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【百科詩典】短歌、俳句、歌詞、詩、小説など

✍️


短歌・俳句

体などくれてやるから君の持つ愛と名の付く全てをよこせ

岡崎裕美子『発芽』

刺すね でもあなたの生きる場所がここでなくぼくのなかになるだけ

木下龍也

合鍵

早朝パートの母が置いてく合鍵を僕は戦士のように握った

今西富幸

アイロン

たましいにアイロン掛けをするような熱くて長い抱擁だった

同桂成

会う

あらざらむこの世のほかの思ひ出に今一度の逢ふこともがな

和泉式部『後拾遺和歌集』

空き巣

空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態

平岡あみ

あくび

蜃気楼吐き出す貝を思わせる里帰りした姉貴のあくび

前川泰信

朝焼け

祖父のゐる南氷洋につながつてゐたのであらう祖母の朝焼け

有川知津子『ボトルシップ』

紫陽花

あじさいがぶつかりそうな大きさで咲いていて今ぶつかったとこ

枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』

明日

はらだたしわが満足はいつまでもいつまでも明日があづかりてあり

矢代東村『一隅より』

芦田愛菜

芦田愛菜の才能を百とすればわしなんて二か三でしょうな

さんぺい

アスパラガス

許される範囲で想うだけでいい君の街産アスパラを買う

板倉亜澄

アダムとイブ

エマージェンシーブレーキが作動してアダムとイブを轢き殺せない

木下龍也

穴🕳️

自分をたづぬるために孔を掘り、孔ばかりが若し残ったら

若山牧水『みなかみ』

あなた・君

おめでとう わたしはわたしを祝いたい きみと出会えた でかしたわたし

仁尾智『これから猫を飼う人に伝えたい11のこと』付録

アパート㌀

階段を上る足音待ちわびた あのアパートは取り壊された

さわだみやこ

「萩の月・10個入り」みたい アパートの窓それぞれにそれぞれの夜

毛糸

雨🌧️

好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君

枡野浩一

死別ではないから余計さみしくて顔面にぶちあてる五月雨

木下龍也

雨ひかり雨ふることもふっていることも忘れてあなたはねむる

笹井宏之『ひとさらい』「すきま抄」

雨粒

雨粒は無数の鏡どの僕もあなたじゃなきゃと呟いている

ナカムラロボ

飴🍬

「腋の下をみせるざんす」と迫りつつキャデラック型チュッパチャップス

穂村弘『ラインマーカーズ』

蟻🐜

少しだけ働いてみたキリギリスまた有休を余らせたアリ

小濵美里

アレルギー

私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない

田中有芽子

あらアンズ もう時期アンズ 迷い無く値段も見ずに手に取るアンズ

野村貞江

安楽死

どうせなら痛い痛いに支配されあなたのことを忘れたかった

木下龍也

手をのべてあなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が

河野裕子『蝉声』

目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき

穂村弘

生きる

非を認め謝罪すること大嫌い 傲慢なまま生きて行きたい

森本晋

泉鏡花

知つてゐて得せしことは無けれども泉鏡花は刺身が嫌ひ

秋本哲

いただきます

幸せになれるものならなってみな。いただきますも言えないくせに

津田和樹

イチゴ🍓

迷ってもぼくのなかには祖母がいる イチゴ大福食べれば平気

佐々木泰三

いってらっしゃい・いってきます

ありがとうわたしの親でいてくれていってらっしゃいまた会いましょう

中森菜穂子

「いってきます」「いってらっしゃい」住むことは毎朝別れをくりかえすこと

奥村真帆

喧嘩して「いってきます」が無かった日「無事ついたよ」は知らせてほしい

小田槙哉

「行ってきます」と言いつつゆっくり靴を履く俺も行くよと早く言ってよ

葉月ままこ

保育所を急いで出ようとする私に行ってらっしゃい娘の声が

松浦知恵子

気をつけていってらっしゃい 行きよりも明るい帰路になりますように

枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』

井戸

底に砂ばかり残った暗闇をいつまで井戸と呼べるだろうか

木下龍也

犬🐕

亡き父にぎょっとするほど似てる犬 電信柱に小便してらあ

さんぺい

愛された犬は来世で風となりあなたの日々を何度も撫でる

木下龍也

そりゃそうさ口が命の部首だから食べてゆく他ないんだ今日も

久永草太『命の部首』

イヤホン

線のあるイヤホンみたいにだいすきと単純に伝えたいよ、あなたに

田中佳

ウィーン

終い湯のあとに残りし毛髪を恥じて拾いきウィーンの宿に

島田幸典『駅程』

羽化

なぐさめを拒む背中は熱を帯びあなたのひとりこころみる羽化

北谷雪

うなぎの顔の尖りつつ泳ぐさびしさだ 嵐のあとを人ら混み合ふ

澤村斉美『galley』

足のつくことに戸惑うこれまでは溺れるだけの海だったから

木下龍也『あなたのための短歌集』

海へ行く約束をしたそれからのすべての日々が海までの道

水町春

戦わぬ男淋しも昼の陽にぼうっと立っている夏の梅

佐佐木幸綱『火を運ぶ』

AI

白すぎてAIみたいに見えるけどこれは人です亡くなった父

水沢わさび

エスカレーター

唐突にやさしくされると怖いんだ 平らに変わるエスカレーター

谷口菜月

エスカレーター、えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜をおもうよ

初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

