ペンと付箋と不気味な笑顔
金曜20時。仕事を終えて会社近くの定食屋で軽く夕食を済ませたのち、地下鉄で二駅行った先にあるいつものバーへ。ひょんなことから通うようになったバーは、気がつけば毎週末を過ごす憩いの場となっていた。
いつものように扉を開けてカウンターに目をやると、すっかり顔馴染みになったA氏が座っていた。A氏もちょうど先ほど来たところのようで、二人でまずは生ビールで乾杯することに。
「暑いねぇ」
マスターがぼやきながら慣れた手つきでビールサーバーを操作していると、A氏が穏やかな様子で「暑いですねぇ」と応じていた。ここしばらくどこか目の奥に硬直した感じがあり、なにかに悩んで見えたA氏だったが、この様子なら今日は多少こちらの愚痴を振っても大丈夫そうだ。
「乾杯!」
グラスに注がれたビールを勢いよく飲み干し、深く息を吐いたところで、「上司が昨日と今日で180度違うことをまた言い出して…」としばらく溜まっていた愚痴を吐き出したところで、A氏が私の方には目もくれず、なぜかカバンを手に取った。
あれ?いつもならうなずきながら、適度に相槌をうちながら、人の話を聞いてくれるのに…
一瞬首をかしげて、眉間にも力が入ったことに気がつきつつ様子を伺うと、こちらのそんな素ぶりはまるで視界に入っていないのか、満面の笑みでペンと付箋を出してきた。
(ペンと付箋?)
そう思っていると、目尻のシワが固定したかのように笑顔の貼り付いた顔で、「このペンと付箋を使えば、どんな問題だって鮮やかに解決できます!」とA氏が嬉しそうに言い出した。
「……」
ほろ酔い気分で好きに任せて放言するので、それをただただ聞いてほしい、そうやってお酒と共に流したい、そう思っていたのに。肩の力が抜けて放心していると、「さっきの話だと、上司の方は…」と目をきらきらさせたA氏は上司の発言を付箋に書き出していた。
「はぁ。」
このあと、自分がただただ運ばれてきたアルコールを流し込むマシーンと化すまでそう時間はかからなかった。
9割くらい実話です。そして本文中のA氏は過去の私です。こわいこわい。