小池都知事のトンチンカンな論理がなぜゆるされたのか
この段階で緊急事態宣言をするよう政府にしかけた小池百合子東京都知事への違和感について、文藝春秋digitalに書いた。これまで回避してきた飲食店の営業時短要請という「嫌われる対策」にこの期に及んで手を出せば「最初からやっていればよかったのに」と批判される、ならば「政府にやらせてしまおう」ーーそういう発想で持ち出したのが「緊急事態宣言の要請」という手段だった。
ただ、こうした舐めた対応が可能だったのは、経済と感染対策の間で悩み、果断さを欠いていた菅義偉首相の脇が甘いとも思う。私は最近、菅首相の悩みはこのへんだったのかな、と想像するデータを目にした。帝国データバンクが公表している月毎の倒産件数(負債1000万円以上の法的整理)の統計である。
先月8日に公表された集計によれば、今年1月〜11月までの倒産件数は、ホテルなど宿泊業では120件と1000年同期の1.8倍、飲食業では736件と過去最多の昨年の年間件数(732件)をすでに上回っている。これはコロナ禍の影響による経済的なダメージの最たる例だ。
この資料にはもう一つ、興味深い数値が掲載されている。
倒産件数が8、9、10、11月と4か月連続で1〜2割、前年同月を下回っている。つまり経済的ダメージから回復しているのだ。
これに対して過去に遡ると、19年11月は18年11月よりも倒産件数は増えていた(プラス0.4%)のに、20年11月を19年11月と比べると、逆に倒産が22.6%も少ない563件にとどまっている。新聞各紙は、この事実をさらりと報じて終わっている。
しかし、もう少しこの発表の資料を読んでいくと、倒産件数が減った月がもう1か月あった。それはなんと5月だ。つまりは緊急事態宣言が発出されていた時期にあたる。
減り方も尋常ではなく、前年同月に比べ、じつに55%も減っている。本来なら、外出自粛や休業要請のあおりを受けて、企業が倒産し、取引先に連鎖してさらに……とねずみ算式に倒産が増えるはずだ。私はぼんやりそう思っていた。だが、不自然なほどの減り方は、先入観とはうらはらな現実を示している。
なぜ倒産しなかったか、断定はできないが、持続化給付金や雇用調整助成金といった国の支援が猛烈な勢いで取り揃えられたのが、4月〜5月にわたった宣言期間の当初の時期。その後、7月半ばには家賃支援給付金、下旬にはGoToトラベル事業がスタートした。
それまでのダメージ緩和策でも救済できなかった業界にも、GoToなどによって金が行き渡り始めた。それからの4か月、銀行による返済リスケジュールなども拡充され、支援は手厚くなっていった、ということだ。
例年にはない支援の存在によって、コロナがなければ倒産しなかった会社だけでなく、コロナがなくても倒産したであろう廃業予備軍まで含めて(精査してる時間がない)、救済された。救済しすぎだったとしても救済が足りないよりましだ。危機管理だからだ。
手応えが、菅首相にはあっただろうと想像する。
北海道や大阪府を目的地とする旅行はまだしも、人口規模が桁違いに大きく、やっとここまできた支援策の根幹をゆるがす東京のGoTo停止には、相当な抵抗感を感じたに違いない。
週刊文春(12月24日号)の見出しとなった「尾身(茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)を黙らせろ」という発言があったかどうかはさておき、GoToトラベルを大切にするあまり、感染対策に舵を切る判断は、だからこそ、鈍った。悩む菅首相を尻目に、小池知事は「案外ちょろいな」ぐらいには感じていたのではあるまいか。
それが12月1日の「65歳以上・基礎疾患のある人にGoTo利用自粛を呼びかける」という、専門家を唖然とさせる菅・小池合意につながるのだ。
「感染対策をやってる感」を演出した上で、実際にはほとんど停止せず(企業収益→来年の都税収維持にも役立つ)、菅首相には恩を売ることができる。
しかし、分科会のメンバーである東北大学大学院の押谷仁教授が明らかにした解析によれば、70歳以上の高齢者の感染者はほとんど移動しておらず、また、二次感染を起こす頻度は低かった。
(厚生労働省アドバイザリーボード(12月3日)提出資料、PDF 50〜54頁「国内移動と感染リスク」より抜粋)
止めるべき10代〜50代を止めず、実際には病気を恐れて旅行などを手控え、動いていない世代の人に「動かないように」と促していた。
その3日後の12月4日、矛盾を問われた小池氏はこう言った。
「できれば、できるだけ『不要不急の外出を控えて』ということは、全世代に言えることだ」
何を言われているのか。私にはさっぱり理解できない。一方で「どうぞ旅行を」と補助金で促され、他方で「不要不急の外出を控えて」といわれるーーこの面妖なメッセージらしきものに、どう反応しろというのだろうか。
菅首相が、専門家の提言をさらに厳しくするかたちで、年末年始を活用し、東京都を含む全国一斉でGoToトラベルを停止すると整理するまでに、さらに10日間を要することになった。その間に、感染は高止まりして各地に広がり流行を制御する手段は、限られていったのだった。