エステ

またこれだチャイナエステで悪口だ聞き取れないけどきっと悪口

もんぜつ

エレベーター

エレベーターが地上におりてチンというさびしいさびしいと衣ずれの音

戸田響子『煮汁』

延命医療

延命医療こばんで父は餓死したり かなしき父と思ふまじ、まじ

日高堯子『水衣集』

老い

老害にならないようにするなんてずうずうしいにもほどがあります

枡野浩一

屋上

屋上に植えられている植物の地上から見るはみ出し部分

工藤吉生『沼の夢』

織田信長

信長の愛用の茶器壊したるほどのピンチと言えばわかるか

笹公人『念力図鑑』

落ち葉

たとへば君 ガサっと落ち葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか

河野裕子『森のやうに獣のやうに』

おつかれさま

ときどきのおつかれさまは控えめにあなたを好きと言ってるつもり

弘中典子

踊る

踊りたい気持ちが夜空に穴をあけ雀わんさか降ってきたっけ

大森静佳「こぶとりじいさん」

仕事場のゴミ出すわたし裏口でほんの一秒踊って戻る

青野朔

手は祈り胸は生き物足は風よろしく今日も驚かせてね

橋本南美

おにぎり

前線に送り込まれたおにぎりは午前三時に全滅したよ

木下龍也

鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい

木下龍也

音楽

悲しげな曲をかければしみじみと見えるのだろうオレの写真も

工藤吉生『沼の夢』

蚊🦟

まるまると太ったヤブ蚊飛んできてガダルカナルからきたと囁く

笹公人『念力図鑑』

カードキー

カードキーしっかり握り部屋を出るトルクメニスタン白い街なり

山上ふみ子

いつか死ぬあなたは死ぬと貝類を煮殺しながら泣くのだ俺は

薮内亮輔『海蛇と珊瑚』

ひっそりと想いを秘めて沈む貝 あなたに響く海鳴りの底

茉亜

階段

迅速に一人子は育ち独りなり階段を傘で叩いて昇る

川野里子『太陽の壷』

永遠に上りつづける階段のだまし絵のなかの勤め人たち

丸山卓也『フイルム』

かろうじて上るねむたい階段の半ばに気難しい段がある

中沢直人『極圏の光』

踏み外したい踏み外したいと丁寧に下りていくときの正しい感じ

植垣颯希

階段をおりる自分をうしろから突き飛ばしたくなり立ち止まる

枡野浩一『てのりくじら』

案山子

茶畑の案山子の首は奪われて月の光のなかの十字架

木下龍也

鍵穴

望月の照らす鍵穴そっと差す寝床のうなぎ起こさぬように

森田徹

かき氷

かき氷屋の前にだけ人口がある

木下龍也

陰口

本人が読む場所に書く陰口はその本人に甘えた言葉

枡野浩一

カゲロウ・蜉蝣

自販機のひかりまみれのカゲロウが喉の渇きを癒せずにいる

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

傘🌂

人類へある朝傘が降ってきてみんなとっても似合っているわ

雪舟えま『たんぽるぽる』

手がかりはくたびれ具合だけだったビニール傘のひとつに触れる

木下龍也

もうずっと泣いてる空を癒そうとあなたが選ぶ花柄の傘

木下龍也

ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし

岡本真帆

雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さずに裸足で来やがって

森田志保子『木曜日』

100円の傘を通してこの街の看板すべてぼんやり光る

沖川泰平

歌集・詩集

詩集から顔を上げれば息継ぎのようにぼくらの生活がある

木下龍也

風🌬️

風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり

穂村弘『ドライドライアイス』

風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが

笹井宏之『ひとさらい』「うすくみたす」

天板にナイフで彫った風の字はあの教室を出られただろうか

前川泰信

家政婦

家政婦の合鍵摩滅して光る鞄の底の遺志としてなほ

村松正敏

学校

学校はこんなに窓があるところ雪が降つたら「雪だね」を言ふ

目黒哲朗『生きる力』

河童

猛暑日にきゅうりの昆布和えを出し一人残らず河童に変える

月出里ひな

カップヌードル

ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。 ハロー カップヌードルの海老たち。

穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』

蚊取り線香

くるくると蚊取線香けずる火が灯る間の打ち明け話

宇井モナミ

カニカマ

カニ軍は自前の武器で戦ってカニカマ軍は走って逃げる

宮内陽登

西日差す部屋に独りだカニカマの残骸しゃぶる オリンピック見ない

殿内佳丸

カニカマを蟹と信じて生きてきて明日地球に隕石が降る

来る

カニカマとスイカバーが好きだった男と過ごした夏みたいな嘘

おけい

画鋲📍

理解者はたったひとりカレンダー固定している画鋲のように

伽戸ミナ

花瓶

水仙をふるさとの花と思うとき 暗き海色の花瓶を選ぶ

俵万智

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

与謝野晶子

神様は君を選んで殺さない君を選んで生かしもしない

木下龍也

ガム

悪友がくれたオレンジ色のガム一生分噛みホームで捨てる

榊原綋『悪友』

烏瓜

からすうりみたいな歌をうたうから すごい色になるまで、うたうから

笹井宏之『ひとさらい』「くらげ発電」

カルピス

好物をそれしか知らぬゆえ父に迷わず供えるカルピスソーダ

小野小乃々

彼という文字を散らして波にするように海へと撒かれる遺骨

葉村直

カレンダー📅

