山形県人に、こんな大金持ちがいたなんて!
マダム、っていい響きですよね。
フランスで、「マダム」と呼ばれると、つい、「ウィ(はい)」とちょっと背筋を伸ばして答えてしまいます。
でも、はじめてフランスを訪れた時はまだ20代前半だったので、マダムと呼ばれることに抵抗がありました。
「おばちゃん」と呼ばれているようで。
なので、「マドモアゼルと呼んで頂戴」といちいち言っていたほどです。
今では「マドモアゼル」と20歳以下の女の子以外に使うと、ハラスメントだと怒られます。
特に私のようなおばちゃんに言うと、バカにしているように聞こえるらしいです。
「よう、ねえちゃん」って感じのニュアンスですかね。
そう呼ばれると、確かに私はキレるでしょう。
ちなみに、女優はすべて「マドモアゼル」と呼ばれます。
年齢が関係ない職業だからでしょうか。彼女たちに「マダム」と言うと怒られることもあるそうです。ま、レストランなどで普通の女性として扱うときは、マダムと呼ぶでしょうが。
初めてのパリは、知り合いはいませんでしたので、友人がパリ在住のマダムを紹介してくれました。
「お土産を届けがてら彼女に会いに行くと良いよ」と。
彼から託されたお土産を渡すことを口実に、マダムに会う約束を取り付けました。
教えてもらった住所をプリントアウトし、それを頼りに彼女のアパルトマンを探します。
6月の暑い日で、当時マドモアゼルだった私は、日焼けを気にして日陰を選んで歩いておりました。高い壁に沿ってできる日陰に身を隠しながら。
遠くで誰かが、「マダム!マダム!」と叫んでます。
どこぞのマダムが怒られているのだろう、と、私は気にせず歩いておりました。
「マダム!」という声とともに、背後がから誰かが走ってきます。それでも私は気にしていませんでした。だって私はマドモアゼルだから。そう思った瞬間、誰かが私の肩を強くつかみました。
「マダム!」
力強く肩を引かれて振り返ると、屈強な男性が立っていました。胸には「POLICE」と書いてあります。何が起こった?たぶん私は狐につままれたような顔でもしていたのでしょう。その私に向かってその男性は言いました。
「マダム」
私は毅然としてその男に言ってやります。
「ちょっと待って。私はマダムではありません。マドモアゼルです」
「分かった、マダム」
「ええ、だから、私はマドモアゼルなのです」
男性はちょっと困った顔をしましたが、「OK、マドモアゼル」と返しました。
「ここは歩いてはいけない場所なのだよ」
「なんで?ここは歩道よね。私は道路を歩いているわけではないですよ」
「そうなのだけれど、マダム」
こいつは語尾にマダムをつけるのが癖なのか?!アホなのか??とその時は思っていましたが、フランスでは丁寧に話すとき、語尾にマダムをつけるのだそうです。そんなことは知らなかったので、またまた指摘します。
「私はマダムではありません。マドモアゼルです」
男性はあきれた顔をしながらまた、「OK、OK、マドモアゼル」と、落ち着けとでもいうように手を差し出します。
「ここは歩道だけれど、この壁に近づいてはいけないのだよ」
「なんで?この道にはここしか影がないじゃない。今日は暑いから私は日陰を歩いているだけなのよ」
男性はあたりを見渡し、なるほど、という顔を一瞬しましたが、私の顔をじっくり見据えます。
「この壁はエリゼ宮の壁なんだ」
当時アホな私はエリゼ宮を知りませんでした。
「エリゼ宮?!」
「そうだよ、プレジデントが住んでいるところだよ」
プレジデントを日本語に訳しなさい、と言われると、みなさんはなんと答えますか?
「社長」ですよね?
私だけですか?!
日本には、天皇(エンペラー)はおわしますが、大統領(プレジデント)は存在しません。咄嗟に言われると、プレジデント=大統領と結びつくことが容易ではありません。だって、日本に社長は存在しますが、大統領は存在しないのですから。
ちなみに、イギリス、オランダ、デンマーク、スウェーデンなどにも、大統領は存在しません。なぜなら国王や女王がいるからです。
大統領がいそうな、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどにも、大統領はいません。英連邦を形成していて、国家元首はいずれもイギリスの女王だからです。
そんな彼らに、「プレジデント」と言われて咄嗟に「大統領だ」と思いつくのか、聞いてみたいところです。
とにかく私はその男性に質問しました。
「どこのプレジデントなの?」
男性はあきれ返り、おまけに体も反り返りながら叫びました。
「ラ・フランス!」
ここでまた質問です。ラ・フランスと聞いて、みなさんは何を想像しますか?
もちろんアホな私は、洋梨のラ・フランスを想像しました。
「山形?!」
高い壁を見上げます。
ラ・フランスは山形県が国内生産量の7割を占めているそうです。
山形県人に、こんな大金持ちがいたなんて!
フランスにこんな豪邸を建てられるって、ラ・フランスって儲かるんだなぁ、と感心してしまいました。
もちろん彼は洋梨のラ・フランスのことを言っているはずはありません。
あるサイトでは『発見したフランスのクロード・ブランシュが「これはわが国を代表するにふさわしい果物である!」と賛美したことから“ラ・フランス”と名前がついたといわれております』と、書かれてありましたが、あれをラ・フランスと呼んでいるのは日本だけです。
フランス人の夫に聞くと、「なんで?」と首をかしげるだけでした。
「だから、フランスを代表するにふさわしい果物だからなんだって」
「はぁ~?フランスにはほかにもたくさん代表できる食べ物はあるよ」
あ~、面倒くさい。なので、彼のことは放っておきましょう。
フランス語では不思議なことに、国にも定冠詞をつけます。国によって男性だったり女性だったりするのですが、フランスは女性なので、女性の定冠詞“ラ”をつけて、ラ・フランスと言うのです。
ちなみに日本は男性で、男性の定冠詞“ル”をつけて、ル・ジャポンと言います。
ぽかんと壁を見上げる目の前のアホそうな女は、絶対自分の言ったことを理解していないだろうと気づいた男性は、私に念を押すように言います。
「ここは、フランスの大統領官邸なんだよ」
やっとすべてが繋がりました。
「マダムと呼ばず、マドモアゼルと呼べ」と反論している場合ではありませんでした。
大統領官邸だから、壁であろうとも近づいてはいけないと、警察の人が注意しに来ていたのです。
すべてが繋がるのにこんなに時間がかかるなんて。
やっぱり俗に言う「一般常識」は知っておいた方が“ええじゃないか”と思います。
少なくとも、訪れる場所のことは下調べしましょう。(当たり前か)
こんなことがあるからね。