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短編小説:星のち幸せでしょう

朝、目が覚めた。
天井を眺めたまま、先週の出来事を思い出して視界がぼやけた。
家にはお母さんもおばあちゃんもいる。
しかし、この孤独感はなんだろう。
それは私から気力を奪い、体を支配した。
外からは静かに雨の降る音が聞こえる。
しばらく雨の音に耳を傾けていると、遠くから荒い足音が近づいてきた。


「鈴音!あんたいつまで寝てんの!学校遅刻するわよ!」

『学校』

今最も聞きたくない言葉だった。
「今日体調悪いから休む」
「何言ってんの!昨日もそう言って休んでたじゃない!お母さん仕事に行くからあんたも学校行きなさいよ!」
そう言い残すと、荒い足音が遠のいていった。
「何も知らないくせに…」
私は小さくそう呟いた。

私には親友がいる。
高校で知り合ったクラスメイトの春美だ。
音楽にしろ趣味にしろ、彼女とは驚くほど気が合った。
そんな私達が親友と呼べる関係になるまで、そう時間はかからなかった。


春美と知り合って半年が経った頃、私に彼氏が出来た。
相手は高身長でイケメン。
学年問わず人気がある男子だった。
そんな彼の彼女になった私は、やはり多くの女子から反感を買った。
あまり気にしないようにはしていたが、机に死ねと書かれたり、私物を隠されたりすると流石に堪えるものがあった。
それでも耐えられたのは、友人の春美がいたからだった。
彼女はいつも私の相談に乗ってくれた。
夜中に電話していて泣きそうになった時には、わざわざ家まで来てくれた。
そんな彼女がいたからこそ、私は彼の彼女でいられた。


しかし1週間前、突然彼から別れを告げられた。
電話越しにひたすらごめんと謝る彼。
何が何だか分からなかった私は、1度直接会って話そうと言うも、電話は切れ、一方的に関係を断たれた。


翌朝

登校中、別れるにしろ、その理由を知りたかった私は通学路で彼を探した。
朝はやはり人が多い。
が、直ぐに見つけた。
反対の歩道で見慣れた後ろ姿の女と腕を組む彼を。
私の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
周りの景色がぼやけて見えるほど、私の目には2人の姿しか映らなかった。
私は彼と話し合う事を辞め、その日は逃げるようにして家に帰った。
そして家に着くと、私はベッドで1人咽び泣いた。


あれから学校へは行っていない。
あの2人に会うのが怖いからだ。
きっともう話すことは2度とない。
私の心は、バラバラに割れたグラスの様だ。
元に戻そうにも時間がかかるし、同じ形に戻る事はない。
それを身をもって知った。


15時を回った頃、流石に少しお腹が空いてきた。
何か食べようとリビングへ行くと、おばあちゃんが椅子に座って本を読んでいた。
「あら鈴音、おはよう」
「おはよう、お婆ちゃん」
お婆ちゃんはお母さんと違い、学校へ行けと言わない。
いつも起きるとおはようと言っては本を読むだけだ。
そんなお婆ちゃんの存在が、今はとてもありがたい。
しかし、逆に何も言われないのも妙な気持ちになる。


「ねぇお婆ちゃん」
「なぁに?」
「何でお婆ちゃんは私が学校に行かなくても怒らないの?」
私の問いにお婆ちゃんは笑って言った。
「なんだい、怒られたいのかい?」
「いや、そう言うわけじゃないけど」
意外な返しにちょっと戸惑った。
「鈴音の事だから、何か理由があるんだろ?」
ドキッとした。
と同時に、私の事を理解してくれているんだと、少し泣きそうになった。