ばあちゃんは私をヘルパーさんと呼ぶ「にんげんだもの」とあるカレンダー

桃園ユキチ

カレンダー二人の文字が踊ってる誕生日かつ燃えるゴミの日

今井遼

カレンダーひとり残さずこの惑星のすべての誕生日ひしめいて

日高ひろみ

カロリーメイト

煙草いりますか、先輩、まだカロリーメイト食って生きてるんすか

千種創一『砂丘律』

看護師

鍵付きの個室に向かうとき少し白衣の天使の翼が竦む

ヤマメ

元日🎍

何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し。

石川啄木『悲しき玩具』

観音

千の手をすべて失くした観音は人に優しくできるだろうか

木下龍也

頑張る

がんばったがんばったけどダメだったダメだったけど何とかなった

富尾大地

樹🌲

ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす

笹井宏之『ひとさらい』

キス

まぐかつぷかつんとふれてしまつたな、としかいひやうのない口づけだつた

小田桐夕『ドッグイヤー』

唇が荒れるくらいの長いキスまでに交わした短い会話

木下龍也

北風🌬️

北風に踊る落ち葉を追いかけて君の一日へ映り込みたい

山口絢子

キッチン

キッチンへ近づかないで うつくしいものの怖さはもう教へたよ

山木礼子『太陽の横』

きのこ🍄‍🟫

いい人、と姉はきのこの毒の有無みたいに言って写真を見せた

葉村直

気持ち

「複雑な気持ち」だなんてシンプルで陳腐でいいね 気持ちがいいね

枡野浩一『てのりくじら』

キャンプファイヤー🔥

煙る先友と楽しむ君を見るキャンプファイヤー林間の夜

三浦雅史

救急車🚑

救急車の形に濡れてない場所を雨は素早く塗り消してゆく

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

今日

こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう

枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』

恐竜

僕たちは恐竜よりも強かった就職氷河期越えて生きてる

竹内一二

キリスト

キリストの年収額をサブアカで暴露している千手観音

木下龍也

キリン

あきかぜの中のきりんを見て立てばああ我という暗きかたまり

高野公彦

金魚

円形の和紙に赤きひれ掬われしのち金魚は濡れる

吉川宏志『青蟬』

空襲

空襲の夜の紅にさざめきぬ一升瓶の底の米たち

笹公人『念力図鑑』

ゆふぐれに櫛をひろへりゆふぐれの櫛はわたしにひろはれしのみ

永井陽子『なよたけ拾遺』

鯨🐋

工場にて鯨炊く日を知つてゐる羽黒鶺鴒よく歩く鳥

有川知津子『ボトルシップ』

錠剤を乗せないほうの手のひらをいつでも握っていてあげるから

ミナガワ

口癖

肯定を必要とする君といて平気平気が口ぐせになる

枡野浩一『てのりくじら』

おもはずや夢ねがはずや若人よもゆるくちびる君に映らずや

与謝野晶子『みだれ髪』

くちびるが激しく動くそのひとのこゑではなくて湿りがこはい

小田桐夕『ドッグイヤー』

口笛

口笛を吹けない人が増えたのは吹く必要がないからだろう

枡野浩一『てのりくじら』

口紅💄

閉じたままのピアノも少しずつ狂う 口紅の輪郭整える

川口慈子『Heel』

靴紐

靴紐をきつく結んだ 好きでいることを謝りたいひとがいる

村上きわみ

首輪

チカチカと赤い首輪が光ってる 犬は自分でオフにできない

猪山鉱一

くらげ

簡潔に生きる くらげ発電のくらげも最終的には食べて

笹井宏之『ひとさらい』「くらげ発電」

次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く

奥村晃作『三齢幼虫』

すれ違う車の顔のまねをする 軽自動車は笑顔が多い

川島花瓶

車椅子🧑‍🦽

車椅子の女の靴の純白をエレベーターが開くまで見る

木下龍也

胡桃

「会えたね」という顔をしてメルカリにくるみ割り人形ずっといる

西爽子

一心にこの世の秘密を解くように胡桃を食べているハムスター

髙谷慎司

母親が胡桃割ろうとハンマーでたたいた音が工場の音

松本貫希

クローバー

四つ葉かと思ったら三つ葉が重なってそう見えただけ プレゼントだよ

絹川柊佳『短歌になりたい』

欠席

欠席のはずの佐藤が校庭を横切っている何か背負って

木下龍也

玄関

玄関を開けて光を浴びるたび主人公だが夢とかはない

高原希美

子の声が音に聞こえる 私からのSOSだ ケーキを買おう

小出知美

交差点

サラ・ジェシカ・パーカーさんが三叉路でサラとジェシカとパーカーになる

木下龍也

工場

工場が遠吠えをする眠れない一人の夜に寄り添うように

浅寝むい

校庭

校庭にわれの描きし地上絵を気づく者なく続く朝礼

笹公人『念力家族』

朝2時に起きたら製氷機のガコン やましいことでもあったんやろか

岡本龍太郎

ごくろうさま

目上とか目下とかもうないくらい「ごくろうさま」な俺たちだった

枡野浩一

五七五

トムクルズモガンフリマンブラドピト五七五じゃ収まりませんな

さんぺい

言葉

こぼさないように両手で渡された言葉だけこの両手で受ける

木下龍也

小鳥

そうですかきれいでしたかわたくしは小鳥を売ってくらしています

東直子『春原さんのリコーダー』

ごめんなさい

部屋の隅に埃が積もる毎日の汚れみたいな君のごめんね

渡邉理紗

ごめんなさい今朝もあなたを覚えてた私も早く忘れたいのに

れいこ

たぶんもう渡せないけど十九から冷凍保存してるごめんね

和田直樹

気づかないふりはしておくごめんねとやっぱり思えなくてごめんね

星川郁乃

コンシーラー

振り向いて「おつかれさま」と呟いたタクシー運転手のコンシーラー

田中りょう

コンビニ🏪

ボス戦の直前にあるセーブ部屋みたいなファミマだけど寄ってく?

