事実と意見―あるコンサルタントの体験①
「なぜ売れなかったかって、それがわかれば苦労はしない!失敗の嫌な思いを蒸し返すのか?俺に恥を晒せというのか!!」
取引先社長の声が今も耳に残る。シンプルに売れなかった原因をどう認識しているかを質問しただけだったのに。背もたれに身を預けながら天井を仰いでいると、出張帰りの先輩の姿が視界の片隅に入った。一人で考えてもグルグルするだけだ、そう思い立ち上がって声をかけてみた。
「先輩、取引先のA社長とのやりとりで相談があるのですが…」
「帰ってきて早々人使い荒いやっちゃな、まあいいよ、出張報告だしてくるからちょっと待ってね」
にこやかに答えて、先輩は出張報告を課長のデスクの未決ボックスに入れに行った。そのまま私の席に戻ってくると思いきや、給湯室の方向に歩きだして、私を手招きしていた。
「どうせまたなんか思い詰めてるやろ?だからちょっと休憩や」
腕をグッと伸ばしてストレッチをしながら先輩が続ける。
「お前のことやからどうせまたあの社長に怒られたんやろ?今回はなんや?」
「ええ、はい、そうなんです。今回は『新製品開発に失敗した』『売れなかった』っておっしゃったので、なぜですか?理由はわかりますか?ってお尋ねしたらめっちゃ怒られて…」
「その質問でどんな答えを期待してたの?」
「ええと、先輩がいつもおっしゃるみたいに、まず事実の確認をしなきゃと思って…」
「んでいきなり『それはなぜですか?』って聞いたわけか」
「あ、いきなり、というかちゃんとクッション言葉も入れてやわらかくしたんですが…」
給湯室について、先輩と正対する形になったと思ったら、垂れ下がっていた目尻が消えてマジな顔をした先輩が目の前に現れて驚いてしまった。そうだった、この人はモードが急変するんだった。
「お前な、先方に原因が分かっていたら、俺らそもそも呼ばれるか?しかも『なぜですか?』って聞いて、事実を答えてくれると思うか?それに『失敗』『売れなかった』って言っているけど、何をもって失敗と先方が言っているのか、『売れなかった』は具体的にどのくらいの数量・金額売れたのかお前把握しているか?その辺の掘り下げもせんといきなり『なぜですか?』って聞いて答え出るわけないやろ。」
先輩が早口になっていた。
「しかもあれやぞ、理由聞いたら出てくる答えは『○○が原因だと思われます』っていう仮説というか意見であって、それは事実とは違うぞ。んであれや、事実と意見もこだわり出すと区別むずいこと多いから、「事実を確認したい」という言い方じゃなくって、「何が起こったから失敗と認識されたんですか?」みたいな形でもう少し具体的に聞いた方がいいぞ」
ここまで言うと先輩は手元の湯呑みに入れた白湯に口をつけて、ほーっと息を吐いた。先輩の勢いが落ち着いたところで、さっき聞いたことを反芻してみる。
「何が起こったから失敗と認識されたんですか?」は確かに先輩らしい感じだな。丁寧な口調で質問している様が目に浮かぶようだ。
その前はなんだっけ…「事実と意見も区別がむずい」だ。これはどういうことだろう??
つづく
https://note.com/hironari_kawata/n/n6f68695eef8f
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