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#1 事業戦略: 現状認識が8割

今回は直観とは異なるかもしれませんが、事業戦略を策定するときに、一番簡単そうで、一番時間をかけないであろう、「現状認識」が実は一番難しいという話をしたいと思います。


戦略の定型フォーマット

「戦略を策定せよ」と指示があった場合、どのようなことを検討するでしょうか?ご存じの通り、巷では定型フォーマットがあります。市場を分析して、競合を分析して、自社を分析して、戦略オプションを作って・・・・

実務をしていて、こうした定型フォーマットを表層的になぞるだけでは、役に立つことはほとんどありません。理由としては、経営は、市場も競合も自社もある程度わかっている状態で、どうすべきか迷っているから、戦略策定の依頼をしているのです。だから、経営が既に分かっている、市場や競合の情報を改めて資料に落としたところで、そこに価値はありません。(上長が優しければ、せいぜい「よく整理できたね」と言われるくらい。たいていの場合は「そんなことはわかっている」と一蹴されて終わります。)

とはいえ、何もない中で、深い分析をして戦略を立てろと言われても難しいですよね。結局、戦略策定では何が必要なのでしょうか?

本質的に戦略とは何だろう?

まず、事業戦略を対象に考えてみたいと思います。(多事業のポートフォリオを最適化するような全社戦略は対象としません)そうしたときに、戦略の定義は様々にありますが、シンプルに言えば、企業が成功するための筋道を提示するのが戦略です。要するに、「現状」から「ゴール」を達成するための「仮説」が戦略だと言えます。

この「仮説」が骨太であれば、会社全体でアクションに落とし込めますし、その軌道にのって上手くいっているかどうか、点検することができます。その逆に、仮説があることで、「何をやらないか」もクリアになります。

あえて「骨太」といっているのは、戦略は枝葉末節のアクションではないからです。「ストーリーとしての競争戦略」で語られているように、戦略のロジックがストーリーとして形になっているからこそ、その戦略とアラインする営業施策・マーケ施策・開発タスクのようなアクションが意味をもってくるのです。


戦略の三要素

したがって、ざっくりいうと、戦略には「現状」、「ゴール」、現状からゴールに至る「仮説」の三要素が必要です。この中で一番難しい部分はどこでしょうか?

戦略の三要素

直観的には「仮説」の構築が一番難しいように思えます。ですが、正しい現状認識と正しいゴール認識があった上で、仮説を書くことはそこまで難しいことではありません。結局はロジックのつながりなので、経営理論を一定程度勉強したり、最新トピックスをキャッチアップしている人からすれば、ほとんど差がつかない領域となっているといってもよいでしょう。(簡単な例としては、規模を拡大すると単位あたりコストが減る、ユーザーを囲い込んでネットワーク効果を出す、といったロジックの連鎖を作り出すことは、そこまで難しくはありません。)

「ゴール」の部分はどうでしょうか?事業戦略におけるゴールとは、基本的には付加価値を拡大する、もしくは単位当たりコストを低減することにより、利益や企業価値を上げることです。そのためには、目指すべき姿(=ゴール)の解像度を上げる必要があります。
確かに、起業したての時や、新規事業を考える時には、ゴールの解像度が非常に重要です。業界のことをよく知らないので、何を目指すべきなのか、顧客から何が求められているのか、詳細に分かっていないためです。しかし、一般的に戦略策定を依頼されるときには、ゼロからの事業立ち上げではないため、ゴールは比較的クリアであることの方が多いと思います。

直観とは異なりますが、私が一番難しいと思っているのは、「現状認識」です。ノキアやコダックの事例を出すまでもなく、一流の経営者ですら、現状認識を誤ったために、失敗することは非常に多いと思います。

なぜ現状認識で間違うのか?

そもそも現状認識とは何でしょうか?「現状」という言葉が曖昧であるがゆえに定義が難しいです。「現状」と言っても、業界から規制から組織内部に至るまで、あらゆるものが「現状」に含まれます。

とはいえ定義しないと前に進まないので、ここでは「数年後に振り返って現在をみた時の認識を、現在の時点で認識すること」を現状認識の定義としたいと思います。数年後というのは、業界の早さによると思います。早い業界なら半年後に振り返ってどうだったか、遅い業界なら10年後に振り返ってどうだったか、となります。数年後に振り返ると、「あのとき、この視点が抜けていたな」という本質的な部分が見えるものですが、意外と現時点でそれに気づくのは難しいものです。そうした数年後に振り返ると分かる、本質的に重要な「現状」を認識することを、「現状認識」の定義にしたいと思います。

そして、これがなぜ難しいのかというと、一般的に以下のような理由があるためだと思います。

  1. 事実の幅(認知領域が限られている)

  2. 解釈の幅(同じ情報でも別の認識をする)

  3. 聖域化(面白いもので、一番検討すべきことがタブー化されたりする)

事実の幅というのは、人間が認知できる情報が限られていることから生まれます。「そもそも知らない」という状況です。異なる業界の脅威といった日常生活の認知領域を超えたものから、経営者が現場の状況を知らないといった組織的な課題まで含まれます。

解釈の幅というのは、同じ事象でも、人によって解釈が変わることから生まれます。例えば、競合企業にシェアを抜かれたという事象に対して、「一時的な現象」と解釈するのと、「構造的な課題がある」と解釈するのでは、打ち手が変わってきます。多くの失敗は、全く認知していない事象から発生するのではなく、知っているが重要視していない事象から発生すると言われています。

最後に聖域化というのも、少なからず発生する現象です。知っているし解釈もそろっている、本当はメスを入れないといけない重要検討事項でも、CEOや経営陣の思い入れといった理由で、忖度することは、多かれ少なかれあるのではないでしょうか。

そして怖いのが、この現状認識を間違うと、戦略の前提条件を間違うので、仮説全体が瓦解することです。

にもかかわらず、不思議なことに、私が知る限りでは、現状認識を正しく行うための経営理論はほとんど存在しません。経営理論は仮説構築のための筋道やロジックを明確にするものであって、現状を認識するためにどうすればよいかを教えてくれません。強い文脈依存性があるために、業界横断で理論として定式化することが難しいためだと思います。

なので、どうすれば正しい現状認識ができるか、というのは非常に難しいテーマです。理論化して答えを出し切るところまではいけませんが、今までの実務経験に基づいて、次回はそのヒントだけでも示していきたいと思います。

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