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【百科詩典】<短歌・俳句><歌詞・詩><小説など>

日常の眺め方が優しくなるのならの50音順


短歌・俳句

体などくれてやるから君の持つ愛と名の付く全てをよこせ

岡崎裕美子『発芽』

アイロン

たましいにアイロン掛けをするような熱くて長い抱擁だった

同桂成

会う

あらざらむこの世のほかの思ひ出に今一度の逢ふこともがな

和泉式部『後拾遺和歌集』

朝焼け

祖父のゐる南氷洋につながつてゐたのであらう祖母の朝焼け

有川知津子『ボトルシップ』

明日

はらだたしわが満足はいつまでもいつまでも明日があづかりてあり

矢代東村『一隅より』

アダムとイブ

エマージェンシーブレーキが作動してアダムとイブを轢き殺せない

木下龍也

自分をたづぬるために孔を掘り、孔ばかりが若し残ったら

若山牧水『みなかみ』

あなた・君

おめでとう わたしはわたしを祝いたい きみと出会えた でかしたわたし

仁尾智『これから猫を飼う人に伝えたい11のこと』付録

アパート

階段を上る足音待ちわびた あのアパートは取り壊された

さわだみやこ

「萩の月・10個入り」みたい アパートの窓それぞれにそれぞれの夜

毛糸

好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君

枡野浩一

死別ではないから余計さみしくて顔面にぶちあてる五月雨

木下龍也

飴🍬

「腋の下をみせるざんす」と迫りつつキャデラック型チュッパチャップス

穂村弘『ラインマーカーズ』

あらアンズ もう時期アンズ 迷い無く値段も見ずに手に取るアンズ

野村貞江

手をのべてあなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が

河野裕子『蝉声』

生きる

非を認め謝罪すること大嫌い 傲慢なまま生きて行きたい

森本晋

イチゴ🍓

迷ってもぼくのなかには祖母がいる イチゴ大福食べれば平気

佐々木泰三

井戸

底に砂ばかり残った暗闇をいつまで井戸と呼べるだろうか

木下龍也

イヤホン

線のあるイヤホンみたいにだいすきと単純に伝えたいよ、あなたに

田中佳

うなぎの顔の尖りつつ泳ぐさびしさだ 嵐のあとを人ら混み合ふ

澤村斉美『galley』

足のつくことに戸惑うこれまでは溺れるだけの海だったから

木下龍也『あなたのための短歌集』

海へ行く約束をしたそれからのすべての日々が海までの道

水町春

エスカレーター

唐突にやさしくされると怖いんだ 平らに変わるエスカレーター

谷口菜月

エレベーター

エレベーターが地上におりてチンというさびしいさびしいと衣ずれの音

戸田響子『煮汁』

延命医療

延命医療こばんで父は餓死したり かなしき父と思ふまじ、まじ

日高堯子『水衣集』

老い

老害にならないようにするなんてずうずうしいにもほどがあります

枡野浩一

おにぎり

前線に送り込まれたおにぎりは午前三時に全滅したよ

木下龍也

鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい

木下龍也

ひっそりと想いを秘めて沈む貝 あなたに響く海鳴りの底

茉亜

階段

迅速に一人子は育ち独りなり階段を傘で叩いて昇る

川野里子『太陽の壷』

永遠に上りつづける階段のだまし絵のなかの勤め人たち

丸山卓也『フイルム』

かろうじて上るねむたい階段の半ばに気難しい段がある

中沢直人『極圏の光』

踏み外したい踏み外したいと丁寧に下りていくときの正しい感じ

植垣颯希

階段をおりる自分をうしろから突き飛ばしたくなり立ち止まる

枡野浩一『てのりくじら』

案山子

茶畑の案山子の首は奪われて月の光のなかの十字架

木下龍也

かき氷

かき氷屋の前にだけ人口がある

木下龍也

カゲロウ・蜉蝣

自販機のひかりまみれのカゲロウが喉の渇きを癒せずにいる

