「うん、病気で死んじゃった。私たち、おんなじだね。あっ、もしかして、海の隣にいる女の人って私のママかな?ルカちゃんには海のママが見えるの?」
「うん、いるよ。うみおねえちゃんのママなのかな。まえがみがみじかくて、これくらいのかみのながさのおんなのひと、いるよ。」
ルカは自分の肩に手を当てて、髪の長さをジェスチャーしながら、海に教えた。
「そうなんだ、それならきっとママだよ。そっか、私の側にママはいるんだ。うれしい。ルカちゃんは死んだ人のことも見えていいね。」
「ルカ…じんじゃとか、しらないおうちにいくとたくさんみえるけど、ママだけはみえないの…。」
「そっか、ルカちゃんは自分のママのことは見えないんだね。他の人は見えるのに、悲しいよね。」
「うん、でも…いないけどいる。みえないけど、ルカのママもいる。」
「そうだよね、ルカちゃんのママもきっとルカちゃんの側にいるよね。私もルカちゃんみたいに見えたらルカちゃんに教えてあげられるのにな。見えなくてごめんね。」
 
《ねえどんな昨日からやって来たの 明日はどんな顔で目を覚ますの あまりにあなたを知らないから 側にいる今 時が止まってほしい》
 
 二人が見えない存在のことで話し込んでいたところへ、弥生が現れた。
「あれっ?海ちゃん?こんなところで何してるの?夏くんは?」
「夏くん、海の気持ち、全然分かってくれないから、海、家出してきちゃった。」
「うみおねえちゃんもいえでなんだ。ルカもいえでだよ。」
「家出?その子は?」
「ルカちゃんっていうの。今ここで知り合って…。海と同じでママが死んじゃったんだって。」
「そっか、ルカちゃんっていうんだ。ルカちゃんも家出?何才ですか?私は弥生って名前だよ。」
「ルカはよんさい。いる!やよいおねえちゃんのかたにもちっちゃいこいる!」
ルカは弥生の肩を指さしながら声を上げた。
「ルカちゃんは四才なんだね。ちっちゃいこって?」
「ルカちゃんは死んだ人のことが見えるんだって。海の隣にいるママのことも見えてるんだって。すごいよね。弥生ちゃんにも誰か死んでしまった人がいるの?」
弥生は返答に困ってしまった。まさかルカが見えている子は堕胎した子かもしれないなんて、まだ小さな二人に真実を言えるわけもなく…。
「そっか…お姉ちゃんの側にも誰かご先祖さまとか、いてくれてるのかもしれないね。うれしいな。ルカちゃん、教えてくれてありがとうね。」
弥生は肩に手を当てながら、自分には見えない大切な存在を感じ取ろうとしていた。
「ルカちゃんと海はママがいないことだけじゃなくて、家出もおそろい、家出仲間だね。弥生ちゃん、夏くんやルカちゃんのパパには内緒で、私たちの家出に協力して。ともだちでしょ?」
「えっ?家出に協力?うーん、どうしようかな。一日くらいなら、協力してあげる。ともだちだし。」
夏やルカの父親が二人のことを心配していることを察した弥生だったが、母親を亡くした海やルカにも寄り添ってあげたくなり、一日だけ二人の家出に協力することにした。
 
