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ホウレン草異譚 ―記憶という不在―

いただいたホウレン草は
ちぢれてて
お浸しで食べると とても甘く果たして
ポパイのホウレン草は
どうだったのか
缶詰でも途端に
上腕二頭筋が盛り上るのだから
水っぽくはないだろう
それよりもあれほど食べて
父のように
腎結石にならなかった不思議に
うちのオリーブ
来年は結実するのだろうか

留置所でなお虚勢をはる姿は
それでも学生時代の面影があり
一目で彼だと分かった
彼は僕だとは気付かなかったのだろう
「支給される弁当はもの足りない、
カロリー計算してるのか」
居丈高に言い放った彼は
昔から変わらない
年上の物言いだった

80年代に流行ったバックパッキングに
自分もローカル線に乗った
遠野では町の自転車屋のおやじが
馴れた風に見知らぬ男を泊めてくれた
流行りのことを流行りの格好で
なりきっていた僕が
彼にはどう映っただろう
翌日は予定通り
歌にもある曲がり屋へバスで行き
厩舎にいない馬を
ぼんやりと見た
河童がいる大きな池もあった

思い出せば記憶は
物語になり
時間が過ぎた感覚に
騙されたように黒々と
池の鯉は集まってきた
それを三月も待つことになるとは
誘った方も思わなかっただろう
水面に開けた口には
泡だけが集まってきて
互いに硬い鱗をぶつけあった
その下に
河童がいるのかは分からなかった