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

傘🌂

人類へある朝傘が降ってきてみんなとっても似合っているわ

雪舟えま『たんぽるぽる』

手がかりはくたびれ具合だけだったビニール傘のひとつに触れる

木下龍也

もうずっと泣いてる空を癒そうとあなたが選ぶ花柄の傘

木下龍也

歌集・詩集

詩集から顔を上げれば息継ぎのようにぼくらの生活がある

木下龍也

風🌬️

風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり

穂村弘『ドライドライアイス』

風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが

笹井宏之『ひとさらい』「うすくみたす」

カップヌードル

ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。 ハロー カップヌードルの海老たち。

穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』

カニカマ

カニ軍は自前の武器で戦ってカニカマ軍は走って逃げる

宮内陽登

西日差す部屋に独りだカニカマの残骸しゃぶる オリンピック見ない

殿内佳丸

カニカマを蟹と信じて生きてきて明日地球に隕石が降る

来る

カニカマとスイカバーが好きだった男と過ごした夏みたいな嘘

おけい

花瓶

水仙をふるさとの花と思うとき 暗き海色の花瓶を選ぶ

俵万智

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

与謝野晶子

神様は君を選んで殺さない君を選んで生かしもしない

木下龍也

カルピス

好物をそれしか知らぬゆえ父に迷わず供えるカルピスソーダ

小野小乃々

キス

まぐかつぷかつんとふれてしまつたな、としかいひやうのない口づけだつた

小田桐夕『ドッグイヤー』

唇が荒れるくらいの長いキスまでに交わした短い会話

木下龍也

キッチン

キッチンへ近づかないで うつくしいものの怖さはもう教へたよ

山木礼子『太陽の横』

きのこ🍄‍🟫

いい人、と姉はきのこの毒の有無みたいに言って写真を見せた

葉村直

気持ち

「複雑な気持ち」だなんてシンプルで陳腐でいいね 気持ちがいいね

枡野浩一『てのりくじら』

救急車🚑

救急車の形に濡れてない場所を雨は素早く塗り消してゆく

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

キリスト

キリストの年収額をサブアカで暴露している千手観音

木下龍也

金魚

円形の和紙に赤きひれ掬われしのち金魚は濡れる

吉川宏志『青蟬』

鯨🐋

工場にて鯨炊く日を知つてゐる羽黒鶺鴒よく歩く鳥

有川知津子『ボトルシップ』

錠剤を乗せないほうの手のひらをいつでも握っていてあげるから

ミナガワ

口癖

肯定を必要とする君といて平気平気が口ぐせになる

枡野浩一『てのりくじら』

おもはずや夢ねがはずや若人よもゆるくちびる君に映らずや

与謝野晶子『みだれ髪』

くちびるが激しく動くそのひとのこゑではなくて湿りがこはい

小田桐夕『ドッグイヤー』

口笛

口笛を吹けない人が増えたのは吹く必要がないからだろう

枡野浩一『てのりくじら』

口紅💄

閉じたままのピアノも少しずつ狂う 口紅の輪郭整える

川口慈子『Heel』

すれ違う車の顔のまねをする 軽自動車は笑顔が多い

川島花瓶

車椅子🧑‍🦽

車椅子の女の靴の純白をエレベーターが開くまで見る

木下龍也

欠席

欠席のはずの佐藤が校庭を横切っている何か背負って

木下龍也

子の声が音に聞こえる 私からのSOSだ ケーキを買おう

小出知美

交差点

サラ・ジェシカ・パーカーさんが三叉路でサラとジェシカとパーカーになる

木下龍也

コンビニ

ボス戦の直前にあるセーブ部屋みたいなファミマだけど寄ってく?