《心のどこだろう 窓もない部屋 その中でひとり膝を抱えていた同士 どういうわけだろう よりにもよって そことそこで繋がってしまった》
 
 「ルカちゃんと海ちゃん、どこに行きたい?」
「ルカはおそれざんにいきたい!」
「海はママのお墓に行きたい!」
「えっ?恐山って青森の…?うーん、ちょっと遠すぎて今日は無理かな。ごめんね、ルカちゃん。」
「おそれざん…とおいの…?じゃあ、じんじゃにいきたい。」
「神社…?神社ならいいよ。じゃあ神社に寄ってから、海ちゃんのママのお墓に行こうか。」
テーマパークなどではなく、子どもらしからぬ恐山や神社、お墓に行きたがった二人の気持ちを考えると、弥生は胸が締め付けられる思いがした。
「いる!いっぱい、いる!」
神社の鳥居をくぐった途端、ルカははしゃぎ回った。
「ルカちゃんにはいろいろ見えてるんだろうね。」
「私も、ルカちゃんみたいに死んだ人のこと見えたらいいのに。」
「いっぱいみえるけど…ルカ、ママのことだけみえないの。」
はしゃいでいたルカは急に立ち止まり、しゅんとした。
「ルカちゃん、きっとルカちゃんのママはルカちゃんの中にいるから、見えないんだと思うよ。ルカちゃんのここにいるから、ルカちゃんからは見えないだけで、ちゃんといるんだよ。」
弥生はしゃがんでルカの心臓の辺りに手を当てながら、やさしく言った。
「ルカのママ…ここにいるの?」
「うん、いるよ。母親ってね、子どものことが誰より一番大事だから。死んでるとか生きてるとか関係なく、親子の絆ってそういうものだから。見えないだけで、いるんだよ。いないけどいるの。」
「ふーん。ルカのママはルカのなかにいるから、みえないんだ。ここにいるならよかった。」
ルカは自分の胸に手を当てながら、ほっとしたようにつぶやいた。
「弥生ちゃん、そのこと、夏くんにも教えてあげて。」
弥生の話を側で聞いていた海もしゃがんで話し出した。
「夏くん…ママのこともういない、水季はいないけど、二人でがんばろうって言うの。ママは海の中にいるし、ルカちゃんが教えてくれたみたいに私の側にいつもいてくれてるのに。いない、いないっていうの。海、それが悲しくて…。」
「夏くん、そんなこと海ちゃんに言ったんだ。悪気はないんだけど、月岡くんってそういうところあるから…ごめんね。大人って死をどうにか片付けたがる人が多いんだよね。お葬式したらおしまいとか、納骨したらおしまいとか…。全然、そんな形式的なことしたくらいじゃ、癒えない悲しみだってあるのにね。海ちゃんが分かってほしいのは、ママがいなくなったことじゃなくて、ママを感じながら三人で生きたいってことなのにね。」
「うみおねえちゃんのとなりには、おんなのひと…ママいるよ。いまも。」
「ほんとにね。海ちゃんよりちっちゃいルカちゃんだって、分かるのに、月岡くんには分からないなんてね。海ちゃんの気持ちは弥生ちゃんからちゃんと夏くんに伝えるから、安心して。」
その後三人は拝殿へ向かい、お参りした。
「弥生ちゃんは何、お祈りしたの?」
「ルカちゃんが教えてくれた私の側にいるちっちゃい子が幸せでありますようにって。」
「そっか。海はママが幸せでありますようにって祈ったよ。」
「ルカも、ママだいすきって。」
かけがえのない亡き存在がいる三人は、それぞれの故人に思いを馳せていた。
 
