今日の読書 法廷通訳人 (丁 海玉著)
韓国語の法廷通訳人の筆者が自身の活動をもとにその日常を記したエッセイ。裁判所法という法律で日本の法廷では日本語を話すことと規定されており、被疑者が外国人で日本語が通じない場合は当然日本語を介する通訳の利用が必要不可欠となっている。法廷通訳は通常の通訳とはことなり、自身の解釈を挟むことなく一字一句を通訳しないといけない。これがどれほど高度で骨の折れる芸当で集中力を要することなのか、試しに日本語のニュースを5分間そのままおうむ返ししてみるだけでもおわかり頂けることだろう。
世界的に習得が困難なことで知られている日本語は、外国人だと日本語が通じないものだと勝手に考えがちだが、本著を読んでいるとこれはまちまちであることも改めて気がつく。著書の中に出てくる外国人(主に韓国人)は日本滞在歴が長いことも多く、韓国語より日本語を好む被疑者も中にはいるが、それでも委任された以上、通訳者は通訳をする責任がある。時には聞きたくないと耳を塞ぐ人もいるのだそうだが、通訳には義務として仕事をしなければいけない。自己と仕事上の責任の間の葛藤が辛そうだ。
韓国語と日本語という同じ東アジアの言語で文化的にも近い言語間でさえ語感の違い、通訳不可能な概念があるのに、ましてや私がたまに通訳することもあるスペイン語と日本語の間で一言一句正確にその場で通訳するということがどういうことか想像してみる。しかもその一言によってその人の量刑や判決が大きく左右されるかもしれないこと。大きな責任を感じる仕事である。