木下龍也

コーヒー☕️

父さんが大好きだった珈琲は大人になってもかしこい香り

佐藤研哉

なにか夢を叶えたらしい友達の缶コーヒーのお金も払う

虫竹一俊『羽虫群』

サイコロ🎲

サイコロはいつも空から降ってきたようにこの世の机にあった

鈴木晴香

魚🐟

婚姻色の魚らきほひてさかのぼる 物語のたのしきはそのあたりまで

齋藤史『秋天瑠璃』

水中では懺悔も口笛もあぶく やまめのようにきみはふりむく

工藤玲音『水中で口笛』

木枯らしや目刺しに残る海の色

芥川龍之介

猿🐒

金網をとどろかし餌にはしり寄るいま人の如くありたる猿ら

田谷鋭

サンダル

サンダルの青踏みしめて立つわたし銀河を産んだように涼しい

大滝和子『銀河を産んだように』

こはきもの失せたるときに髪の毛を三つ編みにして死が立つてゐる

山田富士郎『商品と夢』

幸せ

ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした

笹井宏之『ひとさらい』「うすくみたす」

シーツ

風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける

笹井宏之『てんとろり』

JR

本日もJRをご侮辱いただきありがとうございます、散れ

木下龍也

シェイク

赤羽で赤点食らった僕たちはマックシェイクをゾーゾー鳴らす

遊鳥泰隆

詩集

詩集から顔を上げれば息継ぎのようにぼくらの生活がある

木下龍也『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』

地震

落ちた橋傾いたビル生きようねトランポリンの上だと思って

三島瀬波

ことことと小さな地震(ない)が表からはいって裏へ抜けてゆきたり

山崎方代『迦葉』

自転車🚲

自転車に乗れない春はもう来ない乗らない春を重ねるだけだ

木下龍也

自動販売機

自販機のなかに汁粉のむらさきの缶あり僧侶が混じれるごとく

吉川宏志『石蓮花』

かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば 夜ぞ更けにける

中納言家持『百人一首』6番

車両

今僕が見てた景色を今見てる後ろの車両を乗っているひと

猪山鉱一

障子

破れたる障子の穴をふさぎたる目玉が大きく迫って来る

山崎方代『右左口』

ショッカー

ショッカーの時給を知ったライダーが力を抜いて繰り出すキック

木下龍也

おじいさんばかり残ったショッカーをいつまで悪と呼べるだろうか

木下龍也

シルバニアファミリー

シルバニアファミリーの赤ちゃんだけを全種引き出しにかくまっている

春過ぎて夏来にけらし 白妙の衣ほすてふ天の香具山

持統天皇『百人一首』2番

人生

殺したいやつがいるのでしばらくは目標のある人生である

枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』

心電図

心電図の波の終わりにぼくが見る海がきれいでありますように

木下龍也

新年

おはようとおめでとうが交差して年の初めはくすぐったいぞ

鈴木麦太朗『日時計の軸』

新しき年のはじめのめでたさや栗きんとんから栗が見つかる

虫竹一俊『羽虫群』

水道

ひとりならこんなに孤独ではないよ水槽で水道水を飼う

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ

陣崎草子『春戦争』

スーツ

リクルートスーツでゆれる幽霊は死亡理由をはきはきしゃべる

木下龍也

いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ

石川啄木

東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる

石川啄木

大といふ字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり

石川啄木

スプーン・匙🥄

「すごいね」に混じってしまうざらざらを潰していますカレーの匙で

北村保

ガラス壷の砂糖粒子に埋もれゆくスプーンのごとく椅子にもたれる

吉川宏志『青蝉』

スマホ

それぞれの秘密を抱えてテーブルに 3つのスマホならべる真昼

小川ユキ

すみれ・純連

とぼとぼと歩いてゆけば石垣の穴のすみれが歓喜をあげる

山崎方代『方代』

世界

野茂がもし世界のNOMOになろうとも君や私の手柄ではない

枡野浩一『てのりくじら』

八月に私は死ぬのか朝夕のわかちもわかぬ蝉の声降る

河野裕子『蝉声』

青淵にひぐらしの声ふるがごとし声の真下をわが舟は過ぐ

佐佐木信綱『椎の木』

ソーダ

大好きということにして君と会い 罰として飲むクリームソーダ

美好ゆか

空を見て俺はわらった俺はすぐしあわせになる癖があるから

ぷくぷく

退院

退院を遂げしベッドの空き地へと不法投棄の如き舌打ち

村松正敏

体温

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

穂村弘『シンジケート』

体温の移っていない部分まで足を伸ばしてまた引っ込める