木下龍也

コーヒー☕️

父さんが大好きだった珈琲は大人になってもかしこい香り

佐藤研哉

なにか夢を叶えたらしい友達の缶コーヒーのお金も払う

虫竹一俊『羽虫群』

サイコロ🎲

サイコロはいつも空から降ってきたようにこの世の机にあった

鈴木晴香

サイゼリヤ

サイゼリヤの壁で抱き合う小天使がわんぱく相撲に見えるまで飲む

笹公人『終楽章』

細胞

脳細胞以外すべての細胞が賛成票を投じる恋だ

ぷくぷく

魚🐟

婚姻色の魚らきほひてさかのぼる 物語のたのしきはそのあたりまで

齋藤史『秋天瑠璃』

水中では懺悔も口笛もあぶく やまめのようにきみはふりむく

工藤玲音『水中で口笛』

木枯らしや目刺しに残る海の色

芥川龍之介

坂道

近道は坂道きみのただいまにまにあいたくて全身で漕ぐ

荒木文子

猿🐒

金網をとどろかし餌にはしり寄るいま人の如くありたる猿ら

田谷鋭

算数

なにゆゑか ひとりで池を五周する人あり算数の入試問題に

大松達知『アスタリスク』

30歳

何者かにならなきゃ死ぬと思ってた30過ぎても終わらない道

岡本真帆

サンダル

サンダルの青踏みしめて立つわたし銀河を産んだように涼しい

大滝和子『銀河を産んだように』

こはきもの失せたるときに髪の毛を三つ編みにして死が立つてゐる

山田富士郎『商品と夢』

いつもならだらけてるけど幼子の前でははねてはらつてとめる

小金森まき

幸せ

ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした

笹井宏之『ひとさらい』「うすくみたす」

シーツ

風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける

笹井宏之『てんとろり』

JR

本日もJRをご侮辱いただきありがとうございます、散れ

木下龍也

シェイク

赤羽で赤点食らった僕たちはマックシェイクをゾーゾー鳴らす

遊鳥泰隆

詩集

詩集から顔を上げれば息継ぎのようにぼくらの生活がある

木下龍也『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』

地震

落ちた橋傾いたビル生きようねトランポリンの上だと思って

三島瀬波

ことことと小さな地震(ない)が表からはいって裏へ抜けてゆきたり

山崎方代『迦葉』

自殺

二〇〇〇〇にも近きいのちを津波のみ三〇〇〇〇の自死者をのむものはひそか

米川千嘉子『あやはべる』

紫蘇

なんて顔しているのまださびしいの紫蘇はあなたにあげる あげるよ

兵庫ユカ『短歌ヴァーサス』

湿布

牛すじに大根おろしをのせるように湿った布を首すじに貼る

Pha

自転車🚲

自転車に乗れない春はもう来ない乗らない春を重ねるだけだ

木下龍也

自転車を直す仕事に就きました 人の翼を直せるように

杜崎ひらく

自動販売機

自販機のなかに汁粉のむらさきの缶あり僧侶が混じれるごとく

吉川宏志『石蓮花』

自販機の光にふらふら歩み寄り ごめんなさいってつぶやいていた

宇津つよし

〆切

しめきりに追われるような毎日はいつかの僕が夢みた暮らし

枡野浩一

かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば 夜ぞ更けにける

中納言家持『百人一首』6番

シャッター街

老木がまどろむような夕暮れのシャッター街の貼り紙の文字

常田瑛子

車両

今僕が見てた景色を今見てる後ろの車両を乗っているひと

猪山鉱一

10円玉

校廊のどこかで冷える10円玉 むらさき色に暮れる学園

笹公人『念力家族』

修学旅行

修学旅行で眼鏡をはずした中村は美少女でいた。それで、それだけ

笹公人『念力図鑑』

19歳

戻れない橋を歩いているのだと十九歳でただ思い知る

木下龍也

授乳

思うよりきみのまんまでビビッドな授乳ケープがよく似合ってる

瀬生ゆう子

障子

破れたる障子の穴をふさぎたる目玉が大きく迫って来る

山崎方代『右左口』

小説

恋をして最大瞬間風速で貸した小説 未だ返らず

おかのした

ショッカー

ショッカーの時給を知ったライダーが力を抜いて繰り出すキック

木下龍也

おじいさんばかり残ったショッカーをいつまで悪と呼べるだろうか

木下龍也

小便

シャンパンにションベン入れた飲み物はシャンベンなのかションパンなのか

シャンプー亭ハット

シルバニアファミリー

シルバニアファミリーの赤ちゃんだけを全種引き出しにかくまっている

白🤍

春過ぎて夏来にけらし 白妙の衣ほすてふ天の香具山

持統天皇『百人一首』2番

シロップ

シロップが静かにしみてゆくように一日かけて深く傷つく

文月さと

人生

殺したいやつがいるのでしばらくは目標のある人生である

枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』

グッモーニン人生どうでも飯田橋人生どうにか鳴門大橋

初谷むい

心電図

心電図の波の終わりにぼくが見る海がきれいでありますように

木下龍也

新年🎍

おはようとおめでとうが交差して年の初めはくすぐったいぞ

鈴木麦太朗『日時計の軸』

新しき年のはじめのめでたさや栗きんとんから栗が見つかる

虫竹一俊『羽虫群』

水道💧

ひとりならこんなに孤独ではないよ水槽で水道水を飼う

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ

陣崎草子『春戦争』

水爆

働いて働いて働いただけ 水爆をつくりし人も父も言ひたり

川野里子『硝子の島』

スーツ

リクルートスーツでゆれる幽霊は死亡理由をはきはきしゃべる

木下龍也

スーパーマリオ

「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ

俵万智『オレがマリオ』

スープ

玉子スープに映る景色を崩しつつ私はたぶん一人で生きる

成遼泰

鈴虫

鈴虫が鳴いているねと切り出して夫のことを娘に話す

水須ぽっぽ

いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ

石川啄木

東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる

石川啄木