「まぁ、ちょっとね」
「無理に話さなくていいさ。体だけじゃなくて、心が疲れた時にも休養は必要さ」
いよいよ泣きそうになった私は無理矢理話題を変えた。
「そう言えばさ、お婆ちゃんっていつも何の本読んでるの?」
「これかい?これは星降る村って言う昔話だよ。お婆ちゃんは昔からこの本が好きなのさ」
「へー、初めて聞いた。桃太郎とかなら知ってるけど」
「読んであげようか?」
「うん」
幼い頃から寝る前にはお婆ちゃんが絵本を読んでくれた。
そんな昔を懐かしみつつ、私はお婆ちゃんの読み聞かせを聞く事にした。

むかーしむかしのお話です。

とある大きな山の麓に小さな村がありました。
人が少ない村でしたが、皆が仲良く暮らしていました。
その村では、空には神様が住んでいると信じられていて、
神様が笑うと天気は晴れて、神様が泣くと雨が降るという言い伝えがありました。
しかしその言い伝えには、村のはずれに住む老人だけが知る続きがあったのです。
それは、神様がため息をつくと星が降るというものでした。
それは幸せの星と呼ばれ、どんな願いでも1つだけ叶えてくれるのです。

とある夜、老人は空に向かって祈りました。
「足の悪い私のために、どうか星を降らせてください。大好きな村の皆に自由に会いに行きたいのです」と。
するとどうでしょう、黄金にも勝る輝きを放った星が1つ、ゆっくりと手元に降って来たのです。
そして老人は足の自由を取り戻し、他の村人達は喜びの言葉をかけました。

しかし、老人はこれでは満足しませんでした。
貧しかった老人は、星を売ってお金にしようと考えたのです。
そうして老人は既に願いを叶える力のない星を抱え、村の商人の元へ行きました。
商人は眩い光を放つ星を見て驚き、老人へ聞きました。
「これは一体何なんだ」
老人は答えます。
「これは何でも願い事を叶えてくれる幸せの星だよ」
その話を聞いた商人は、星に黄金以上の価値をつけて買い取りました。
こうして富を得た老人は、思うがままの生活を手にしました。

しかし、老人が星を売った事で、村には変化が起きました。
幸せの星の噂は瞬く間に村中に広まり、星を巡って争いが起きるようになったのです。
ある者は盗みを働き、ある者は暴力を振るいました。
そうして村は荒れに荒れ、死人が出たことから、星は死の星と呼ばれるようになりました。

何も知らない老人は久しぶりに村の方へ赴きました。
するとどうでしょう。
人が倒れ、家は壊れ、村は崩壊していたのです。
何が起きたのか分からない老人は、再び商人に会いに行く事にしました。
するとそこには痛々しい格好の商人が、輝きを失い、ただの石と化した星を抱いて倒れていたのです。

その夜、老人は村を元に戻そうと再び神様へ星を降らせてくれと願いました。
しかし何度祈ったところで、星が降ってくる事はありませんでした。
そうして欲にまみれた老人は大切な村人達を失い、独りぼっちになったのでした。

「はい、おしまい。このお話はね、人は罪を犯すと必ず罰が当たる事を教えてくれるのさ。それにね、犯した罪は自分だけが罰を受けるんじゃなくて、周りの人を巻き込む事もあるって事。お婆ちゃんはね、この話を自分の戒めにもしてるのさ」
話を聞き終えた後、私は俯いたままぽたぽたとテーブルに涙を溢した。
その様子を見てお婆ちゃんは言った。
「どうしたんだい?」
私は、お婆ちゃんに今までに起きた事を全部話した。
大好きだった彼氏に振られた事。
その理由が親友だと思っていた春美の強奪によるものだった事。
そして何より、大好きだった2人に同時に裏切られた事が悔しくて悲しくて堪らなかった事。
まるで八つ当たりする様な勢いで話したにも関わらず、お婆ちゃんは黙って最後まで聞いてくれた。