《これほど近くにいても その涙はあなただけのものだから ああせめて離れたくない こぼれ落ちる前に 受け止めさせて ひとりにしないで》
 
 「じゃあ次は、海ちゃんのママのお墓に行こうか。」
弥生は右手をルカと、左手は海とつなぎながら歩き始めた。
「うん。ルカもママのおはかにいきたいな…。」
「ごめんね。弥生お姉ちゃん、ルカちゃんのママのお墓は知らないから、連れて行ってあげられなくて。」
「うん、いいよ。パパといっしょにいくから。やよいおねえちゃんのママは…?いるの?」
「うん、いるよ。いるけど、ルカちゃんや海ちゃんみたいにママのこと…好きではないかな。」
「えっ?弥生ちゃん、ママのこと好きじゃないの?なんで?」
「うーん。嫌いってわけでもないんだけど、ちょっと苦手なんだよね。大好きとは思えないかな。自分のお母さんなのにね。だからあまり会いに行かないんだ。」
「弥生ちゃん、ぜいたくだよ。せっかくママが生きてるのに、苦手だからって会わないなんて、もったいないよ。」
「うん、ママいるのに、あわないなんてダメ。」
「そうだよね…二人からしたら、私はわがままだよね。私のお母さんだっていつか死んじゃうのにね。生きてるうちに伝えた方がいいこともあるのにね。」
「弥生ちゃんはママとケンカ…でもしたの?海もママとケンカしたことあるけど、すぐに仲直りしたよ?ママが元気なうちに、仲直りした方がいいよ。死んだらケンカもできないし、仲直りもできなくなるんだから。」
「海ちゃんの言う通りだね。ケンカってわけじゃないけど、わだかまりはあるから、いい加減、私はお母さんのこと、許さないとね。死んだらケンカも仲直りもできなくなるもんね。」
「ケンカだめーパパもさいおんじさんとケンカしたけど、なかなおりしたよ?」
「さいおんじさん?ルカちゃんのパパの大切な人なのかな?」
「夏くんと弥生ちゃんみたいな関係の人みたい。ルカちゃんの新しいママになる人なのかも。」
「そっか、ルカちゃんにはそういう人がいるんだね。」
「あのね、ルカ、さいおんじさんからもらったの。」
ルカは西園寺からもらったうさぎのシルバニアをポケットから出して二人に見せた。
「かわいい。シルバニアのうさぎさん、さいおんじさんからもらったんだね。」
「海も、弥生ちゃんからもらったイルカさん、持ってきたよ。」
海はリュックからイルカのパペットを取り出した。
「弥生ちゃん、ありがとう。」
海はパペットを使って弥生に挨拶した。
「それ、家出のお供に持ってきてくれたんだ。ありがとう。」
「おとも?」
ルカが首をかしげた。
「友だちってこと。」
「ともだちなら、いえにはリキもいるよ。」
「リキって?」
今度は海が首をかしげた。
「おっきなワンちゃん。さいおんじさんがかってるの。」
「へぇールカちゃんちには犬がいるんだね。」
「いいなー海は犬も猫も飼ったことないから…。でも水族館でイルカなら見たことあるよ。ママと一緒に見たんだ。」
「ルカもイルカみたい。」
「水族館にも連れて行ってあげたいけど、今日は水族館へ行く時間はないかな。ごめんね。」
「いいよールカはパパとママと…さいおんじさんとみんなでいくから。」
三人で話しているうちに、海の母親が眠るお墓に到着した。
 
《心は黙って息をしていた 死んだふりしながら 全部拾ってきた 変わらず訪れる朝に飛び込んだら あなたにぶつかった漫画の外》
 
 「ママ…ママはお墓にいるっておばあちゃんが教えてくれたけど、ママはいつも海の側にいてくれるんだね。ありがとう。」
海は南雲家の墓に手を合わせながら目を閉じてつぶやいた。
「いる!じんじゃより、いっぱいいる!」
霊が見えるルカは神社にいる時以上にはしゃぎ回っていた。
「やっぱり、お墓ってたくさんいるんだ…。ルカちゃん、転ぶと危ないから、走り回らないようにね。」
「はーい。」
弥生に諭されたルカは走り回るのをやめて、霊園内をきょろきょろしながら歩き出した。
「ルカちゃんはいいなぁ。見えるなんて。海もママのこと、見えたらいいのに。」
「私も、見えたらいいなって思ったけど、見えても会話できないなら、寂しいよね。見えなくても感じられたらそれでいいって思う。」
海と弥生は無邪気に霊と戯れるルカをみつめていた。
 
《どれだけ遠い夜空の下にいても あなたの声が過ぎった ああもしも笑っていたら ただそれだけで 今日までの日々に 抱き締めてもらえる》
 
 「いっぱい歩いたから、二人とも疲れたでしょ?あそこで甘いものでも食べよう。」
霊園からの帰り道、みつけた喫茶店に三人で入ることにした。
「やったー甘いもの。海はイチゴのケーキがいい。」
「ルカはソフトクリームたべたい。」
「海ちゃんはイチゴのショートケーキね…ルカちゃん、イチゴ味のソフトクリーム乗ってるパフェあるよ。」
「ルカ、それがいい。」
「じゃあ、ルカちゃんはイチゴパフェね。弥生お姉ちゃんは何にしようかな。イチゴのタルト食べちゃおうかな。」
三人でイチゴのスイーツを満喫していると、近くの席に座っていた老夫婦が声をかけてきた。
「お母さんと一緒にお出かけいいね。」
「仲良し姉妹なんだね。」
「弥生ちゃんはお母さんじゃないし、ルカちゃんは妹じゃないよ。二人とも海の友だちなの。」
「にせかぞくだよ。」
「あっ、すみません。そうなんです。この子たちの母親じゃなくて…付き添いの友だちなんです。」
「まぁ、そうでしたか。早とちりしてしまってごめんなさいね。」
「あんまり仲良さげだから、親子に見えましたよ。」
親子と勘違いされ、二児の母親に見られた弥生は悪い気はしなかったけれど、なぜか少しだけ心がチクっとした。あの子を産めなかった自分が、母親に間違えられて喜んではいけない気もして。
 