大といふ字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり

石川啄木

スプーン・匙🥄

「すごいね」に混じってしまうざらざらを潰していますカレーの匙で

北村保

ガラス壷の砂糖粒子に埋もれゆくスプーンのごとく椅子にもたれる

吉川宏志『青蝉』

スマホ📱

それぞれの秘密を抱えてテーブルに 3つのスマホならべる真昼

小川ユキ

すみれ・純連

とぼとぼと歩いてゆけば石垣の穴のすみれが歓喜をあげる

山崎方代『方代』

星座

逆三角にきらめく冬の星群をクレオパトラの下着座と呼ぶ

笹公人『念力図鑑』

世界

野茂がもし世界のNOMOになろうとも君や私の手柄ではない

枡野浩一『てのりくじら』

セザンヌ

セザンヌの描きし山をセザンヌとなりて眺める壁のカレンダー

片井俊二

セックス

セックスはしなさい 犬は撫でなさい そろそろ夢はあきらめなさい

佐々木あらら

八月に私は死ぬのか朝夕のわかちもわかぬ蝉の声降る

河野裕子『蝉声』

青淵にひぐらしの声ふるがごとし声の真下をわが舟は過ぐ

佐佐木信綱『椎の木』

洗顔

これはまだ私だらうか手のひらにひかりをためて顔を洗へり

門脇篤史『微風域』

先生

先生へ、あなたの胸でねむる夜以外はすべて手に入れました。

木下龍也

先頭

先頭がゆれてしまえばその群れは夜の長さにこわれてしまう

木下龍也

先輩

先輩はバカだったけど「笑顔って筋肉やねん」と教えてくれた

みながわ

ソーダ🥤

大好きということにして君と会い 罰として飲むクリームソーダ

美好ゆか

空を見て俺はわらった俺はすぐしあわせになる癖があるから

ぷくぷく

退院

退院を遂げしベッドの空き地へと不法投棄の如き舌打ち

村松正敏

早春の窓の光にゆつくりと手のみで踊る明日は退院

鈴木正芳

体温🌡️

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

穂村弘『シンジケート』

体温の移っていない部分まで足を伸ばしてまた引っ込める

木下龍也

からだだとおもっていたらもっともっとはいっていっていきなり熱い

笹井宏之『ひとさらい』「すきま抄」

ダイダラボッチ

そうこれはだいだらぼっちが黒い海に民家をつぎつぎ投げ入れる音

笹公人『念力レストラン』

台風

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」と叫びながらふらふら歩く台風10号

北原直人

大仏

大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってかわいい大きさ

平岡あみ

濁点

今宵、すべての『ゼクシィ』の濁点を奪い昭和のエロ本にする。

木下龍也

宅配

駆け足で来た宅配の若者はシャツが背中にはりついている

君しぐれ

タコ・蛸・章魚🐙

十三の夏に落とした箱めがねしばらくは章魚が住んだでせうね

有川知津子『ボトルシップ』

ただいま

「ただいま」も大きな虹を見たことも言わない傘を失くしたことも

北入はるか

くす玉がひらいたままだおめでとう実にしずかなフロアーである

工藤吉生「塔」2014年11月号

卵とは死にあいた穴 それなのに殻を破ってしまうのですか

木下龍也

たられば

たらればは人生からの贈り物馬酔木の花も月もゲームも

町田康『くるぶし』


誕生日

おめでとう 誕生こそが死に至る病そのものなのだとしても

佐々木あらら

ショートケーキを箸もて食し生誕というささやかなエラーを祝う

内山晶太『窓、その他』

暖炉

かなしみは寒がりだからすぐきみの胸の暖炉に集まるんだね

木下龍也

血🩸

B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る

木下龍也

地下

地下道を上り来りて雨のふる薄明の街に時の感じなし

土屋文明『山谷集』

路上より地下へと潜り込むくるまテールライトが炎をあげつ

篠弘『司会者』

焼け焦げたような匂いの地下通路 さっきの道だったかもしれない

一戸詩帆

地下鉄

東陽町南砂町西葛西葛西浦安南行徳

東西線

春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ

与謝野晶子『みだれ髪』

与えれば光を増していく吾子の乳に噛みつく乳歯の白さ

まちのあき

茶🍵

覗けばあなたを楽にするのでしょうポットの茶葉はひらきつつある

北谷雪

中学

六年がまた一年になったときちょっと弱くなった気がした

見坂卓郎

中継

「ソウルから中継です」で映る場所ここ通ったわ独りつぶやく

あゆ

注射

注射針曲がりてとまどう医者を見る念力少女の笑顔まぶしく

笹公人『念力家族』

蝶🦋

雑踏の中でゆっくりしゃがみこみほどけた蝶を生き返らせる

木下龍也

チョコパイ

あげたがる人から貰うチョコパイのでかくて甘く重い何らか

刈田陽子

杖🧑‍🦯

わが帽子ナイスキャッチのおばあさん「杖でごめんね」いいえありがとう

明良

月🌓

でも月を、ただのまあるい岩だね、といじめたくなる時もあります

ぷくぷく

氷嚢のような満月 そこならばどんな怒りも鎮まりますか

ナカムラロボ

月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど

大江千里(23番) 『古今集』秋上・193

清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき

与謝野晶子

心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな

三条院

綱引き

マンモスの死体をよいしょ引きずった時代の記憶をくすぐる綱引き

笹公人『念力家族』

翼🪽

飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

通夜

鬱金いろの銀座線より藤いろの半蔵門線に乗りて通夜に行く

高野公彦『水行』

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

天智天皇『百人一首』1番

手品

わしの手は手品ひとつもできんくて他人の口にたばこを点す

吉岡太朗『世界樹の素描』

デパート

祖父は何を贈ったのだろうデパートの包装紙だけ仕舞われし棚

仲原佳

テレビ📺