「そうかい、それは辛かったね。もっと早く言ってくれればよかったのに」
壊れそうなくらい泣く私の涙を、お婆ちゃんは優しく拭ってくれた。
「お婆ちゃん、お婆ちゃん…」
私の頬に触れたお婆ちゃんの手は、小さくて少し硬かった。
「鈴音を裏切った2人にはきっと罰が当たるだろうね。でも、その前に鈴音が幸せを取り戻さないとね」
そう言うと、お婆ちゃんは本をテーブルに置き、私を外へ連れ出した。


時間は19時を回っていた。
日は完全に落ち、濃紺の夜空に星が美しく映えていた。
点いたばかりの街灯が、私とお婆ちゃんの足元を薄暗く照らしている。
よく飲み物を買う自動販売機の明かりには虫が集っている。
「お婆ちゃん、こんな時間にどこ行くの?」
お婆ちゃんはニヤリとして言った。
「幸せをもらいに行くのさ」
「はぁ〜、それってさっきの昔話のこと?私は空に神様がいるなんて信じてないし、そもそも星は降ってこないよ」
私が呆れていうと、お婆ちゃんは至って真面目に言った。
「こらこら、ため息をつくと幸せが逃げちゃうよ。ため息をつくのは神様だけでいいんだから。鈴音にはこれから神様に星を降らしてもらうようにお願いするんだよ」
私はお婆ちゃんがボケているのかと一瞬心配した。
しかし、お婆ちゃんはどうやら本気で星が降ってくると信じている様だ。


しばらく歩いていると、空がきれいに見える公園へ着いた。
「ここって…」
「覚えてるかい?鈴音は小さい頃、ここでよく遊んでいたんだよ」
2人用のブランコに象の見た目をした滑り台、その横には砂場が設けてある。
小さい頃は大きく見えた遊具たちが、今ではとても小さく見える。
「ここはね、お婆ちゃんにとっても思い出の場所なんだよ」
「え?」
「20年前、お爺さんが亡くなる前にね、ここに来て星を降らせてくださいってお願いした事があるのさ」
「え、お婆ちゃん本当にあの話を信じてたの?」
「そうさ。その頃のお爺さんの容体は良くなくてね、お婆ちゃんはもう星に頼るしかなかったのさ」


私はお婆ちゃんに言った言葉を恥じた。
人間、絶望的な状態になった時は藁にもすがる思いになるものだ。
お婆ちゃんはそれが藁ではなくて星だったのだ。


「それで、星は降ってきたの?」
お婆ちゃんは微笑みながらも少し悲しげに言った。
「いんや、その時は降ってくれなかったよ」
「そんな、お爺ちゃんが亡くなる時でさえ降ってくれなかった星が、私なんかの為に降ってくれるわけないよ」
「苦しみの大きさは他人と比べられるもんじゃないんだよ。今、鈴音が苦しんでいる、それが大事な問題なのさ」
「お婆ちゃん…」
「さ、そろそろ星が降る頃だよ」
そう言われて空を見上げると、無数の流れ星が夜空に輝いていた。
流れた星には光が尾を引いている。
「これって…」
「ペルセウス座流星群さ」
お婆ちゃんの言った通り、本当に降ってきそうな程の数が次々と流れていった。

「きれい」
「ほら、上手く星をキャッチできるかい?」
私は夜空に向かって星を掴む真似をした。
「うーん、なかなか取れないや」
「じゃあ、お婆ちゃんに任せなさい」
そう言うと、ほっと一声、お婆ちゃんは星を掴む真似をした。
「ほら、たくさん取れたよ」
「え!うそ!」
そう言って開いたお婆ちゃんの手の中には、白、ピンク、黄色、黄緑など、カラフルな小さい星がたくさん収まっていた。
「ほら、お1つお食べ」
私は黄色の星を選んで食べた。
その星は舌で転がすたびに口一杯に幸せな甘さが広がり、そして次第に消えていった。


「どうだい?星は降ってきただろ?」
「うん」
私は潤む瞳で夜空を見上げながら、もう一つの星を口へ運んだ。

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