《うまく喋れてはいないだろうけど 言葉に直らない事も解っている もう一度目を合わせた時に 同じ答えにどうか出会えますように》
 
 「もうすぐお日さまも沈んでしまう時間だし、二人ともそろそろおうちに帰ろうか?送って行くから。家出はおしまい。」
「えーやだ。海、まだ家出する。」
「ルカもまだいえでだよ。」
「海ちゃんは、夏くんやおばあちゃんたちが心配してるよ。ルカちゃんも、パパやさいおんじさんが心配してるはずだから。帰ろう。二人のおかげで、私も…久しぶりに家出気分で楽しかったよ。」
「弥生ちゃんも家出したことあるの?」
「うん、ルカちゃんや海ちゃんくらいの時、家を飛び出したことは何度かあったよ。親に自分のことを分かってもらえないって思った時とかね。」
「やよいおねえちゃんもいえでなかま。」
「そうだね、私たち家出仲間だね。」
「そっかー弥生ちゃんも分かってもらえないって思って、家出したことあったんだ。」
「家出って、ひとりだと不安だけど、仲間がみつかると楽しくなるよね。」
「うん、楽しかった。ルカちゃんと弥生ちゃんが一緒にいてくれたから。」
「ルカも。やよいおねえちゃんとうみおねえちゃんと…それからルカのママと、やよいおねえちゃんのちっちゃいこと、うみおねえちゃんのママもいたから、たのしかった。」
「そうだね。三人じゃなくて…六人だったから、すごく楽しかったね。海ちゃんとルカちゃんがもう少し大きくなったら、みんなで一緒に恐山に行こう。」
「ルカ、みんなでおそれざんいきたい!」
「海も…恐山に行ってみたい。」
「恐山にはイタコがいるから、口寄せしてもらおう。」
「くちよせ?」
海とルカはそろって首をかしげた。
「恐山には死んだ人と会話できるイタコって人がいるの。ルカちゃんや海ちゃんはママとお話できるかもしれないんだよ。」
「すごーい。海、ママとお話したい!」
「ルカも、ルカも。」
「じゃあ家出仲間の約束ね。いつか絶対、恐山に行こう。みんな、いないけどちゃんといるんだから。」
弥生と海とルカが指切りして約束していると、三人の間をすぅーっと心地良い風が吹き抜けた。
「ルカ、だいすきよ。」
「海、大好き。」
「ママ、だいすき。」
それぞれの耳元にそんな言葉が過ぎった気がした。
 