木下龍也

濁点

今宵、すべての『ゼクシィ』の濁点を奪い昭和のエロ本にする。

木下龍也

タコ・蛸・章魚🐙

十三の夏に落とした箱めがねしばらくは章魚が住んだでせうね

有川知津子『ボトルシップ』

くす玉がひらいたままだおめでとう実にしずかなフロアーである

工藤吉生「塔」2014年11月号

卵とは死にあいた穴 それなのに殻を破ってしまうのですか

木下龍也

誕生日

おめでとう 誕生こそが死に至る病そのものなのだとしても

佐々木あらら

ショートケーキを箸もて食し生誕というささやかなエラーを祝う

内山晶太『窓、その他』

血🩸

B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る

木下龍也

地下

地下道を上り来りて雨のふる薄明の街に時の感じなし

土屋文明『山谷集』

路上より地下へと潜り込むくるまテールライトが炎をあげつ

篠弘『司会者』

春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ

与謝野晶子『みだれ髪』

中学

六年がまた一年になったときちょっと弱くなった気がした

見坂卓郎

蝶🦋

雑踏の中でゆっくりしゃがみこみほどけた蝶を生き返らせる

木下龍也

月🌓

氷嚢のような満月 そこならばどんな怒りも鎮まりますか

ナカムラロボ

月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど

大江千里(23番) 『古今集』秋上・193

清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき

与謝野晶子

心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな

三条院

翼🪽

飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

天智天皇『百人一首』1番

手品

わしの手は手品ひとつもできんくて他人の口にたばこを点す

吉岡太朗『世界樹の素描』

テレビ📺

笑い声の足されたお笑い番組にわたしの笑い声が消される

三月とあ

銃殺の夢より醒めて足元にリモコン白く転がつてをり

濱松哲朗『翅ある人の音楽』

天使

天使に声変わりはない 少年はそう告げられて喉を焼き切る

木下龍也

あの羽は飾りなんだよ重力は天使に関与できないからね

木下龍也

トイレ🚻

さっきまで騒いでたのにトイレでは他人みたいな会釈をされる

木下龍也

ドラえもん

やめてくれおれはドラえもんになんかなりたくなぼくドラえもんです

木下龍也

トラック🚚

豚を乗せ工場へ向かうトラックが法定速度でわが前を行く

飯田英範

飛び降りて死ねない鳥があの窓と決めて速度を上げてゆく午後

木下龍也

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

与謝野晶子

白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

若山牧水

爆心地のタイルの上を歩みゆく裸足の鳩は上滑りして

大辻隆弘『つるばみと石垣』

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む

柿本人麻呂『百人一首』3番

夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

清少納言『後拾遺和歌集』

ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね

東直子『青卵』

鶏🐔

生前は無名であった鶏がからあげクンとして蘇る

木下龍也

トロフィー

ためらわずかけてくる子を抱きやれば今日一日のトロフィーとなる

小松百合華

トンボ・蜻蛉

蜻蛉に差し出す指が一本であるように きみだけがすきだった

大津穂波

殴る

YAH YAH YAH 殴りに行けば YAH YAH YAH 殴り返しに来る笠地蔵

木下龍也

撫子

野撫子浜なでしこと異れり都のいろの真野のなでしこ

与謝野晶子『心の遠景』

冬も咲く撫子は風に傷みつつされどなでしこ冬を生きゆく

北沢郁子『冬のなでしこ』

南天・ナンテン

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております

山崎方代『こおろぎ』

虹🌈

あの虹を無視したら撃てあの虹に立ち止まったら撃つなゴジラを

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

虹 土葬された金魚は見ているか地中に埋まるもう半輪を

木下龍也

ネクタイ👔

おおらかな父の秘密を知った後ネクタイの柄が気になっている

鈴木るい

猫🐈

預かった猫の毛なのねウェーブがかかっているのね金色なのね

麻倉遥

年賀状

おめでとうという言葉は暴力と思えば年賀状が大好き

橋爪志保「短歌研究」

ハーブ

ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり

