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Women lived their world respectfully in Major League Baseball
はじめに
こんにちは。
私は、メジャーリーグ・ベースボールのリポーターとして、
現地アメリカで主に大谷翔平選手について取材をしています。
そして、TokyoFMの土曜日の朝の報道番組、”Tokyo News Radio” の中で、
現地からリポートを届けています。
メジャーリーグ・ベースボールの現場では、多くの女性が生き生きと活躍していることに気づきます。
アメリカのメジャーリーグ・ベースボールの世界は、どのようにして女性が仕事をしていくようになったのでしょうか?
今は日常の普通の環境のように見えても、最初の一人が革命を起こすにはさまざまな苦労があり、ジェンダーにおける闘いは半端ありませんでした。
今シーズンの取材をする中で、現場でご一緒した、主にメディアにおける女性の方々にロングインタビューをしました。
現在に至るプロセスも含めて、みなさんの輝いている秘密を探りました。
(時に、ジェンダーの角度からも)
また同時に、大谷翔平選手についても、みなさんにお話を伺っています。
大谷選手をはじめ日本人メジャーリーガー達が活躍しているメジャーリーグという舞台の背景の一端がお届けできたらと思います。遠くアメリカで活躍している選手達の環境を、少しでも立体的に感じ取っていただけたら嬉しいです。
最初の方は、まさにメジャーリーグにおけるメディアでの第一人者、ニューヨーク・ヤンキースのラジオ・ブロードキャスター、スーザン・ウォルドマンさんです。2023年7月、エンゼルスタジアムにて、スーザンさんにお話を伺いました。
「彼は、生まれながらにして、スターである」
He carries his own star with him!
「彼は、生まれながらにして、スターである」
この言葉は、ニューヨーク・ヤンキースのラジオ局のブロードキャスター、スーザン・ウォルドマンさんが、2023年7月、エンゼルス対ヤンキースの試合の中継中に、大谷翔平選手について語ったものです。
ーこの言葉の真意は?大谷選手についてどのような印象を持っていますか?
スーザン:翔平、彼はとにかく素晴らしい選手です。彼は一世一代の才能の持ち主です。彼のような才能を持ち合わせている選手を、再び目にするかどうかはわかりません。彼は、生まれながらにして、スター選手なのです!彼はスターになる必要はないのです。彼の一挙手一投足の全てがスターなのです。本当に信じられないほど素晴らしい選手です。
スーザンさんの言葉には力があって、人々の心にストレートに届きます。
スーザンさんの仕事は、日本ではあまり聞きなれない、”カラー解説”。
”カラーコメンテーター”とも呼ばれています。
ー実際、どのような解説がカラー解説なのでしょうか?
カラー解説の定義はなんですか?
スーザン:カラー解説とは、何かが起こった後に何が起こったかを分析し、ストーリーを提供し、打席や試合で何が起こるかを予測し、「WHAT!」だけでなく「WHY!」を提供することです。
WHAT!と WHY! ものすごいスピードで展開される試合中継の中で、試合状況に合わせて即座に分析し、ストーリーを提供する。まさにその背景をエピソードと共に表現豊かに伝えること。その表現は、”カラー” つまり色鮮やかに詳細に伝えられること。
また、スーザンさんは、2021年の、当時、ジョー・マドン監督の次のようなコメントを紹介しました。(2021年8月30日、エンゼルス対ヤンキース戦)
彼はとってもすばらしいチームメイトで、誰よりも早く球場に来て、誰よりも遅く球場を離れる。そして誰よりも先にコーンにのったアイスクリームをゲットする
ーリズミカルで、短い文章の中に、情報がたくさんあります。大谷選手の素顔も垣間見られますね。
スーザン:私は選手とファンをつなぐ存在です。 私からしか得られないものを伝えるようにしています。 それは選手、監督、コーチと私の関係があるからです。ファンには、選手たちが単なる統計データではなく、人間であることを理解してほしいのです。 私たちがスポーツを愛するのは、選手が人間だから。 それを忘れて、ただ統計として彼らを見るとき、私たちはビデオゲームだけをして、すべてを忘れてしまうかもしれません。
スーザンさんは、分厚いノートを片手に、常に選手や監督、コーチにインタビューをしています。その豊富で細やかな取材から、スーザン独自のカラー解説が生み出されます。
スーザンさんは、にこやかで溌剌としていて、いつも背筋が伸びていて、少し歩幅が大きく速く軽快に歩いていて、そして声は明るく低音でとても響きます。
1シーズン中に、エンゼルスとヤンキースが対戦するのは、それぞれの本拠地で3試合ずつで計6試合。今シーズンはドジャースタジアムで、ドジャース対ヤンキース戦が行われて、その3試合を加えて、今年、私はスーザンさんと9試合9日間、お会いすることができました。