笑い声の足されたお笑い番組にわたしの笑い声が消される

三月とあ

銃殺の夢より醒めて足元にリモコン白く転がつてをり

濱松哲朗『翅ある人の音楽』

天使

天使に声変わりはない 少年はそう告げられて喉を焼き切る

木下龍也

あの羽は飾りなんだよ重力は天使に関与できないからね

木下龍也

電池

反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった

加賀田優子

トイレ🚻

さっきまで騒いでたのにトイレでは他人みたいな会釈をされる

木下龍也

東京ドーム

おっさんが喫煙所ごと消えていく東京ドームは巨大なルンバ

泰源

東京スカイツリー

夕やけのスカイツリーが急行の窓をひととき映画に変える

木下龍也

動物園

見つめ合うマーモセットとニンゲンを一応隔ててあげてるガラス

佐佐木定綱『月を食う』

時計

針と針すれちがふとき幽かなるためらひありて時計のたましひ

水原紫苑『びあんか』

登山

大空を牽きてザイルのくれなゐの色鮮やかに懸垂下降

本多稜『蒼の重力』

立山に登りしズボンVの字に3本並べ山小屋の夜

房安栄子

好きだから登山しているこの僕に「ごくろうさま」は不適切ワード

久保田洋二

ドラえもん

やめてくれおれはドラえもんになんかなりたくなぼくドラえもんです

木下龍也

トラック🚚

豚を乗せ工場へ向かうトラックが法定速度でわが前を行く

飯田英範

飛び降りて死ねない鳥があの窓と決めて速度を上げてゆく午後

木下龍也

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

与謝野晶子

白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

若山牧水

爆心地のタイルの上を歩みゆく裸足の鳩は上滑りして

大辻隆弘『つるばみと石垣』

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む

柿本人麻呂『百人一首』3番

夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

清少納言『後拾遺和歌集』

ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね

東直子『青卵』

鶏🐔

生前は無名であった鶏がからあげクンとして蘇る

木下龍也

トロフィー

ためらわずかけてくる子を抱きやれば今日一日のトロフィーとなる

小松百合華

トンボ・蜻蛉

蜻蛉に差し出す指が一本であるように きみだけがすきだった

大津穂波

殴る

YAH YAH YAH 殴りに行けば YAH YAH YAH 殴り返しに来る笠地蔵

木下龍也

あの夏と呼ぶ夏になると悟りつつ教室の窓が光を通す

絹川柊桂

納豆

十二人家族のつくる納豆の大ドンブリのねばりを思え

笹公人『念力図鑑』

撫子

野撫子浜なでしこと異れり都のいろの真野のなでしこ

与謝野晶子『心の遠景』

冬も咲く撫子は風に傷みつつされどなでしこ冬を生きゆく

北沢郁子『冬のなでしこ』

鍋🍲

揺れながら鍋かきまわす祖母のあの地球をあやすような足どり

舟つたいま

南天・ナンテン

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております

山崎方代『こおろぎ』

西荻窪

気を抜けば平凡となる人生へ西荻窪という劇薬を

木下龍也

虹🌈

あの虹を無視したら撃てあの虹に立ち止まったら撃つなゴジラを

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

虹 土葬された金魚は見ているか地中に埋まるもう半輪を

木下龍也

もうきみに伝えることが残ってない いますぐここで虹を出したい

岡本真帆

日常

ひたすらに海はまだかというように歩き続けるこの日常を

杜崎ひらく

煮る

肉を煮る こんな暮らしが続くようゆるりと永く怒らなければ

毛糸

妊婦

子を包む繭となりたるこのからだふくふく白い眠りを誘う

樋口智子『幾つかは星』

ネクタイ👔

おおらかな父の秘密を知った後ネクタイの柄が気になっている

鈴木るい

猫🐈

預かった猫の毛なのねウェーブがかかっているのね金色なのね

麻倉遥

百均の猫カレンダーの十二月ふわふわ猫のいやあな目つき

平田敬子

猫背

万華鏡綺麗なものを見るときのあなたの猫背が美しかった

植垣颯希

ネックレス

ぐちゃぐちゃに床に投げられた日もあったろう展示されたネックレス

シラソ

ネッシー

ネッシーの煮付けを食べたという祖父の首のたるみの影濃くなりぬ

吉本美加

年賀状

おめでとうという言葉は暴力と思えば年賀状が大好き

橋爪志保「短歌研究」

ノミ

ノミひとつ手にして森へ行くちょうどいい木を観音様にしたくて

小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』

ハーブ

ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり

穂村弘『シンジケート』

めざめれば又もや大滝和子にてハーブの鉢に水ふかくやる

大滝和子『銀河を産んだように』

歯医者

天井に血の染みがある歯科医院 よく飛んだなぁあんなとこまで

八木直子

バイセクシャル

絶倫のバイセクシャルに変身し全人類と愛し合いたい

枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』

蠅🪰

人皆の箱根伊香保と遊ぶ日を庵にこもりて蠅殺すわれは

正岡子規『竹乃里歌』

ハゲ

中年のハゲの男が立ち上がり大太鼓打つ体力で打つ

奥村晃作『鬱と空』

水枯れの潜水橋を徒歩通勤いるけどいないハケンのアタシ

谷真澄

はじめまして

キスまでの途方もなさに目を閉じてあなたのはじめましてを聞いた

木下龍也『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』

バス🚌

終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて

穂村弘『シンジケート』

ふりむけば君しかいない夜のバスだから私はここで降りるね

木下龍也

パスタ

湯の中でパスタが踊る 愛憎と言うけれどほぼ憎なんでしょう?