穂村弘『シンジケート』

ハゲ

中年のハゲの男が立ち上がり大太鼓打つ体力で打つ

奥村晃作『鬱と空』

水枯れの潜水橋を徒歩通勤いるけどいないハケンのアタシ

谷真澄

はじめまして

キスまでの途方もなさに目を閉じてあなたのはじめましてを聞いた

木下龍也『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』

バス🚌

終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて

穂村弘『シンジケート』

やは肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君

与謝野晶子

肌着

ともだちはみんな雑巾ぼくだけが父の肌着で窓を拭いてる

岡野大嗣『サイレンと犀』

バッグ

きみたちが同じバッグを持っててもリプはつけない気付きもしない

畑依裕

鳩避けの下に集まる鳩の胸泣きたいのならそうすればいい

天音閑

花束を抱えて乗ってきた人のためにみんなでつくる空間

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

花火🎆

赤き玉とろりとできてこぼさなかつた泪のやうな線香花火

梅内美華子『真珠層』

星一つ残して落つる花火かな

酒井抱一

たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず

石川啄木

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

斎藤茂吉『赤光』

歯磨き

「猫投げるくらいがなによ本気だして怒りゃハミガキしぼりきるわよ」

穂村弘『シンジケート』

パン🥖

バゲットを待つやうに待つわが父の焼きあがり時刻午後四時三十分

高木佳子『青雨記』

ハンカチ

ハンカチを落としましたよああこれは僕が鬼だということですか

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

陽・陽当たり

わたしより先に生まれただけなのに姉の部屋には陽がよく当たる

中村マコト

ピアノ🎹

クセつよと言われるたびにふふっふふ今日も今日とて88鍵

冬野ユミ

人々

ひとびとは黙って顔を見合わせてそして帰っていってしまった

山崎方代『こおろぎ』

独り言

独白もきっと会話になるだろう世界の声をすべて拾えば

木下龍也

ひらがな

ひらがなのさくせんしれいしょがとどくさいねんしょうのへいしのために

木下龍也

ひれ

さらさらとこの世を泳いでるひとの尾びれ背びれが欠けていました

柚ルリ

フェンス

盲目の犬はフェンスにつき当りしばし虚空を見据えていたり

前田透

ペガサス

ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる

冬野きりん

ほおずき・酸漿・鬼灯

死にし子のなきがら負ひて来しときに酸漿のごとき入日を見たり

鈴木幸輔『谿』

酸漿のくれなゐ深くなりたれど摘む子なくして時雨わたりぬ

鈴木幸輔『谿』

酸漿のひとつひとつを指さしてあれはともし火すべて標的

服部真理子『行け広野へと』

ぼくがこわせるものすべてぼくのものあなたもぼくのものになってよ

木下龍也

本当

本当のことを話せと責められて君の都合で決まる本当

枡野浩一『てのりくじら』

本屋

ばあちゃんはいつも本屋でぼくに買う本の厚さをよろこんでいた

木下龍也

毎日

しめきりに追われるような毎日はいつかの僕が夢みた暮らし

枡野浩一

マニュアル

風の午後『完全自殺マニュアル』の延滞者ふと返却に来る

木下龍也

マンション

タワマンの部屋の明かりが消えてゆく ジェンガであれば右に倒れる

西田浩之

ミサイル

あなたが日本海に落としたのは金のミサイルですか銀のミサイルですか

木下龍也

あるといいけれどめちゃくちゃこわいよね飲むとよく眠れる水道水

伊舎堂仁『トントングラム』

水たまり

鏡から鏡へ飛びうつるように雨後の街路を駆けてゆく犬

高原すいか

毛布

たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔

飯田有子

紅葉🍁

奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声聞くときぞ秋は哀しき

猿丸大夫『百人一首』5番

細々と暮らしたいからばあさんや大きな桃は捨ててきなさい

木下龍也

燃やす

冬、僕はゆっくりひとつずつ燃やす君を離れて枯れた言葉を

木下龍也

ゆうぐれの森に溺れる無数の木 つよく愛したほうがくるしむ

木下龍也

大空を牽きてザイルのくれなゐの色鮮やかに懸垂下降

本多稜『蒼の重力』

幽霊

幽霊になりたてだからドアや壁すり抜けるときおめめ閉じちゃう

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

UFO

未確認飛行物体次々に雲間から降る春となりゆく

谷岡亜紀『ひどいどしゃぶり』

雪❄️

いくたびも 雪の深さを 尋ねけり

正岡子規