けれども、いつも選手、監督、コーチへのインタビューを次々と行なっているので、分刻みのスケジュールです。なので、メイク室でメイクをしているところに同席させていただいて、お話を伺ったり、指導を仰いだこともありました。
ラジオ・ブロードキャスターを始めて35年
「35年前はメジャーリーグで働く女性はいませんでした。女性を見たことがなかったです」
と、1980年代当時を振り返ります。
昨年には、全米ラジオの殿堂入りも果たし、贈られた盾には
ボストンで育ち、ブロードウェイのキャリアを夢見て、トランジスタラジオを枕の下に置いて寝ていた頃、スーザン・ウオルドマンは、ミュージカル劇場やラジオ放送でのキャリアの成功を予感していたようでした。スーザン・ウオルドマンが、その長く輝かしいキャリアの中で、数々の「ファースト(先駆者)」を楽しんできたのは驚くべきことではない。スーザンは、ニューヨークの初(ファースト)のオールスポーツラジオ局であるWFANで初めて聞かれた声でした
と、はじまり、全国放送のメジャーリーグベースボールの試合で、実況を担当した初の女性、そして、2005年にはメジャーリーグの球団初の女性のフルタイムカラーコメンテーターとなった、他にも数々の”初”の成功が刻まれています。
そして最後にはこう締めくくられています。
スーザン・ウォルドマンは、傑出した功績により、何世代にもわたって若い女性たちに、自分の夢を追うようインスピレーションを与え、ラジオ業界に入る人々のたゆまぬ擁護者であり指導者でもある
今、多くの女性がメジャーリーグの世界で様々な仕事についているのも、”スーザンの存在があったから” と言っても言い過ぎではないと思います。
女性がメジャーリーグの世界で働く道を切り開いてきた人。まさにパイオニア的存在であり、ロールモデルでもあります。
ー今までのキャリアの成功の秘訣はなんですか?
スーザン:秘訣なんてないですよ。私は35年間、必死に働いてきました。誰よりも準備をしてきました。最初に来て、最後に帰ります。私は必死に本当に働きます。
ー女性レポーターとして仕事をする際に心がけていることはなんですか?
スーザン:私はたまたま女性だったレポーターです。私は女性レポーターではありません。そしてそれは女性が間違えやすいことで、あなたは女性ですが、あなたはリポーターなのです。もし女性レポーターと言えば、あなたは男性以下になってしまいます。
確かに、女性が自ら”女性レポーター”と意識する心のあり方ではなく、ジェンダーを問うことなくフェアで多様性に富んだ環境を言うならば、自ら"女性”という冠をつける意識こそ必要ないのです。
ー女性として今のポジションを獲得できたことをどう感じていますか?
スーザン:私は全米ラジオ殿堂入りを果たしましたが、とてもエキサイティングなものです。 野球だけでなく、すべてのラジオが対象です。 ラジオが発明されて以来、何百万人というラジオ関係者の中で、殿堂入りしたのは325人ほどなので、とても特別なことでした。ラジオの殿堂に入ったことは、誇らしいことだと思います。今でもメジャーリーグの球団で毎日カラー解説をしている唯一の女性だからです。私が成し遂げたことについてはもちろんですが、それ以上に、若い女性たちがこの仕事をするチャンスを得ているという事実が、より嬉しいことなのです。もし自分がうまくいかなかったとしたら...。ある若い女性はチャンスを得られなかった。それが最も重要なことで、女性である以上、自分が失敗したら、どこかの女性にチャンスが回ってこなくなることを強く意識します。
”自分が失敗したら、自分が無くなる” のではなく、”自分が失敗したら、次に繋がらない、次の世代の女性達に繋がっていかない”と言うことを使命に感じながら仕事をしてきたと言うスーザンさんの言葉は、強く胸に響きます。
最初のキャリアは、ブロードウェイ
最初のキャリアは、ブロードウェイ。女優として大成功をおさめ、その後、ヤンキースのラジオ・ブロードキャスターに転身。
ーメジャーリーグで活躍する解説者になろうと思ったきっかけを教えてください。
スーザン:当時はそれが目標ではありませんでした。 スポーツ中継の世界に入ったのは、歳をとって、ニューヨークまで行ってやっていたミュージカルがなくなって、もう戻ってこなくなったから。音楽が変わっていく中で、私の人生に、何か他のことを見つけなければと思ったのです。もともとスポーツが好きでしたし、自分には向いていることだと思っていたのです。 この業界で女性が嫌われているなんて知りませんでした。 自分には向いていると思いましたし、スポーツの人間性が失われつつあると感じていましたので、 放送に人間的な要素を取り戻せると思ったのです。
当時、スポーツの業界で女性がいないことを意識することなく、男女問わず、単純に ”自分は貢献できる” と思って、この業界に飛び込んだ。ところが、この業界で女性が嫌われているなんて・・・・・。
「女に野球がわかるか」と殺害予告を受ける
スーザン:ある瞬間です。殺害予告を受けました。それが一番、つまり一番、ゾッとしたことです。
ーメジャーリーグに関わったことで、命を狙われたということですか?
