Double helix
「いや、実際見てなかったんです。でも
どうして見なかったんだろう。」
警察官は何度も尋ねてきた
なぜ右を見なかったのか
何事にも理由があるのだし
彼は何か分りやすい
答えが欲しかった、曰く
口論してた、
急いでた、
落とした携帯を
取ろうとした、とか。
僕は、
____少しずつ思い出した
___いま左側に過ぎた
__池に咲いていた
_蓮の
網膜に残った
花を見ていた
生の音楽は久しぶりだった
第一バイオリンは少し物足りなかったが
ビオラのピチカートは
愛嬌たっぷりで
正面のパイプオルガンはここぞとばかり
5メートルの可聴域外の響きでホールを震わせ
超高音のトランペットが奏でるトレモロに
天上的な香りが溢れた
それでもソプラノは誰よりも
豊かな声で
ここは地上だと身体を誇示したが
フルートにはモーツァルト好みの
重厚な倍音が相変わらず欠けていて
透明なバイオリンと
交互に聴かされると
焼いたキャベツの芯のように
おどけた顔が見え隠れして
苦笑した
警察官は降ってきた雨に
バンのハッチバックを開けて屋根代わりにした
それは良いアイデアで
自分たちは雨を逃れたから
少し離れた車は濡れはじめ
無惨に潰れたフェンダーから
見たことの無い角度で
タイヤが剥き出しだった
それは雨から動けなかった
幸い怪我人は無く、警察官は
相手と自分を呼び寄せ言った
「どちらがどう悪いかは分かりますね。お互いに」
曖昧に確かに宣言された
民事不介入をぼんやり
聴いていると_まもなく
相手の車載車が現れ手早く
走り去り
それとともに皆は_
どこかへ消えはじめ
自分は砂利の空き地に
残された_もう動けない車に
雨は強くなっていた