田子の浦に打出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

山部赤人『百人一首』4番

ぼくなんかが生きながらえてなぜきみが死ぬのだろうか火に落ちる雪

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

ついてきてほしかったのに夢の門はひとり通ると崩れてしまう

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

ヨーグルト

裏側に張りついているヨーグルト舐めとるときはいつもひとりだ

木下龍也

忘れない

「忘れじ。」の行く末までは難ければ今日を限りの命ともがな

儀同三司母『新古今和歌集』

綿菓子

わたがしであったことなど知る由もなく海岸に流れ着く棒

笹井宏之『ひとさらい』「うすくみたす」

歌詞・詩

雨🌧️

雨は斜めの点線 ぼくたちの未来を切り取っていた 窓の板ガラスへと "自由"って言葉を書いては消した

 松本隆『いつか晴れた日に』

真っ白な気持ちは書いた分だけ黒くなる
白紙の海泳ぐ黒い線にいつか 真っ赤な花が咲くその日まで

~尾崎世界観『破花』

言葉

一生に一度、花のひらくようなよい言葉が語りたいという願いを持たなくてはならないかなしき人々のひとりなのでありました。

立原道造

黄昏

たそがれは風を止めて 
ちぎれた雲はまた ひとつになる

〜小田和正『秋の気配』

キミがぼくのだいたいを知って 魔法は少しずつ現実へ それでもふたり手を握って 重ね合わせる運命線

~斉藤和義『いたいけな秋』

はじめての子を持ったとき 女のくちびるから ひとりでに洩れだす歌は この世でいちばん優しい歌だ

~新川和江『歌』

昼寝

海からあがる潮風 絵葉書で見た晴空
うたたねのために数えるのは 羊ではなく思い出

~槇原敬之『うたたね』

未来

輝かしい未来は胸の中で咲く花のよう 
そこで揺れたものは魂のゆくえと呼ばないか

くるり『魂のゆくえ』



蟻が
蝶の羽をひいて行く
ああ
ヨットのやうだ

三好達治

小説など

私は川がある街というものに自分がどれだけなじみやすいのかを知った。そして、カフェにすわって人々を見ていることは、川の流れを見ているのと全く同じだということを知った。それは、歴史のある都市でなくてはならない。古く重く恐ろしい色や形をした建物の前を、現代の人々が流れていく、その様子こそが川なのだ。そして、私は知った。川の恐ろしさは、時の流れのはかりしれなさ、おそろしさそのものなのだと。

よしもとばなな『あったかくなんかない』

それから海岸沿いにたくさん生えているガジュマルの神聖な姿。ただ生えているだけなのに、まるで巨大な彫刻のように美しく見えた。複雑にからまり合った枝の下で憩えばまるで充電されるように、抱かれているように落ち着いた。並んでいるとまるでいろいろな精霊が語り合っているような雰囲気があった。

〜よしもとばなな『海のふた』

厳しい本物の冬が再び腰を据えようとしていた。ケヤキの枝先が、警告を与える古老の指のようにひからびた音を立てて震えた。

〜村上春樹

マンションの地下の駐車場から車を出したとき、三月の冷ややかな雨はまだ音もなく降り続いていた。プジョーのワイパーは老人のかすれた咳のような音を立てていた。

〜村上春樹『騎士団長殺し』

12月

空からゆっくり降ってくるのは、今年を締めくくる優しい光。
走り抜けながら、味わう暇もなく包まれるのがいい。

吉本ばなな『BANANA DIARY』

短歌

いい歌に出会い続けることこそが短歌を好きだという気持ちを持続させるための何よりも良い栄養になる。

木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』

「いまこの瞬間」に対応できる最適なツールは短歌ではないのだ。短歌は過ぎ去った愛を、言えなかった想いを、見逃していた風景を書くのに適している。それらを、あなたがあなた自身のために、あなたに似ただれかのために、結晶化しておくには最適な詩型だ。記憶の奥にある思い出せない思い出を書くことには最適なツールなのである。思い出とはこれまでだ。そして、これからを生きやすくするために御守りとして役に立つ。短歌をつくることの利点とはそれくらいしかない。

木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』

いまこの瞬間を書く必要はない。あなたが書くべきはあなたが見ているその月ではなく、あなたがいつか見たあの月だ。いまこの瞬間、あなたが見ている月について言葉はいらない。どんな言葉よりもその月のほうがうつくしいからだ。見とれていい。黙っていればいい。無理に言葉にする必要はなく、目に焼き付ければそれでいい。それが思い出になったとき、目を閉じてもう一度その記憶のなかの月をよく見てほしい。おそらく何かが欠けていて、何かが不鮮明になっているはずだ。そこにこそ詩の入り込む余地がある。

木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』

誰かが言いました

肉まん

すごく寒い時は自分が肉まんの具になっていると想像するの。