《分かり合いたいだとか 痛みを分かち合いたいだとか 大それた願い事が 叶ってほしいわけじゃない ただ沈黙の間を吹き抜けた風に また一緒に気付けたらなって》
 
 「ほんとは、海のママが働いてた図書館もルカちゃんに案内したかったな。仲良しの津野くんもいるし。津野くんは絵本を読み聞かせてくれるのが上手なんだよ。」
「つのくん?ルカもえほんすき。」
「図書館もまた今度みんなで行こう。恐山より先に、すぐに行けるから。」
「弥生ちゃん、海、『くまとやまねこ』の絵本も持って来たの。帰る前に、ルカちゃんに読んであげて。」
海はそういうとリュックから絵本を取り出して、弥生に渡した。
「うん、いいよ。海ちゃん、ママからもらったその絵本、ほんとに好きなんだね。」
「ちょっとかわいそうなお話だけど、くまさんはやまねこさんと出会えるから。」
「くまさん?やまねこさん?ルカはいぬがいい。」
「残念ながら、犬は登場しないかもだけど、読むね。『くまとやまねこ』 あるあさ、くまはないていました。なかよしのことりが、しんでしまったのです…。」
バスを待つ間、三人でベンチに座ると、弥生は街灯の明かりを頼りに絵本を読み聞かせた。
「くまさん、よかったね。やまねこさんからタンバリンもらえて。」
絵本を読み聞かせてもらったルカは、海と違って、くまのことをかわいそうとは言わず、清々しそうな表情をして、にこっと微笑んだ。
「ルカちゃんって、海ちゃんにとってのやまねこみたいな存在かもしれないね。死んでしまったママのことを忘れたらなんて言わずに、ここにいるって肯定してくれるんだもの。」
「ほんとだ。ルカちゃんって海にとってのやまねこさんだね。弥生ちゃんだって、海にとってのやまねこさんだよ。いつもありがとう、海の味方でいてくれて。」
「ルカ…ねこじゃないよ?ルカはルカだよ。」
「ちょっと難しかったよね。ごめんね、ルカちゃん。ルカちゃんはルカちゃんだよね。」
「でもルカもタンバリンすき。」
「そっか、ルカちゃんもタンバリン好きなんだ。じゃあ海はバイオリン習おうかな。海もルカちゃんにとってのやまねこさんになりたいから。」
「うみおねえちゃんもねこじゃないよ?うみおねえちゃんはうみおねえちゃんだよ。」
「そうだね。海ちゃんも海ちゃんだよね。あっ、バス来たよ。」
三人でバスに乗ると、ルカはポケットから何か取り出した。
「うみおねえちゃん、これあげる。」
「ソフトクリーム…かな?ありがとう。」
それは折り紙で作った何かだった。
「やよいおねえちゃんにもあげる。」
「ありがとう。ルカちゃんの好きなソフトクリーム?」
ルカは弥生にも自分で折った折り紙を差し出した。
「んーん、もりしお!」
「あーなるほど。盛り塩か。ルカちゃんらしいね。」
「もりしおって?」
盛り塩を知らない海はきょとんとしていた。
 
《うまく喋れてはいないだろうけど 言葉になりたがる熱を抱いている 見透かしてくれても構わないから 見えたものをどうか疑わないで》
 
 他に乗客のいない貸し切り状態のバスに揺られながら、ぼんやり窓の外を眺めていると、夕焼け空に盛り塩みたいに見えるはぐれ雲が浮かんでいた。
 ルカと海は疲れたのか、バスに揺られているうちに寝息を立て始めた。二人の寝顔を見ながら、弥生はひとり、遠い記憶を辿り始めた。
 
《どれだけ遠い記憶に呑まれたって あなたの声が過ぎった ああもしも笑えなくても ただ抱き締めて 今日までの日々を ひとりにしないで》
 
 母親を亡くした海ちゃんとルカちゃんはきっと窓もない部屋の中で、ひとりぼっちで膝を抱えていた者同士だったと思う。あの子を手放した私も。似た者同士でも、涙や悲しみ、すべての感情を理解し合うことはできない。だから分かり合いたいとか、痛みを分かち合いたいとか大それたことは言えないけど、涙がこぼれてどうしようもない時は、せめて側にいたいと思えた。
私はあれ以来、死んだふりしながら、黙って息を続けようとする心に従って、昨日今日明日をどうにか生き続けていた。そしたら、月岡くんと出会って、海ちゃん、ルカちゃんにも出会えた。海ちゃんやルカちゃんがどんな風に今日までの日々を過ごしてきたのかそのすべてを知ることはできないけれど、時には笑えない日もあって、削れたところに自分で手を当てながら生きていたんじゃないかと想像できる。私たちは似てるから、そうなんじゃないかなと推測できる。
 どういうわけか、私たちは接点を持てて、つながることができたから、これからも私たちの間を吹き抜けるやさしい風に、一緒に気付けたらいいなと思う。私たちのことはきっと、水季さんとルカちゃんのママとそれから…私の大事な子、ルカちゃんには見える亡き存在たちが引き合わせてくれたんでしょ?ありがとう、水季さん、ルカちゃんのママ、私の夏海。見えない大きな愛で包み込んで、ひとりにしないよと抱きしめてくれてありがとう。ルカちゃんのおかげで、そういうことに気付けるようになった。見えないけれど、いないけどいる、亡き存在を感じながら、誰の人生でもない、私だけの自分の人生を生きてゆきたい。素敵なもの、大事なことを教えてくれる私の大切な友だちの海ちゃんとルカちゃんと共に。お返しにいつか私も二人に何かをあげられたらいいな。できればささやかな幸せを与えられる人間になりたい。

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