【私の年のせいなのか ここが日本じゃないからか118】10月(9)体調管理①
娘が復職してから一週間経ったある真夜中、べべさんに哺乳瓶をくわえさせているときに、右手首に痛みがあった。おお、これは腱鞘炎というやつか? 娘も婿も、ここまでにそれぞれ手首の痛みを経験している。私も仲間入りか? 一人前のべべさんケアラー認定ということでよろしいか?
一人前扱いで喜んでいる場合ではない。その直後には、べべさんを動かしたはずみで、声をあげるほどの激痛が走った。やばいやばい。このまま悪化するようなことがあったら、本当に困る。娘も婿も手首が痛いとき、数日大事にしたら治ったけど、私は、ほら、なにぶん、蚊にくわれた痕とか、どっかにぶつけた青痣とかだってなかなか消えないお年頃なんですもの。
思い出した。40代半ばの頃、漫画みたいな転び方をして膝をしたたかぶつけたことがある。なかなか痛みが取れないので、整形外科に行ったら、神経の鞘みたいなのがつぶれてて、それは日にち薬で治すしかないとの見立てだった。「その、日にち薬の日にちが、年のせいで長いってことでしょうか?」と聞いたら、「そうですねー」とあっさり言われたものである。
あれからもう十数年(遠い目)。そりゃもう、日にち薬なんてプルトニウムの半減期ぐらい必要なのではないか。
幸い、今のところ、病院に行くほど悪化はしていない。せっせとストレッチして、用心しいしい右手を使っている。包丁でじゃがいもの芽を取るとか、べべさんに服を着せるとか、特別に力を必要としない、思いがけないところで痛みが来るので、油断ならない。
超不器用なもんで、右手さんがやっていたことを左手さんにやってもらおうとしても、難しい。だましだまし右手を使っていくしかない。
今回、ネットで「赤ちゃん 抱っこ 手首 腱鞘炎 治し方」を検索してみた。ストレッチはそこで見つけたものだ。しかし、「とにかく安静にするのが一番です」とか言われても、ワンオペの人なんか絶対無理だし。或いは、「こういうのがいい」と紹介されているサポーターが手の甲から覆うタイプのがっつりしたやつで、こんなん水仕事できませんがな。わざわざ「赤ちゃん」というキーワードを入れて検索してるのに、と思った。
ときどき奥歯が痛い気がする、歯茎が腫れてる気がする。べべさんの哺乳瓶の飲ませ方が変わって(娘の指示で)、べべさんの口元と自分の目の位置、身体の角度が変化したことが影響してか、肩や背中が痛い、頭が重い。ケアしても指先が荒れて、小さな傷ができている。そういう小さな不調はちょこちょこある。
娘の助けになりたいと思って来ているのに、自分の身体がぽんこつだから十分に働けないとなると、それは悔しい。いたっ!とか声に出たり、ため息が漏れたりして、娘に気を遣わせるのも辛い。とはいえ、まあ、しょうがないなあ、あちこちの部品にガタが来ているから。
人の役に立ちたいという気持ちは、多分強い方だ(「16パーソナリティ」という性格診断だと主人公タイプだった)。今、自分の家庭ではないところで、生活費を出してもらって家事をやっているという立場で、ちゃんとやらないとダメだ、という思いもある。
この発想は危険だ。人の役に立たなければ存在してはいけない、経済的価値がなければ存在してはならないなんて、誰に対してもあってはならない。自分に対してもだ。他人に対しては微塵もそんなこと思わないのに、自分に対して思ってしまうのは、自分は役に立つはずだと思っているからか。だとしたら、傲慢で自意識過剰というものだ。
服薬を再開して一か月、血圧の数字に大きな変化はない。何しろ、朝起きる状態が、さっき寝たばっかりなのに、というときもあれば、今日はよく寝た、というときもあり、更に、起きてから間を開けずに測ることができる日と、べべさん優先ですぐには測れない日があるので、数字自体がどこまで信用できるものやら。でも、薬を飲んでも日中にめまいがするとかいうこともないので、まあ、飲み続けましょう。
睡眠導入剤なしで眠るようになってから、一か月以上が経過している。寝付けなくて苦しいということはほぼない。夜中にべべさんのお世話で目を覚ましたときに、頭が冴えすぎて眠りに戻りにくいことはときどきある。そういう日もある、ぐらいに思っておく。仕事をしていたときに足りなかったのは、そういう、いい意味でeasyな姿勢だったのだろう。