泥の傘
ある夏休みの土曜日。着衣水泳のため休みの日の休みの日だというのに大学に行かなければならない日があった。その日は降ったりやんだりの雨の日で、濡れたくないのと他に授業がないこともあって、ぼくはいつもの指定された駐車場ではなく、横着して下が土の空き地にワゴンRを停めた。
着衣水泳の時間は大雨だった。とはいえ、室内プールだから天気は関係ない。t-シャツと短パンでプールに飛び込む。存外水を吸おうと体はそこまで重くない。なぜジーパンをはいてこなかったのかと少し後悔する。もっとも実践ではそんなものすぐに脱ぎ捨ててしまうのだろうが、果たしてスムーズに水中で脱げるものかと興味がわいた。
体育の授業は他学類の生徒と合同で行う。とはいえ田舎大学の我々、そう易々と他学類の人に話しかけ打ち解けるということは稀で、チーム戦とかでもない限り、基本つるむのは同期の友人。この日も
「思ったよりも疲れたねー。暑いねー。アイス食べたいねー。」
と同期の女子3人と男子もう1人と授業後にたむろする。ちなみに、自宅から通うぼくは同期の彼らからすると”アッシー”である。女子という高尚な生き物は集団になると天性の会話術を発揮する。「〇〇したいね~」と誰かがぼくの前で繰り出す時、それはつまり「かみなが、連れてけ」に帰着する。
「いいね~。やっぱ夏といえばアイスよね~。そういえばさ鉄板の上でつくるアイス知ってるー?」
「えーなにそれー???気になるー。」
「近くにできたんだよ!ね、行こう行こう!」
『何が”行こう行こう”だ。結構な雨降ってるっつーの』
「ね、かみなが連れてって―!」
「はい!」
おう、イエス!まんざらでもない。
だが、悲しいかな。軽が1つ。人が5人。既に決定されていたものの、気の置けない男友達はさも今気づいたように振舞い、「ごめん。おれ用事あるから」と去った。許せ、友よ。おれは悪くない。
いやね、来るときはそこまで降ってなかったんですよ。それがどっこい、大雨のため空き地はドロドロに淀んでいる。
『やめてくれぇー。おれのシートがぁぁぁ』
と心の中で反論してみるものの、届かない。助手席に取り込んだ女の子はルンルンにアイスを見ている。
店の名は「コールドストーン」といい近くのショッピングセンターに新しくできた。鉄板ではあるが、アツアツではなくキンキンに冷えたものであり、器用に数種類のアイスを歌いながら折りたたむ。ところでこのショッピングセンターは北関東最大級で全国で見ても高い集客率を誇る。雨の日の土曜日ともなれば家族や”車を持つイケイケカップル”でわんさか賑わう。
なんとか駐車できたものの、入り口まで遠い。まだ雨は降っている。
「アイス楽しみだね~」
『どんだけアイスに心奪われてんだよ』と、ふと彼女らを見やると、1人の、確か水色だったはずの傘が茶色になっている。茶色というか泥だ。
。。。。
いや。。。うそだろ。。。
「ねぇ、その泥。もしかして」
「そうや。せっかく乗せてもらうのにうちのせいで車が汚れてしまうなんて、うちもいやや。それに傘に着いた泥なんて、こーして差しとけば、自然と洗い流されるっしょ」
ショッピングセンターの名を「イーアス(いい明日)」という。
なんて明るい日だったんだろう。もう4年も前のことである。
アイスの味は覚えていない。