スーザン:スポーツ全般に言えることです。私には、ヤンキースタジアムで1年間、途切れることなく、覆面パトロールがついていました。誰が一緒だったかは知りませんでしたが、駐車場についてから家に帰るまで、ひとりになることはありませんでした。元海兵隊員の警備のトップのビル・スクワイアーズが警察官を配置しました。 ヤンキースのオーナーであるジョージ・スタインブレナー氏がそれを実現させたのです。1989年、スタインブレナー氏は、私がラジオで野球の話をしていたせいで、誰かが私を殺そうとしたので、私に1年間、警察官をつけていたということを、確認しました。
ー今、振り返って、その時のことをどのように感じてますか?
スーザン:明らかに、それは私の人生を変えました。誰も私をこのビジネスから追い出すつもりはありませんでした。 当時も今も、私はラジオでニューヨーク・ヤンキースのことを話している唯一の女性だったので、誰かが私を死なせようとしているとは考えられませんでした。ですから、それを乗り越えれば、何でも乗り越えられると思います。
彼女は非難されることの辛さ、怖さを知っている。殺害予告なんて想像を超える言葉や行為に心を痛めながらも、諦めることなく、それ以上に必死に前進し、後に続けられる道を開き、礎を作りました。
初めてのことをする時には、摩擦が生まれて、いざ、歯車を回そうと始めるにはかなりの力が必要です。今のように時代がジェンダーバランスを解決しようと大きな流れになっている時ではなく、当時はアヴァンギャルドなことに感じたかもしれない。
女性として、様々な”初”を切り開こうとする時、その動きを後押ししてきた人の存在が必ずあるのです。メジャーリーグという世界で、長い歴史を誇り、ニューヨーク・ヤンキースが名門球団と言われるのも、多くのエッセンスの中の小さな1つかもしれないことでも見過ごすことなく対応してきた一歩一歩の積み重ねが、大きなエネルギーの流れになっているのだと、私は信じています。
メジャーリーグが大きな舞台である所以、アメリカにおいて大きな文化である所以が、ここに表れていると思います。
プロフェッショナルでいること
ー現在の仕事で大変だったこと、楽しかったことは何ですか?
スーザン:全部楽しいですよ!一度理解できれば、知ってしまえば、あとはするだけです。だけどね、とても一生懸命に働かなければなりませんよ。それを私は全うしているだけです。もちろん、とても厳しく、大変なことです。それが仕事です。多くの人は私の仕事は、ただそこに座って野球観戦を楽しんでいる、ファンではないかと思っているかと思います。そんなのんきな仕事ではありません。まず、準備をしなければなりません。全ての選手のことを知らなければなりません。ゲームを理解しないといけません。さらにそれをファンに伝えることができなければなりません。そしてそれが私にとって楽しいことなのです。もし、それが簡単だったら、誰もがやっていることでしょう!しかし、誰もがやっていないということは、それが難しい事です。
ー声の出し方や発声についてトレーニングはしていますか?
スーザン:もちろんです。 今でもボイスレッスンを受けて、毎日朝から発声しています。声を小さくしたり、怒鳴ったりせずに、感情や興奮を表現できなければなりません。 一流のラジオキャスターは、無理に興奮させたり、嘘っぽく聞こえることなく興奮させることができるのです。
レギュラーシーズン、168試合、ホームゲームだけでなく、遠征にも帯同し、仕事をこなすには体力的にも相当きつい。
それを30年以上も続けていらっしゃいますが…….
ーどうやって体調を管理されていますか?またどうやってスケジュールを立てていますか?