砂崎柊

バス停

バス停で踊る少女を軸にして午前八時の世界が回る

有賀拓郎

やは肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君

与謝野晶子

肌着

ともだちはみんな雑巾ぼくだけが父の肌着で窓を拭いてる

岡野大嗣『サイレンと犀』

バッグ

きみたちが同じバッグを持っててもリプはつけない気付きもしない

畑依裕

鳩🕊️

鳩避けの下に集まる鳩の胸泣きたいのならそうすればいい

天音閑

バドミントン

まだシャトルみたいにゆれてしまうけどコートの外の季節をゆくよ

木下龍也

花💐

花束を抱えて乗ってきた人のためにみんなでつくる空間

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

花束をほどけば薔薇のそれぞれにかけがえのない傾きがある

木下龍也

できたてのロボットみたい花束を逆さまのまま突きつけてきて

原田冬

オレンジと黄色の花をよくもらうよかった明るいひとに見えてる

奥村真帆

花火🎆

赤き玉とろりとできてこぼさなかつた泪のやうな線香花火

梅内美華子『真珠層』

星一つ残して落つる花火かな

酒井抱一

たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず

石川啄木

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

斎藤茂吉『赤光』

あっちにもあるものばかり詰められた母の手提げが腕に食い込む

中山あゆみ

やいババア腹減ったから飯作れ墓石の前でうずくまる春

さんぺい

歯磨き🪥

「猫投げるくらいがなによ本気だして怒りゃハミガキしぼりきるわよ」

穂村弘『シンジケート』

歯磨きの飛沫飛ぶことなくなりて母の鏡の鈍く光れり

柊子

羽虫

バス停のアクリル板に挟まった羽虫が発射時刻を隠す

toron*『イマジナシオン』

片恋の3年間を衝撃のラスト2行で覆せ、春

雪風みなと

パン🥖

バゲットを待つやうに待つわが父の焼きあがり時刻午後四時三十分

高木佳子『青雨記』

ハンカチ

ハンカチを落としましたよああこれは僕が鬼だということですか

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

ピアス

夕焼けの涙でしょうか電柱の根に冷えているピアスの粒は

笹公人『遊星ハグルマ装置』

陽・陽当たり

わたしより先に生まれただけなのに姉の部屋には陽がよく当たる

中村マコト

ピアノ🎹

クセつよと言われるたびにふふっふふ今日も今日とて88鍵

冬野ユミ

ビー玉

母親の行方を知ってるビー玉の転がる方へ進む白昼

タカノリ・タカノ

君に贈る青いビー玉ぼんやりと手に乗せしのちわがものとせり

花山周子『風とマルス』

ピーナッツ

始発待つ光のなかでピーナツは未来の車みたいなかたち

後藤グミ

飛行機

搭乗を待つ人々よ我々は以後十余時間の運命共にす

とっとろ

筆圧

心配は文体よりも筆圧につよく出ていて母からの梨

芍薬

ピッチャー

背番号わかきピッチャー運命をだしぬくように三振を取る

大滝和子『銀河を産んだように』

人々

ひとびとは黙って顔を見合わせてそして帰っていってしまった

山崎方代『こおろぎ』

独り言

独白もきっと会話になるだろう世界の声をすべて拾えば

木下龍也

雛祭り🎎

春一日雛人形の役をしてそれより魂を失へり

川野芽生『Lilith』

秘密基地

少年時友とつくりし秘密基地ふと訪ぬれば友が住みおり

笹公人『念力家族』

ひらがな

ひらがなのさくせんしれいしょがとどくさいねんしょうのへいしのために

木下龍也

ひれ

さらさらとこの世を泳いでるひとの尾びれ背びれが欠けていました

柚ルリ

風俗

プレイ後の風俗嬢に夢語る おしゃれな街でパンを売りたい

餅ニコ

フェンス

盲目の犬はフェンスにつき当りしばし虚空を見据えていたり

前田透

福島

立入禁止区域に星を戴いてもう産まなくていいよ牛たち

佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』

付箋

“お疲れ”の付箋貼られてうたた寝の一人確かにいる目撃者

髙塚美衣

豚🐖

作るなよ自在自由に作られろ豚に生まれろそれが歌やぞ

町田康

舟・船🚣‍♀️

どこへでも行けるあなたの舟なのに動かないから棺に見える

木下龍也

訃報

トピックス欄に訃報が現れてきらきら点るNEW!のアイコン

岡野大嗣『サイレンと犀』

プリクラ

プリクラのシールになつて落ちてゐるむすめを見たり風吹く畳に

花山多佳子『空合』

プリン

兄ちゃんはいただきますも言わないで他人の家のプリンを食べる

嶋村純

プレゼント

プレゼント「ぷ」から始まる音がいい「ぷぷぷ」と笑って「れれれ」と驚く

森岡政子

ペガサス

ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる

冬野きりん

君の名を呼ぶとき胸はペガサスの蹄に強く蹴られて撓む

丹羽祥子

ペットボトル

たぶん親の年収越えない僕たちがペットボトルを補充してゆく

山田航『さよならバグ・チルドレン』

ベランダ

学校に行きたくないがベランダに立った母は手を振っている

日柄りょう

保育士

妊娠を希望する人は手をあげて裁きのごとき保育士会議

谷川保子『おもてなしロボ』

放課後

何時まで放課後だろう 春の夜の水田に揺れるジャスコの灯り

笹公人『念力ろまん』

ほおずき・酸漿・鬼灯

死にし子のなきがら負ひて来しときに酸漿のごとき入日を見たり

鈴木幸輔『谿』

酸漿のくれなゐ深くなりたれど摘む子なくして時雨わたりぬ

鈴木幸輔『谿』

酸漿のひとつひとつを指さしてあれはともし火すべて標的

服部真理子『行け広野へと』

ぼくがこわせるものすべてぼくのものあなたもぼくのものになってよ

木下龍也

部屋の隅に埃が積もる毎日の汚れみたいな君のごめんね

渡邉理紗

きらめくとあきらめるって似てるから蛍は笑う息絶えるまで

長尾桃子

本当

本当のことを話せと責められて君の都合で決まる本当

枡野浩一『てのりくじら』

本屋📚

ばあちゃんはいつも本屋でぼくに買う本の厚さをよろこんでいた

木下龍也

しっとりとつめたいまくらにんげんにうまれたことがあったのだろう

笹井宏之『ひとさらい』「すきま抄」

マシュマロ

するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら

村木道彦『天唇』

マッチ

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

寺山修司『空には本』

違いとは間違いじゃない窓ひとつひとつに別の青空がある

木下龍也

マニュアル

風の午後『完全自殺マニュアル』の延滞者ふと返却に来る

木下龍也

ママ

ママと手をつないだときにわかったよ星のやさしい持ち帰り方

木下龍也

曼珠沙華

川べりに曼珠沙華揺れあれは母 感情ぜんぶが火だったころの

石田犀

マンション

タワマンの部屋の明かりが消えてゆく ジェンガであれば右に倒れる

西田浩之

予定地に光の柱のぼらしめ宗教画めくマンションチラシ

笹公人『終楽章』

蜜柑🍊

いいかげん話もダレるそのころに誰かが焼いたみかんのにおい

小倉弓

ミサイル

あなたが日本海に落としたのは金のミサイルですか銀のミサイルですか

木下龍也

大陸間弾道弾にはるかぜのはるの部分が当たっています

笹井宏之『ひとさらい』「くらげ発電」

あるといいけれどめちゃくちゃこわいよね飲むとよく眠れる水道水

伊舎堂仁『トントングラム』

水切り

教室じゃ地味で静かな山本の水切り石がまだ止まらない

岡本真帆

水たまり

鏡から鏡へ飛びうつるように雨後の街路を駆けてゆく犬

高原すいか

道草

みちくさの途中で気付くどの道の先にもさようならしかない、と

木下龍也

三つ編み

髪の毛を勝手に三つ編みにしてもいい距離感の友達がほしい

藤木真紀

ミント

「どうだった?私のいない人生は」聞けず飲み干すミントなんちゃら

俵万智『アボカドの種』

無職

「天国に行くよ」と兄が猫に言う 無職は本当に黙ってて

山川藍

廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て