スーザン:好きでなければなりません。これが私の人生なんです。スケジュールがどうこうではないのです。それが仕事なのです。だから大変だとは思いません。それが私の仕事ですから。それにね、何かを大変だとか難しいとか思い始めたら、他のことをした方がいい。そうじゃなくて、情熱を傾けられるものでなければなりません。そして、自分が好きなことをするのです。
まるでベーブ・ルースの生まれ変わり?
スーザンさんが歩んだ30年以上の歴史には、今のヤンキースタジアムよりも前の旧ヤンキースタジアムの時の経験も刻まれています。
"ルースが建てた家" と呼ばれた、ベーブ・ルースが実際に歩いた、その旧スタジアム。創立(1923年4月18日)から100年後、まさにちょうど1世紀後、大谷翔平選手は、ヤンキースタジアムでホームランを放ちました。(2023年4月18日)
ーそれはまるで、祝砲のようでした。大谷選手はベーブ・ルースの生まれ変わりのように感じますか?
スーザン:翔平は誰の生まれ変わりでもありません。彼は信じられないほど素晴らしい選手で、生まれながらにしてのスターです。翔平選手には、あまり会えないけど、彼は本当に特別な人です。彼の夢は史上最高の野球選手になる事だと、私は知っています。彼は、すぐにその域に到達するかもしれません!私は、過去の時代の選手と比較することは決してない......今は別のゲームです。そして誰も”次の誰か”であってはなりません。翔平選手は翔平自身なのです。私は、彼のキャリアがこれからも新たな道を拓くのを見るのが待ちきれません。
『OK、彼女にチャンスを!』
さて、メイク室でメイク中の彼女に、色々とお話を伺いながら、全てのインタビューの最後に、日本の女性たちにメッセージを送ってほしいとお願いをしました。
そうしたら、メイクの手をやめて、鏡を見ていたスーザンさんが私の方に振り返って、私の目をじっと強く見つめて、次のように語りはじめました。
スーザン:ただ誰でも、あなたに『NO』と言う人に決して耳を傾けてはなりません。あなたは毎日鏡を見ます。 そしてあなたは、鏡の中の自分に『この世の中で、私に何か貢献出来る事はありますか?』問いかけるのです。そして、『YES』と言えるのであれば、やり続けてください。誰にも『NO』と言わせないでください。もし、誰かが『NO』と言った場合は、『Thank you』と言ってあげて下さい。そして次の人に会って下さい。最終的には誰かが『YES』と言うでしょう。継続は力となる事をお約束しましょう。私が演劇をやっていた時にいつも言われてきた言葉があります。『ブロードウェイに失敗はない。 諦めるのが早いだけ』直ぐに諦めてしまう人が多いのです。そして、これは、自分には出来ないと思わない限り、誰かが『YES』と言う事を信じれば、諦める必要はないという、全ての人への素晴らしいメッセージだと思います。出来ると思うなら、決してあきらめないで、やり続けて下さい。必ず誰かが『OK、彼女にチャンスを!』と言うからです。
おわりに
インタビューの日の試合後、スタジアムのクラブハウスから外に出る通路で、スーザンさんを見つけて、追いかけました。私はインタビューはお願いできたけれども、写真を撮影させていただくことをすっかり忘れていたからです。
「スーザン、スーザン、スーザン!」
「今はダメよ。飛行機に乗り遅れるから!」
そう、スーザンさんは誰よりも遅くスタジアムを去るのですから。
スーザンさんの響く声が、スタジアムの通路にこだましました。
今のメジャーリーグ、もっと言えばもしかしたら、スポーツのメディア全てに影響を及ぼしているかもしれない、スーザンさんの歩と存在。
スポーツの世界に人間らしさが失われつつあると感じて、自分が伝えることによって、人間らしさを取り戻せるかもしれない、スポーツの世界に貢献できるかもしれない、と、この世界に飛び込んだ、その考えは、35年経った今も一貫しています。
そして、”女に野球がわかるか” と殺害予告を受けることなどを乗り越えることによって、支えてくれた人々への感謝の気持ちとともに、精神はより強くなった。
その強さは、女性である自分が失敗したら、次の世代の女性たちにつながっていかないという使命感にも昇華されていったのだと感じ、スーザンさんのメッセージに、私自身、とても強くインスパイアされました。
そして日本の女性たちを大きく応援してくれている。その気持ちが伝わって、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
スーザンさんが発する言葉が、笑顔が、強くて優しい眼差しが、
いつまでも私の心に響いています。
さて、次回のメジャーリーグを彩る女性のご紹介は、再び東海岸のチームから。
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