東直子『春原さんのリコーダー』

メールアドレス

はじめてのメールアドレスに入れていたbadminton-loveみたいな気持ち

紺野藍『ねむらない樹』vol.6

毛布

たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔

飯田有子

紅葉🍁

奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声聞くときぞ秋は哀しき

猿丸大夫『百人一首』5番

桃🍑

細々と暮らしたいからばあさんや大きな桃は捨ててきなさい

木下龍也

透き通る桃に歯ブラシあててみる(こすってはだめ)こすってはだめ

笹井宏之『ひとさらい』「すきま抄」

燃やす

冬、僕はゆっくりひとつずつ燃やす君を離れて枯れた言葉を

木下龍也

ゆうぐれの森に溺れる無数の木 つよく愛したほうがくるしむ

木下龍也

八百屋

自転車で八百屋の棚に突っ込んだあの夏の日よ 緑まみれの

笹公人『念力図鑑』

ヤギ🐐

「ヤギ ばか」で検索すると崖にいるヤギの画像がたくさん出てくる

永井祐『広い世界と2や8や7』

焼肉

わるいひとではないのだけど、と焼き網に水をのせて終える報告

北谷雪

ヤドカリ

初恋を相談できる窓口の小さなヤドカリの係員

久保哲也



幽霊👻

幽霊になりたてだからドアや壁すり抜けるときおめめ閉じちゃう

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

何もかも忘れたおばけが夜ごとに柱の傷と数字を撫でる

安東諒太郎

UFO

未確認飛行物体次々に雲間から降る春となりゆく

谷岡亜紀『ひどいどしゃぶり』

雪❄️

いくたびも 雪の深さを 尋ねけり

正岡子規

田子の浦に打出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

山部赤人『百人一首』4番

ぼくなんかが生きながらえてなぜきみが死ぬのだろうか火に落ちる雪

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

雪により細くなりにし路地ゆけばむこうを来る人ふと雪に消ゆ

樋口智子『幾つかは星』

天国の味が知りたい両の手のなかで溶けゆく雪を飲み干す

南野やぎざ

雪女

雪女溶けて残れる水たまりのみずは甘いか日本鼬よ

笹公人『終楽章』

湯船

白布に白い刺繍をするように湯船の中で号泣している

二宮珊瑚

ついてきてほしかったのに夢の門はひとり通ると崩れてしまう

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』

百合

夏たけて窓ちかく咲くしろたえの百合こそ悪の花かもしれぬ

大滝和子『銀河を産んだように』

ヨーグルト

裏側に張りついているヨーグルト舐めとるときはいつもひとりだ

木下龍也

吉野家

吉野家の向かいの客が食べ終わりほぼ同じ客がその席に着く

望月裕二郎『あそこ』

酔っ払い

酔っ払い駅で目覚めた迷い子が瞬間移動しまくった夜

竹中英雄

弱い

<弱い>って書く手を弓のとこで止め<強くなれる>に変えて記す日

ニイナ

LINE🟢

会っているあいだは途切れるからまだLINEは会えたことを知らない

木下龍也『荻窪メリーゴーランド』

力道山

浜辺には力道山の脱ぎ捨てしタイツのようなわかめ盛られて

笹公人『念力図鑑』

リコーダー

転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー

東直子『春原さんのリコーダー』

リボン🎀

大切なものにはリボンなどついてなくって見落としそうな夕焼け

小仲翠太

六年生

六年がまた一年になったときちょっと弱くなった気がした

見坂卓郎

忘れない

「忘れじ。」の行く末までは難ければ今日を限りの命ともがな

儀同三司母『新古今和歌集』

綿菓子

わたがしであったことなど知る由もなく海岸に流れ着く棒

笹井宏之『ひとさらい』「うすくみたす」

歌詞・詩

雨🌧️

雨は斜めの点線 ぼくたちの未来を切り取っていた 窓の板ガラスへと "自由"って言葉を書いては消した

 松本隆『いつか晴れた日に』

どうか消えずにいて どうか笑っていて 
いまを疑わずに 変わらずそばにいて

~土岐麻子『きみだった』

真っ白な気持ちは書いた分だけ黒くなる
白紙の海泳ぐ黒い線にいつか 真っ赤な花が咲くその日まで

~尾崎世界観『破花』

言葉

一生に一度、花のひらくようなよい言葉が語りたいという願いを持たなくてはならないかなしき人々のひとりなのでありました。

立原道造

黄昏

たそがれは風を止めて 
ちぎれた雲はまた ひとつになる

〜小田和正『秋の気配』

キミがぼくのだいたいを知って 魔法は少しずつ現実へ それでもふたり手を握って 重ね合わせる運命線

~斉藤和義『いたいけな秋』

はじめての子を持ったとき 女のくちびるから ひとりでに洩れだす歌は この世でいちばん優しい歌だ

~新川和江『歌』

昼寝

海からあがる潮風 絵葉書で見た晴空
うたたねのために数えるのは 羊ではなく思い出

~槇原敬之『うたたね』

未来

輝かしい未来は胸の中で咲く花のよう 
そこで揺れたものは魂のゆくえと呼ばないか

くるり『魂のゆくえ』



蟻が
蝶の羽をひいて行く
ああ
ヨットのやうだ

三好達治

小説など

私は川がある街というものに自分がどれだけなじみやすいのかを知った。そして、カフェにすわって人々を見ていることは、川の流れを見ているのと全く同じだということを知った。それは、歴史のある都市でなくてはならない。古く重く恐ろしい色や形をした建物の前を、現代の人々が流れていく、その様子こそが川なのだ。そして、私は知った。川の恐ろしさは、時の流れのはかりしれなさ、おそろしさそのものなのだと。

よしもとばなな『あったかくなんかない』

それから海岸沿いにたくさん生えているガジュマルの神聖な姿。ただ生えているだけなのに、まるで巨大な彫刻のように美しく見えた。複雑にからまり合った枝の下で憩えばまるで充電されるように、抱かれているように落ち着いた。並んでいるとまるでいろいろな精霊が語り合っているような雰囲気があった。

〜よしもとばなな『海のふた』

厳しい本物の冬が再び腰を据えようとしていた。ケヤキの枝先が、警告を与える古老の指のようにひからびた音を立てて震えた。

〜村上春樹

マンションの地下の駐車場から車を出したとき、三月の冷ややかな雨はまだ音もなく降り続いていた。プジョーのワイパーは老人のかすれた咳のような音を立てていた。

〜村上春樹『騎士団長殺し』

12月

空からゆっくり降ってくるのは、今年を締めくくる優しい光。
走り抜けながら、味わう暇もなく包まれるのがいい。

吉本ばなな『BANANA DIARY』

短歌

いい歌に出会い続けることこそが短歌を好きだという気持ちを持続させるための何よりも良い栄養になる。

木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』

「いまこの瞬間」に対応できる最適なツールは短歌ではないのだ。短歌は過ぎ去った愛を、言えなかった想いを、見逃していた風景を書くのに適している。それらを、あなたがあなた自身のために、あなたに似ただれかのために、結晶化しておくには最適な詩型だ。記憶の奥にある思い出せない思い出を書くことには最適なツールなのである。思い出とはこれまでだ。そして、これからを生きやすくするために御守りとして役に立つ。短歌をつくることの利点とはそれくらいしかない。

木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』

いまこの瞬間を書く必要はない。あなたが書くべきはあなたが見ているその月ではなく、あなたがいつか見たあの月だ。いまこの瞬間、あなたが見ている月について言葉はいらない。どんな言葉よりもその月のほうがうつくしいからだ。見とれていい。黙っていればいい。無理に言葉にする必要はなく、目に焼き付ければそれでいい。それが思い出になったとき、目を閉じてもう一度その記憶のなかの月をよく見てほしい。おそらく何かが欠けていて、何かが不鮮明になっているはずだ。そこにこそ詩の入り込む余地がある。

木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』